第四章 再びあの都市へ③
「…………え?」
その話を聞いて、思わずコウタは目を丸くした。
同席しているジェイクも「うわあ」という顔をしている。
そこはコテージの一室。コウタたちが借りた部屋だ。
そこにコウタとジェイク、アルフレッドの三人がいた。
三人はフロアの上で胡坐をかいていた。
そうして、アルフレッドからその話を聞いたのだ。
「うん。どうやらお爺さまは本気みたいだ」
アルフレッドは嘆息する。
「ジェイクの方はまだ相手を調整中みたいだけど、コウタの方はもう見合いの場までセッティングしているらしい」
「……うわあ」コウタは呻いた。「その話、まだ続いてたんだ……」
老公爵は徹底した男尊女卑主義者だ。
女性の扱いは孫娘に対してまで雑なのだが、男性の優秀な人材ならば出自に関わらず見合いをセッティングして身内に加える。
「まあ、これは半ばお爺さまの趣味だよ」
アルフレッドが額に手を当てて言う。
「コウタもジェイクも、お爺さまは絶賛していたからね。特にコウタはアティス王国でお爺さまと因縁深い《木妖星》も倒しているんでしょう? それはまだ報告していないけど、それを聞いたら、お爺さまはますますコウタを身内に加えたいと思うよ」
「……それは」
怨敵の名を挙げられ、コウタは言葉を詰まらせる。
「ボク自身の因縁の結果だよ。けど、それなら兄さんは? 兄さんも公爵さまと面識があるんだよね? 兄さんはどうやってその話をかわしたの?」
コウタの兄は皇国において最強と謳われた騎士だ。
その実力はコウタさも圧倒する。
あの老公爵ならば、絶対に身内に加えたいと考えるはずだ。
「ああ。アシュ兄か」
それに対し、アルフレッドは苦笑を浮かべた。
「実はアシュ兄にそんな話は挙がっていないんだ」
「はあ? なんでまた?」
ジェイクが驚いた顔をしている。
「アッシュさん、マジで別格だろ。むしろ最優先だと思うんだが?」
そんなジェイクの問いかけに、
「一説ではお爺さまとの不仲説とかもあるけど、それは多分……」
アルフレッドは自分の推測――恐らく事実だと確信している――を告げる。
「ミランシャ姉さんに期待していると思うよ。見合いじゃなくて恋愛の方で。だって、あれだけ見合い話を用意するお爺さまが、姉さんにだけは見合いをセッティングしたことなんてないし。アシュ兄はむしろ直系にと考えていると思う」
「……そうなんだ」
コウタは思わず何とも言えない顔になった。
「ミラ姉さんってもう騎士団を辞めて、兄さんのところに旅立ったんでしょう? ある意味、公爵さまの思惑通りなのか。大変だなあ、兄さんも」
「ははっ、確かに。けど、その見合い話、オレっちにとってはもう他人事だな」
腰に手を置いてジェイクは言う。
「なにせ、オレっちにはもう可愛いフランがいるしな」
「惚気るね。ジェイク」
アルフレッドは肩を竦めて苦笑を浮かべた。
「まあ、ジェイクに関してはその話を聞けばお爺さまも手を引くと思うよ」
「それならボクもだね」
コウタも言う。
「だって、ボクにももう相手がいるし」
「……ん? コウタ? なんか今までとニュアンスが違うか?」
ジェイクがコウタの方を見やる。
そして「おおっ!」と目を見開いた。
「そういやお前、昨日全然帰って来なかったな! おいおい、まさか!」
「う、うん」コウタは恥ずかしそうに頬をかいた。
「……結ばれたんだ。メルと」
「マジかっ!」「……やっぱりそうだったんだ」
ジェイクが破顔して、アルフレッドは苦笑いを見せた。
「そっか、そっか! ずっとヤキモキさせやがって! ようやくかよ!」
バンバンッとコウタの背中を叩く。
その顔は心から嬉しそうだった。
コウタは頬をかいたまま頷き、
「う、うん。あ、それとリノとも」
「おう! そっか!」
ジェイクがバシンッと一際強く叩く――が、
「「………………え?」」
アルフレッドと共に固まった。
「えっ? ちょっと待って!」
先に再起動したのはアルフレッドの方だった。
「一晩で二人!? まさか二人同時に!? あ、いやっ……」
顔を赤くしつつ、アルフレッドはかぶりを振った。
「もしかして『結ばれた』っていうのは正式に告白したってこと? 一夫多妻を前提に二人を説得したってことかい?」
そう尋ねると、コウタは渋面を浮かべた。
「……違うよ。エッチまで含めて二人と結ばれたんだ……」
「おォいッ!? 何やってんだッ!? お前ッ!?」
ジェイクが立ち上がって愕然とした顔をする。
「まさか二人同時プレイなのか!? しかも犬猿の仲のあの二人相手に!? 初めて同士でハードルが異次元すぎんだろそれ!?」
「ち、違うよ!」
流石にコウタも真っ赤になって否定した。
「二人と結ばれたのはホントのことだけど、時間差は半年ぐらいあるんだよ! ほら、例のあの宝珠だよ……」
そこでコウタは嘆息した。
「メルと結ばれて帰還した直後、リノに拉致されたんだ。実のところ、ジェイクたちと会うのは一年と一ヶ月半ぶり……」
「……お前、また拉致されたのかよ」
腰を下ろしつつ、呆れた声で呟くジェイク。
「そういうことか。あの宝珠なら時間は関係ねえか。つうか、お前って、もうオレっちたちよりも大分年上になるんじゃねえか?」
「……うん。四歳ぐらい上になる。けど、それはともかく」
一拍おいて、コウタはまだ少し唖然としているアルフレッドに視線を向けた。
「ボクもジェイクと同じだよ。メルとリノがいる。二人とは結婚するつもりだから公爵さまの見合い話は断れるよ」
そう告げるのだが、アルフレッドは眉根を寄せて首を横に振った。
「……いや。ジェイクの方はそれで問題ないだろうけど、コウタの方は無理だよ。話を聞くとコウタの場合はコウタの『側室』との見合いらしい」
「「…………え?」」
コウタとジェイクの目が丸くなる。
「ちょっとこれは異例中の異例だよ。このケースは僕も初めて見た」
「――ちょ、ちょっと待って!?」
コウタは勢いよく立ち上がった。
「なんで!? ボクまだ結婚もしてないよ!? 正妻もいないのになんで側室!?」
「……きっと、コウタの将来を見越してだね」
アルフレッドは嘆息した。
「最低でもアシュレイ家の家督は継ぐ。お爺さまはそう考えていると思う」
「まあ、実際に一人娘のメル嬢にとうとう手を出しちまったしなあ」
ジェイクがニマニマと意地の悪い笑みを浮かべた。
コウタは「うぐっ」と呻いた。
「ともあれ、このまま皇国に到着したらコウタは確実に見合いを受けさせられるよ。それを凌いでも、多分次の人が……」
「……えええェ……」
コウタがうんざりした表情を浮かべた。
「流石に見合いの数には限りがあると思うけど、なんやかんやで婚約が成立するまで皇国に束縛されると思う」
アルフレッドの言葉にコウタは何も言えなくなる。
確かに、あの老公爵ならばそれぐらいやってのけそうだ。
ジェイクも「う~ん……」と腕を組んで唸っている。
「今回はお爺さまも本気のようだよ。ましてや《木妖星》を倒した実績も考えると、より手段を選ばくなるのも目に見えている。だからね」
一拍おいて、
「コウタに提案があるんだ」
アルフレッドはそう切り出すのだった。




