第79話 レティシアと雨の散歩
外は雨。基本の移動手段が徒歩である私は、雨の日は家にいることが多い。苦手だったって雨音も、愛おしい思い出に上書きされてからは、楽しく感じる。
どんな朝もやることは同じだ。ただお散歩はしないけど。
洗濯物をやっつけて、ココアで一息つく。
まだ昼前だった。
「ちょっと……出かけるか」
家で待っていても、待ち人は来ない。私が出て行って、捕まえなければ。何としても彼のアドレスを聞き出さないといけない。
彼の仕事先は絶対に教えてくれない。エレナさんも絶対教えてくれない。フェルディナンド先生方?教えてくれそうだけど、いろいろ面倒になりそうだ。
つまりこちらから動くしかないのだ。
雨の日仕様に着替える。
白の半袖ブラウスにデニムのショートパンツ。自分で合わせる分にはどうしても地味な配色になってしまうので、レインコートは黄色だ。足首までのレインシューズもお揃いで黄色。若干子供っぽく見えるけれど、そこは自分の容姿に助けられている。
レインコートのフードをかぶり、出発だ。
フードは私の顔をすっかり隠してしまう。慣れたとはいえ、じろじろと見られる視線を感じずに済むのはありがたかった。
「でも、アカリさん気が付いてくれるかな」
気付かれるためには先ず活動圏内に入り込まねばならない。私はアカリさんと遭遇した現場、思い出の場所を一つ一つ回ってみることにした。
自宅からほど近い川の土手。昨夜からの雨で川の水量は増していて、一緒に座った場所は濁流の下。
記憶に新しい恥女事件の発端となった山は、レインブーツではちょっと危ないからパスだ。
スタジアムも今日はお休みで、配達屋さんが来るようなイベントもやっていない。
魔窟ブルーヒルズ。広大なダンジョンに単身で挑むには装備が悪い。魔術師レティシアは地下に張り巡らされた水道管に魔力を通し、迷宮内を探った。
……当然ながら何も分からなかった。
「我ながら、想像とはいえちょっとアレだな……」
大学へのルートは天候と時間が悪く、人通りは少ない。少し先の校門が雨で煙ってよく見えない。この分だと校庭には誰も出ていないだろう。
繁華街。オムレツ屋さん。どこにもいない。
彼の会社の出入口、隠れて一時間ほど待ってみてもとうとう逢うことは出来なかった。
「何やってんだろ、私」
とても悲しくなった。雨が強くなってきて、泣いてしまっても誰にも分からないのは少しありがたかった。
空には分厚い雨雲。アカリさんが雲よりはるか上に行ってしまっているのなら、私では追いつきようがない。住む世界が違うことを改めて感じてしまう。
「ちょっと、疲れた」
疲れて足が重いけど、歩いて帰ろう。何ならフードを外してびしょ濡れになっても構わない。
「アカリさん、見つけてよね……」
翌日、雨は止んで快晴。私は実に十年ぶりに熱を出した。




