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第87話:辿り付いた恋人

 真帆の心の痛みを、香帆はどことなく察していた。しかし、それと彼らがいないのは別問題だ。

「一緒に逃げないの?」

「一緒に逃げたいわ」

 香帆の問いに真帆は即答で返す。

「でも、それはできないの」

 彼女はそれだけ告げて下唇を噛んだ。

 そうしていなければ何も知らない妹に罵りの言葉を発してしまいそうだった。泣いて喚いて、そして彼らが現れるのならば・・・自分だってそうしていたい。

 香帆は真帆の顔を見て口を噤んだ。

 自分が気を失っている間に、何かがあったのだ。それなのに真帆は香帆を連れて逃げる道を選択するしかなかったのだ。

 自分が姉を責めることなど出来ない。重要な時に、重要なものを見逃してしまった自分にはその権利なんか無い。

 二人は自分の不甲斐なさに俯いてしまう。重い空気が車内に立ち込めた。

「とにかく、駅で勝と合流してから次の行動を決めよう」

 植村は妥協案を提示すると真帆の腕に抱かれたままの香帆の頭を撫でてやる。

「もうすぐつきますよ」

 運転手の声に顔を上げるといつのまにか駅の見慣れた風貌が見えた。フロントガラス一面に見える駅ビル、駅から続く地下街の入り口が道路のそこかしこに口を開いている。

「適当な地下街入り口で下ろしてもらえますか」

 運転手は「あいよ」軽く応えるとあまり人に知られていない場所にある地下街の入り口の前でタクシーを止めてくれた。

 料金は浩一郎が払ったお金があったので彼らはスムーズに降車し地下に潜ることができた。

 植村は漸く自分に慣れてきた香帆と手を繋ぐと、地下街を通り抜け、待ち合わせになっている中央改札まで向かった。




 中央改札の前では時計を気にしながら一人の男が立っていた。

 十人に聞けば十人ともが『綺麗だ』と評価するほど見目麗しい人物だった。彼の漆黒の瞳は先ほどからぱたぱたと変わる次発案内を見ている。

 男の名前は望月勝・・・真帆の恋人だ。彼が約束していた場所に立ってからすでに1時間は経過していた。心配はピークへと達していた。

「植村は、間に合っただろうか・・・」

 卒業式が終わった後、真帆が彼の車で去るのを身ながら言い知れない不安を感じたため迎えに行くように頼んだ。婚約者となった『彼』が協力してくれるといっても、一癖も二癖もありそうな『あの家の人間』がそうそう真帆の逃亡を許すとは考えられない。

(それに・・・無茶をしなければいいが)

 目を閉じ、祈るようにしていると回りの女性たちが「ほぅ・・・」とため息をつく。

 時々勇気ある女性や芸能関係のスカウトが声を掛けてくるのを適当にあしらいながら、必ずここに辿り着くはずのただ一人の女性を待ちつづける。

 駅はあいも変わらず混雑している。

 ・・・旅立つ人、到着した人、見送る人、迎え入れる人・・・そして通過してゆくだけの人。様々な年齢、言語、人種が行き交っている。

「勝っ!」

 ここ3年で聞きなれた植村の声が彼の耳に届いた。

 顔を上げると雑踏の中を器用に縫いながら植村がこちらに駆けてくる。

 そしてその後ろには愛しい女性の姿。彼女は勝を見つけると、いつもは見せない年相応の可愛らしい笑みで残りの距離を駆け抜けた。

「真帆」

 勝は駆けて来る彼女の身体を両手を広げて抱きとめる。やっと届いた腕の中のぬくもりを確かめるように彼女の明るい黄土色の髪に何度もキスをした。

 映画のワンシーンのような場面に周りの目は二人に釘付けとなった。ただでなくても目立つ容姿の二人である。こんな派手なラブシーンをやれば人目を引くことこの上ない。

「勝、時間は大丈夫なのか?」

 ラブシーンを続けている友人に植村は意を決して問い掛けてみた。彼は腕時計をちらりと確認すると「問題ない」と返す。

 どうやらいつ到着するかわからない真帆のために、少し遅めの時間の切符を買っておいてくれたらしい。

 勝はもう一度だけ強く真帆を抱きしめてからその腕を解いた。

 それから植村の周りに香帆しか居ないのを見て、怪訝そうに眉を顰めた。

「『彼』は?」

 真帆達が来るなら、きっとあの男も来るだろうと想っていた。

 しかしその質問をした途端、真帆はくしゃりと顔を歪め、植村は視線を宙にさ迷わせた。

真打、勝登場!の巻。真帆の駆落ちの相手、この話一番の曲者、望月勝が正式に登場です。

面食いの真帆が選んだだけあり、99%の人が美形と認める男です。亡くなった両親は音楽家で本人もバイオリニストを目指してます。

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