第五章 人でなし伯爵と、への字夫人②
時間は十分ほど遡る。
時刻は四時ごろか。
コウタたち一行は思いの外、早くサザンに到着した。
時間的にはもう少し進めるが、その場合は馬車で一泊することになる。
今日は予定通り、この街で休むことになった。
「……懐かしいですわ」
リーゼが言う。
この街では滞在する時、事前に許可証を申請している場合を除いて、外から来た馬車は一旦門に預けることになる。コウタたちの場合は、目的も告げているので馬車は衛兵によって翌朝までに王都パドロ方面の門に移動させられることになった。
従って、兜兎に跨る零号と、着装型鎧機兵を纏うメルティアを除いて、全員が徒歩で街中を進んでいた。
リーゼは自分の髪をまとめる紅いリボンに手を添えて、
「この街でコウタさまにこのリボンをプレゼントして頂きましたわ」
「うん。そうだったね」
コウタは笑う。
「懐かしいや。けど、この街では他に色々あったなあ」
腕を組んで「う~ん」と唸る。
リーゼを攫おうとした一団に襲われたこと。
そして恐らくはその黒幕だったと思われる人物。
「あのうさん臭い伯爵さまか」
ジェイクが街並みを見物しながら言う。
「結局、あの騒動は闇雲になっちまったな。その後の新徒祭への乱入も」
「シャルロットが呆れ果てていたあの変装……仮装ですわね」
リーゼが片頬に手をやって嘆息する。
「あのような珍妙な行動を取られる方とは思いませんでしたが、あれはわたくしとしても不満の残る事件でしたわ」
「ふむ。話を聞くだけなら面白そうな人物ではあるのう……」
と、まだ眠たそうに欠伸をかみ殺すリノ。
「ともあれ、この街はその珍妙伯爵のお膝元ということか」
因縁深いサザン伯爵。
確証はないが、彼が起こしたと疑わしい事件については、当事者ではないリノやエル、アヤメやリッカには一通り話をしていた。
「やはり警戒しておくべきでしょうか?」
と、リッカがコウタに問う。
コウタは「う~ん」と首を傾げて、
「流石にボクたちがここいるなんて知らないはずだから気にしなくてもいいかな」
と、言った直後にギョッとする。
着装型鎧機兵に乗ったメルティアが、フラフラとどこかに行こうとしていたからだ。
全身甲冑の巨人が無造作に近づいてきて、通行人が目を剥いていた。
どうやら居眠り運転しているようだ。
「ダメだよメル! 居眠り運転は!」
コウタは駆け寄って、着装型鎧機兵の手を引いた。
すると、メルティアは『……ふえっ?』と振り向いて、
『……コウタ。コウタぁ……』
コウタの名を呼んで抱き着いてこようとする。
コウタは青ざめた。
「ダ、ダメだよメル!? 甘えるのはいくらでもいいけど、その姿では止めて!?」
鋼の巨人に抱き着かれては、コウタでも潰れてしまう。
コウタは慌ててメルティアを宥めようとしていた。
ごく普通の普段のやり取りだ。
そんな二人の様子に、「う~む……」とエルが眉根を寄せた。
「私はまだあまりメルティア=アシュレイのことは知らないが……」
腕を組んで言う。
「見たところ、昨日からの様子と変わらないな」
「ええ。確かに変わったように見えない、のです」
と、アヤメもコウタとメルティアの様子を窺いつつ頷く。
「劇的な状況の変化があったはずなのに、全く変わっていない、のです」
そこでリーゼの方に耳打ちした。
「リーゼの目から見たら、何か変わったように見えるのです?」
リーゼは「いえ」とかぶりを振った。
「わたくしの目から見ても普段通りの二人ですわ」
三人は揃って訝し気な表情を見せた。
すると、
「いやいや、それは当然じゃろう」
リノが割り込んできた。
三人の視線――ついでにリッカとアイリの視線もリノに集まる。
「お主ら、昨夜、戻って来たギンネコ娘から何か聞いたのかの?」
「……いや」エルが首を横に振った。
「当然、興味はあったのだが、メルティアは帰るなり、不貞腐れたようにベッドに潜り込んですぐに眠ってしまったからな」
「……そうか」
リノは嘆息した。
「わらわがすぐにコウタを拉致したから拗ねおったか。ともあれじゃ」
苦笑を浮かべてリノは言う。
「異界ならば時間は腐るほどあったのじゃぞ。わらわにしろ、ギンネコ娘にしろ、コウタと夜を共にしたのは一度や二度ではないぞ。初めてを迎えたのもすでに過去じゃ。会話程度で照れる時期はとうに過ぎておるわ」
「「「…………あ」」」
エル、アヤメ、リーゼが声を零す。
リッカは指摘されるまでもなく予測していたのか、小さく嘆息していた。
「とは言え、あの異界の連続使用はコウタにとって精神的負担が大きい。しばらくはインターバルを置いた方がよいが……」
一拍おいて、にんまりと笑う。
「いずれにせよ、ギンネコ娘が道を拓き、わらわが運命を確定させたのは事実じゃ。お主らは今の間に次の順番でも決めておくのじゃな。出会いが早かった蜂蜜ドリルか、それともある意味、運命確定の地盤を作った褐色ピンクからか……」
ふっと肩を竦めて、
「まあ、誰からであっても時間は幾らでもあるぞ。お主らも存分に甘えるがよい」
そう告げた。
エル、アヤメ、リーゼは顔を真っ赤にした。
リッカにおいても、微かに頬を朱に染めている。
あえて魔竜の貪欲さを語らないのはリノの悪戯心だった。
(くふふ。お主らも容赦なく喰らい尽くされてしまうことじゃな)
内心ではそうほくそ笑む。
と、その時。
「……ねえ」
ここまで沈黙していたアイリが初めて口を開いた。
「……その話も凄く興味深いけれど、どうせ私にとってはまだまだ先のことだから、そろそろいい? 誰もツッコまないから私が言うよ」
一拍おいて、
「……なんか街の様子が変じゃない?」
そう告げた。リノたちは視線を街に向けた。
コウタとメルティアのやり取りはあまり変わらないが、ジェイクは街中の様子に目にやりつつ首を傾げていた。零号とサザンXもだ。
「どこか変なのか?」
エルがそう尋ねると、アイリは「……うん」と頷いた。
「……特に子供が」
そう指摘されて、エルたちは子供に目をやった。
大通りには子供の姿も沢山ある。
しかし、その姿は奇妙だった。
ほぼ全員が白いヘルムを被っているのである。
恐らくは樹脂製だと思うが、フルフェイス型のヘルムである。
中には赤い外套を羽織っている子供もいた。
「……ゴーレムがいっぱいいるみたい」
アイリが率直な感想を告げた。
「これはまた奇妙な光景じゃのう」
リノが小首を傾げた。
「何かの流行なのかの?」
そう呟いた時だった。
「………え?」
不意にコウタが声を上げた。
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
ジェイクやゴーレムたちも含めて全員が視線をコウタに向けると、丁度、コウタが通りすがりらしい女性に声を掛けているところだった。
コウタはかなり驚いた顔をしている。
そして、
「ええっ!? レナさん!? どうしてここに!?」
そう叫んだ。




