第四章 再びあの都市へ④
……三十分後。
コウタたち一行はコテージ前の広場に集まっていた。
そこには大型馬車と、それとは別に三頭の馬が停留している。
「それじゃあコウタ」
アルフレッドはコウタに握手を求めた。
コウタは「うん」と頷いて力強く友人の手を掴んだ。
「ありがとう。アルフ。迷惑ばかりかけてごめん」
「気にしないで」
アルフレッドは笑う。
「とても貴重な経験ばかりだったよ。君と友人になれてよかった」
そこで視線を少し離れたジェイクの方に向ける。
彼はフランと見つめ合っていた。
「ジェイクともね。色んな意味も含めて、ここまで本音を言い合えた相手は君たちが初めてだった。とても楽しかったよ」
「うん。ボクもだよ」
コウタも笑う。
「本当にありがとう。皇国に戻っても頑張ってね」
――アルフレッドの提案。
それはここで別れてアルフレッドとアンジェリカ、フランは皇国に。コウタたちはそのままエリーズ国に帰国するといったものだった。
コウタとしてはお世話になった皇国の人たちに挨拶回りを出来ないのは申し訳ないと思うところだが、すでにエリーズ国を出立してから随分と経つ。学生の身である以上、少しでも帰国を急ぐのは理由として不自然ではない。
そうして一度帰国してしまえば、ジルベール公爵も簡単には見合い話をセッティングできないだろう。その期間に状況も変わるかも知れない。
コウタは帰国を決意した。
同時にそれはここでアルフレッドたちと別れることになる。
今は互いの別れを惜しんでいた。
特に、ジェイクとフランは別世界にいるようだった。
「……フラン」
ジェイクがフランの頬に手を添える。
「卒業したら必ず逢いに行く。いや、長期連休とかにもだ」
「うん。待ってる」
フランは嬉しそうに双眸を細めた。
二人はそのまま強く抱き合った。
どこからともなく「「おお~」」という声が零れた。
他にも、メルティアとアンジェリカの幼馴染師弟コンビは、
「我が師」
「いえ、だからその呼び方は止めてください」
「我が師の教え、決して忘れません」
アンジェリカはメルティアの手を掴み、
「私も必ず果たして見せます。我が師ように」
「……まあ、私が見たところ、全く無謀でもなさそうなので頑張ってください」
と、一応エールを弟子に贈るメルティア。
それらの挨拶をしてから別れを惜しむのは、アノースログ学園の三人組だった。
「……私は」
アヤメが、アンジェリカとフランの手を掴んで呟く。
「あの学園に入学したのは任務でした。けれど、楽しかった、のです。二人と出会えて本当に良かった……」
「……アヤメ」
アンジェリカは、彼女の手を強く握った。
「私もよ。とても楽しかったわ。あなたと会えて良かった」
「ええ。アヤメ」
フランがアヤメの肩に手を置いた。
「一緒に卒業できないのは寂しいけど、アヤメは好きな人のところに行くんだもね」
優しく微笑む。
「幸せになってね。けど、離れていても私たちは友達だから」
アンジェリカも強く頷く。
「アンジュ。フラン……」
アヤメは泣きだしそうな顔になるが、フルフルとかぶりを振って微笑んだ。
「二人とも、ありがとう、なのです。だけど、幸せというのなら、フランの方はもう心配ないのですが……」
一拍おいて、アヤメは意地が悪そうな眼差しをアンジェリカに向けた。
「アンジュはまだまだなのです。頑張ってハウルさまをGETする、のです」
「……うぐっ!」
アンジェリカは呻いた。
「アハハ。そうね」
フランも笑ってアンジェリカに目をやった。
将来がほぼ確定している親友たちに、アンジェリカは「むう」と頬を膨らませた。
ちらりと、コウタとジェイクと別れの挨拶を交わすアルフレッドの方を見やり、
「分かってるわよ。だいぶ仲の進展……ていうか修復は出来たんだから」
「ふふ。頑張ってください、のです。アンジュ」
アヤメも、メルティア同様にエールを贈った。
最後に三人は強く抱き合った。
こうして別れは済んだ。
人数の多いコウタたちは大型馬車を使わせてもらい、アルフレッドたち三人は乗ってきた馬で帰路につくことになった。
「それじゃあ! 皆また会おう!」
「みんな元気でね!」
「ジェイ君また!」
先に旅立ったアルフレッドたちは手を振って去っていった。
そうして――。
街道を大型馬車が進む。
三人減ってもキャビンの中は相当な大人数だ。
コウタにジェイク。
メルティアにリノ。
リーゼとアイリとアヤメ。
エルとリッカ。さらには零号とサザンX。
他にも待機しているだけだが着装型鎧機兵。それと兜兎の姿もある。
キャビンは格段に広いので、この大人数でも乗車できる。
長椅子は四方に設置されており、零号たち以外はそこに座っていた。
しかし、その雰囲気は少し奇妙だった。
進行方向側に座るコウタの右隣のアイリ。彼女は平常運転だ。
ちなみにジェイクはコウタの左隣に座っている。
左側面席に一人で座るリッカも平常通りに見える。少なくとも表面上は。
対し、右側面席のメルティアとリノは眠っていた。
珍しく二人並んで座っている。二人ともよほど疲れているのか、コツンと互いの側頭部を重ね合って、すうすうと寝息を立てていた。
メルティアはともかく、リノが人前で眠りこけるのは珍しい。
こうしていると、まるで二匹の猫が日向ぼっこしているようにも見えた。
この二人の仲が良さそうなところが奇妙な雰囲気の一つだった。
そして残りの三人。
進行方向と逆側に座るリーゼ、アヤメ、エルは明らかに挙動不審だ。
三人並んで座っているのだが、何度もメルティアとリノ、そしてコウタの方をチラチラと見ている。その度に頬を朱に染めてそわそわとしているのだ。
(ありゃあ、メル嬢ちゃんたちの進展を知ってんな。もしかして筒抜けか? 次は自分の番かとか思ってそうだ)
内心でそんなことを思いながら、ジェイクは苦笑を浮かべる。
「おう。ところでコウタよ」
ジェイクが、コウタの方に視線を向けて問う。
「予定が変わっちまったが、これからどうするんだ?」
「そうだね。パドロまでは三日ぐらいかな? 二泊はした方がいいよね」
そこであごに手をやる。
頭の中で地図を思い浮かべる。
「一泊目は国境付近か。なら一泊するのに良い場所と言えば……」
コウタは少し渋面を浮かべた。
「……コウタ?」
アイリがポスンとコウタの膝の上に身を投げ出して尋ねる。
「……どうかしたの?」
「……いや」
コウタは困った顔のまま答える。
「一泊するのに良い街があるんだけど、そこはちょっと因縁のある街なんだ」
そう呟いた。
「ああ。なるほどな」
ジェイクも苦笑を浮かべた。
皇国とエリーズ国の国境近くにある都市。
思い浮かべるのはただ一つだけだった。
――越境都市『サザン』。
その都市はそう呼ばれていた。




