番外編 ある巫女の話
本編は完結しましたが、番外編になります。
作中で少しだけ登場した女性の話になります。
本編の裏側や、その後の一端として読んでいただければ嬉しいです。
私は、神社に生まれた三女。
1989年生まれ、36歳。
少しだけ特殊な家に生まれた、という自覚はある。
ご先祖様は陰陽師だった。けれど明治時代の天社禁止令で、陰陽師では食べていけなくなり、神社を作って神職へと転じた。
庁や協会といった組織の傘下には入らず、あくまで個人経営の神社として続いている。
我が家の家系は、代々女性に能力が現れる。
特に得意なのは、浄化と結界、そして封印。
それが主な生業だ。
除霊や鎮魂、妖怪退治も一応はこなせるけれど、正直そこそこ。
逆に呪詛や解呪は苦手で、ほぼ無理。
だからこの業界から来る仕事も、浄化・結界・封印が中心で、たまに除霊の依頼が混ざる程度だった。
ご先祖様は土御門家の血筋らしい。
けれど女性だったため、表舞台には立てなかったとか。
いろいろ苦労があったと聞いている。
子を産んでも、能力が出るのは女の子だけ。
だから同業の中で結婚相手を見つけるのも大変で、三男や四男が婿養子として入り、表に立ち、実務は妻が担う――そんな形が続いていたらしい。
今の時代はいい。
巫女がトップの神社でも、何の問題もない。
そして今は、私が当主巫女――38代目だ。
子供は双子の娘が二人。
2008年6月生まれで、17歳になる。
……高校の同級生と付き合って、大学試験前に妊娠が分かったときは、さすがに空気が凍った。
父は困惑していたし、母はなぜか喜んでいた。
お腹の子の父親は情緒不安定になっていた。
もちろん、大学試験は失敗。
あちらの両親はお金で解決を図り、話はそれで終わった。
私は大学を諦め、未婚のまま出産した。
6月、双子が生まれた。
私も子どもの父親も顔は悪くない方だから、将来はきっと美人になるだろう――なんて、そんな軽いことを考えられるくらいには、余裕もあった。
子育てに追われる日々。
そして2015年、子どもが小学校に入学したのをきっかけに、私は家業を本格的に手伝い始めた。26歳のときだ。
そこそこの才能はあったらしく、評判も悪くなかった。
ちなみに兄弟は、兄が一人と姉が二人、それに弟が一人。
家に残った女は私だけだ。
兄は公務員になり、都会で暮らしている。
姉二人は家業が嫌で、早々に結婚して家を出ていった。
弟は人付き合いが上手いので、家の神社で“なんちゃって神主”をしている。能力はない。
家業の収入は、まあそこそこ。
依頼があれば数十万から、時には百万単位になることもある。
普段は弟が祈祷をして、生活費の足しにしている。
正直、どちらかと言えば貧乏な方だと思う。
祖母、父、母、私、弟、弟の嫁、その子どもが二人。
そして私の双子の娘。
昔から由緒ある家柄だから土地はある。
祖母や親の代で、その土地を担保に借金をして借家やマンションを建て、家賃収入を得ていた。
けれど、もう古い。
収入はわずかだ。
しかもこの土地、いろいろあって売れないらしい。
いわく付き、というやつだ。
だから定期的に結界を張らないといけない。
――32歳のとき、私は家督を継いだ。
祖母は引退済み、母は依頼で怪我をして静養中。
最近は怪異の退治依頼が増えている。
私は退治は得意じゃない。
だから本来なら依頼も少ないはずなのに、なぜか増えている。
報酬はいい。
でも怪我をしたら終わりだ。生活が成り立たなくなる。
正直、あまり引き受けたくはない。
そんな中
2023年5月、34歳のとき。
子どもの15歳の誕生日プレゼントのスマホを買いに、林檎ストアに入った。
そこで、“異常な人”を見た。
全身が「呪いです」と言っているような人だった。
目にした瞬間、体が硬直し、鳥肌が立った。
――すごかった。
思わず、小さく呟いていた。
「ご愁傷さま……」
一応、助言だけはして、すぐにその場を離れた。
