第88話:駅で待つ者
そんな二人の様子に勝の視線が厳しくなる。
「彼は公園に残っている。親友である真帆姫のお兄さんと共にこっちに向かっているはずだ」
真実を告げてはいけないと想った。
真帆を逃がすために彼が車の前に飛び出して追っ手を止めてくれたと言えば、目の前の彼は逢った事もないはずの彼のために逃避行を止めてしまう可能性がある。
「植村?」
だが勝はそんな彼の心を見抜くようにじぃっと鋭い視線で心を射抜いた。
その視線に耐えられなかったのは真帆の方だった。彼女は今まで誤魔化していた自分の感情を押さえきれなくなり、肩を震わせて泣き崩れた。
「浩一郎さんは・・・私を送り出すために、車に飛び込んだの・・・すごい怪我だった・・・」
あの悪夢の瞬間を思い出した真帆の張り詰めた心は今にも壊れそうだった。
どうしてこんな自分に彼らが協力してくれたのか・・・どうしてそれで彼らが傷つかなければならないのか。感謝と謝罪と贖罪・・・三つの感情が入り乱れて、心の安定が保てない。
「ったく、あの馬鹿は・・・」
真帆の報告を聞いて勝は唸るように呟いた。
「悪い、真帆・・・少しだけ危険かもしれないが、彼らをここで待つよ。いい?」
勝の申し出に真帆はこくんと頷いた。
だが、どうして彼がこんなことを言い出してくれたのか理解らない彼女は、涙に濡れた目で小さく首を傾けた。
植村も勝の考えが理解できないようできょとんとしている。危機感を感じてないのだろうか。そんなはずはない。そうであったのなら、植村を公園に迎えに行かせるなんてしないはずだ。
唯一、姉たちのことを黙ってみていた香帆だけが彼の言葉に笑みを浮かべ、その服の裾をつんつんと引っ張ってみせた。
「・・・お兄ちゃんたち、ここには来ないわよ?待ち合わせ場所まで、案内してあげる」
そのまま電車に乗っていく予定だった真帆は中央改札なんて目立つ場所での待ち合わせにしていたのだが、元来、良弘と浩一郎、そして香帆は他の場所を待ち合わせ場所としていた。
「ありがとう」
勝はそういうと真帆の肩を抱き、香帆の手を引いて歩き始めた。植村は時間のことや、ここまでお膳立てしてくれた真帆の婚約者の気持ちを考えるとそれが正しいとは思えなかったが、それでも選択した彼の意思を尊重し、自分も一緒に待つことにした。
香帆に案内されたのは人目につきにくい場所にあるコインロッカーの前だった。他のロッカーとは違い、駅の隅にあるそこは案外死角になっている。
とりあえず、香帆の荷物だけでもそこから出そうと4人はロッカーの奥へと歩みを進めた。
だが奥に行く手前で勝はぴたりと足を止めた。見るとロッカーの影に人影が見える。その人物は4人が足を止めるのを感じて、逆に物陰から姿を現して見せた。
「遅かったですな、真帆様」
「荒井・・・」
姿を現したのは長老の中でも一番の能力を誇る荒井だった。彼は珍しく共の者も連れずにその場に立っていた。
「その方が真帆様のお相手ですか」
視線は隣で肩を抱く勝に向けられる。勝は彼と視線を合わせるとゆっくりと頭を下げた。そして徐に頭を上げると強い視線で目の前の老人を射抜いた。
「あなた方の当主は頂いていきます」
勝の率直な言葉に「そうですか」と荒井は笑って見せた。
そんな穏やかな表情を浮かべる彼に対して、真帆と香帆は少なからず恐怖を感じていた。勝に抱かれている肩が小さく震えている。
彼はあの柏原が『同類』だと言った男だ。その特殊な能力への恐怖はしっかりと二人の中に刻み込まれていた。
自分の腕を抱きしめてくる真帆とつないでいる手に力を入れた香帆を庇うように勝は老人と彼女たちとの間へと立ちはだかる。植村はこれ以上の伏兵がいないか確かめるために出入り口に付近に残り外へと目を光らせている。
「何をしにこちらに?」
「当主と、その妹たちの門出を見送りに来たのですよ。餞別を持って」
勝の問いかけに荒井は軽い口調でそう言うと傍に置いていた鞄から大きな紙封筒を出すと、それを怯えている真帆の前に差し出した。
彼女は恐る恐るそれを受け取ると死刑宣告の通知でも見るように中身を確認する。
中には複数枚の書類と小さな小冊子が入っていた。
「これは・・・」
その書類を見ていくうちに真帆の顔がどんどん驚きで紅潮していく。それらは彼女がこれから生活していく上で必要になる書類だった。
真帆が荒井に驚きの視線を向けると、彼は笑いながら静かに頷いた。
荒井、長時間待たされるの巻。
いったい彼はどれぐらい前から彼女たちを待っていたのでしょうか。老体に鞭を打って大変なことです。




