夢と老人
そこには
若い自分がいる。
まだ何も知らない頃の、自分だ。
隣には、一人の女の子がいる。
フードを被っている。
顔は、よく見えない。
だが
確かに、そこにいる。
距離は近い。
肩が触れるか、触れないか。
そんな距離だ。
二人で歩いている。
何をするでもなく。
何を話すでもなく。
ただ、並んで歩いている。
風が吹く。
草が揺れる。
光が差す。
どこか、不思議な感じだ。
記憶にない場所。
不思議な感覚だけが残る。
そして、目が覚める。
「……またか」
小さく呟く。
同じ夢。
何度目か、もう分からない。
だが、確実に増えている。
時計を見る、四時三十分。
まだ暗い。
だが、そのまま起き。
体が、自然と動く。
リビングへ向かう。
まだ、温もりが少し残っている。
薪ストーブの前に立つ。
薪を入れる。
火をつける。
ぱち、と音がする。
火が広がる。
ゆっくりと、空間が温まり始める。
カラスも狐も、まだ寝ている。
静かだ。
秋田犬たちだけが
気配に気づいて、近づいてくる。
軽く挨拶するように寄ってきて
そのまま、また丸くなる。
すぐに眠る。
「……いいな」
小さく呟く。
珈琲を淹れる。
ストーブの前に座り。
一口飲む、温かい。
静かな時間が流れる。
何もない。
だが、それがいい。
三十分ほどして、立ち上がり。
動き出す。
子狐を起こす。
「……行くぞ」
軽く声をかける。
準備を始める。
食事を済ませる。
カラスを、そのまま鞄に入れる。
まだ寝ている。
構わない。
おせち料理。
酒。
必要なものを
収納鞄へ入れる。
神棚へ向かう。
お神酒を置く。
手を合わせる。
「今年もよろしくお願いします」
「……行ってきます」
それだけでいい。
子狐と一緒に、裏山へ向かう。
林道を進む。
そのまま、山道へ入る。
空気が変わる。
冷たい。
だが、嫌ではない。
歩く、登る。
頂上を目指す。
頂上に着いて。
少しだけ、息を整える。
珈琲を、飲む。
空を見る。
東の空が、少しずつ明るくなる。
そして、日が昇る。
光が広がる。
山を照らす。
空気が変わる。
「……いいな」
自然と口に出る。
カラスを起こす。
少し不機嫌そうだが
そのまま光を浴びている。
しばらく、その場に立つ。
何もせず、ただ眺める。
やがて、下山する。
祠へ向かう。
祠には、亀嫁がいた。
新年の挨拶をする。
「……あけましておめでとうございます」
軽く頭を下げる。
鞄から、おせち料理を出す。
酒を並べる。
カセットコンロを出す。
雑煮の鍋を火にかける。
湯気が上がり、匂いが広がる。
そのタイミングで
天狗と九尾が現れる。
亀旦那も、水場から出てくる。
いつもの面子だ。
どこか、特別な空気がある。
新年の、挨拶を交わす。
食事を始める。
酒も進む。
いつもより、ゆっくりとした時間。
しばらくして
天狗と九尾が立ち上がる。
「少し付き合え」
そう言われる。
「……?」
聞き返す間もなく
両腕を掴まれる。
その瞬間。
景色が変わる。
違う場所にいた。
空気が違う。
重さが違う。
匂いも違う。
「……ここは」
目の前に、大きな門がある。
石でできていて。
存在感がある。
「……日本じゃないな」
直感で分かる。
おそらく、地球ですらない。
異界。
そういう場所だ。
しばらくすると
門が、ゆっくりと開く。
音もなく。
自然に。
天狗と九尾が、歩き出す。
迷いがない。
そのまま後をついていく。
しばらく歩く。
道が続く。
景色は
どこか現実に似ているが、違う。
やがて、屋敷が見えてくる。
大きく、古い。
だが、手入れはされている。
玄関前に立ち、天狗が扉を開ける。
そのまま中へ入る。
九尾も続く。
後をついていく。
廊下を迷いもなく進む。
一つの部屋の前で止まる。
天狗がノックする。
中から、声が。
「どうぞ」
短い言葉。
扉を開ける、中へ入る。
そこには、一人の老人がいた。
椅子に座っている。
静かに、こちらを見ている。
その目は、ただの人間ではない。
深く、底が見えない。
時間そのもののような視線。
「……」
自然と、背筋が伸びる。
天狗が言う。
「この方が――龍だ」
空気が、さらに変わった。