スマホを買って、そのまま帰宅。
あの人は、数日以内に亡くなる。
もう会うこともない、そう思っていた。
けれど。
2024年12月24日、クリスマスイブ。
予約していたケーキを受け取りにモールへ行ったとき
いた。
去年見た、あの呪いの人が。
生きていた。
どうしてあの状態で生きているのか、不思議で少し後を追った。
その人は駐車場へ向かい、車に乗り込む。
――その瞬間、見られた。
確かに、私を見ていた。
とっさに逃げた。
恐ろしくて、逃げてしまった。
ケーキを受け取り、後をつけられていないか確認しながら移動。
知り合いの同業者のところに寄り、しばらく休んでから帰宅した。
怖かった。
そして
2026年3月。
同業からの紹介で、高額の依頼が舞い込んだ。
数千万単位。
危険ならやりたくないので内容を聞くと、結界と封印の依頼。
場所は山奥の洞窟。
最近、この県周辺で怪異が増えているのは
この洞窟が発生源ではないかと見られている。
特にこの地域に偏って出ている。
退治依頼が増えていたのも、そのせいだった。
危険はあるが、安全は確保する。
現場には10名以上の術師を配置するという。
……それなら、受けてもいいかもしれない。
ただ、不安はある。
母はまだ治っていないし、祖母はもうボケがきている。
弟はなんちゃって神主。
だから、娘に頼むことにした。
双子のうち一人――結界と封印の才能が、ずば抜けている子。
私が中の上なら、あの子は化物並み。
でも、小学5年生から引きこもっている。
いろいろ見えすぎるせいで、学校に馴染めなかった。
それでも、生きていく力はある。
だから無理に外に出さず、家で勉強だけ教えている。
頼みに行くと、あの子は少し目を輝かせていた。
「洞窟から怪異が出てくるとか、ワクワクする」
……ちょっと中二病気味だけど、いい返事だった。
すぐに電話で依頼を受けた。
翌朝、迎えが来る。
――翌日。
私はそれなりの装束。
娘はジャージにコート。
迎えの車で現場へ向かう。
途中から車を降り、徒歩で向かうことになる。
そこから先は、道なき道を歩くことになり。
……後悔した。
ここは樹海だ。なんでこんな格好で来たのか。
娘みたいに、ジャージにスニーカーで来ればよかった。
やっとの思いでたどり着き、
そして、見た。
おぞましい黒い霧。
一瞬で理解した。
――これは、私には無理。
娘は平然と同業者に話を聞いていた。
洞窟の中は不明。何も分かっていない。
やがて娘は言った。
「結界があるから、中にいても問題ない。怪異がいたら外まで釣ってくる。いなければそのまま結界と封印を進める」
そう言って、洞窟へ入っていった。
30分。
戻らない。
焦って私も入ろうとしたが、他の術者に止められた。
そして、しばらくして。
黒い霧が消えた。
同業者が中を確認したが、「誰もいなかった」と。
あったのは、石の祠だけ。
自分の目でも確かめた。
確かに何もいない。
あの、おぞましさは消えていた。
まるで浄化された後のように。
娘は見つからない。
戻ってもこない。
娘が消えて悲しみのまま家に帰り、家族に話した。
みんな悲しんでいた。
その中で、もう一人の娘が言った。
「……あの子、自分から消えたんだよ」
出かける前に言っていたらしい。
「洞窟から怪異が出てくるなら、その先に異界がある。行ってみる。だから戻らないかもしれない」
そして、笑ってこう続けた。
「双子だよ。片割れが死んだら分かるよ」
――まじか。
あの子は……。
少しだけ、安心した。
数日後に、依頼元の協会から、数千万の報酬と、別に見舞金という名目で三億が支払われた。
政府と協会が出したらしい。
普通の依頼なら、術師が死んでも見舞金なんて出ない。
最初から危険手当込みの依頼料だからだ。
見舞金をもらったときは、正直ラッキーくらいに思っていたけど。
……まあ、特級の術師。
将来の稼ぎ頭が三億じゃ、安すぎるけどね。




