レティシアと雨季のとある日
雨季というものがある。
星都サントルでは真夏に変わる少し前に数日間だけ大雨が降る。これが、星ごと地域ごとに違っているというのは、初等教育で習う。
この大雨の原因の一つがサントルの街の背後にある丘陵地帯だというから驚きだ。
大雨は心が騒ぐ。
決して川とか水路とかを見に行ってはならない。この冒険心を押さえきれないと、時には命に関わるような大変なことになってしまう。
だから私はウェザーリポートの画面を見ながらソワソワしているのだ。いつもみたいにお酒で落ち着かせればって?お馬鹿ね、お酒なんて飲んだら、楽しくなって雨の中飛び出してしまうに決まってるじゃない。
数日だけなので、ここは我慢なのだ。この際、禁酒とやらに挑戦するのも良いかも。美しく適量を飲むからいいのであって、飲みたいから飲めるまで飲むのは美容にも健康にも良くない。
忍耐力の不足に定評のある私は、念のため家中のアルコール類にロックをかけることにした。わざわざ次元ロック式の保管庫まで借りて。
外堀も埋めることにした。
『レティシア、この雨季に禁酒します♥』
と知り合いにメールした。
これで完璧。お祝いに乾杯だ!……保管庫に鍵かけちゃったな。最後の一杯くらい取っておくんだった。
今までだって、一日や二日飲まなかったこともあるので問題ないはずだけど、最後に乾杯の口になったままお預けは思ったよりキツイ。水……では寂しいから、炭酸水を飲んでおく。
朝にメールをしてから見ていなかった端末。この時計は狂わない。確認すると、メールを大量に受信していた。律儀に送った皆から返事が来ている。ほとんどが無理だとか止めとけとか、失礼な奴らだ。マリーとソフィアは失礼ついでに、玄関の鍵を開けておくようにって。意味か分からん。
昨夜も飲みたい気持ちは当然出てきたが、普通に抑えた。この程度でいちいち狂っていては本当に病気だ。
雨は相変わらずひどくて、こんな日に外を歩くのは言い方は悪いが○○○○だろう。私は一般の人たちが雨で鬱々としているそんな中、禁酒という崇高なチャレンジを行っている。
「そうよ、私は凄いことをやってるんだから」
実体は単なる休肝日みたいなものだけど。
時計をみる。まだ昼前だ。
雨はまだ止まない。むしろ激しくなってきている気もする。このまま予定量を降りきってしまえば止んだりするのかな。でも保管庫はあと二日経たないと開かないのだった。早めに雨季が終わったらどうしよう?その時は買いに行けばいいか。
お昼になった。部屋で寝ころんでいるだけだからおなかは空いていないけど、休みの日こそ規則正しく生活しないといけない。ご飯を食べよう。
ああ、何か物足りない?そうよねお酒がないとご飯の美味しさなんて半減しちゃうのよね。
あと一日半の辛抱だ。
昼過ぎ。
駄目だ。さっきから時計ばっかり見てる。だって、なかなか進まないんだもの。壊れているのか?
外を見ても、分厚い雨雲のせいで昼か夜かも分からない。ただこれだけ我慢したんだから、もう夜になっても良いはず。この時計は雨が止んだら捨ててしまおう。
いつの間にか寝ていた。端末を見ると15時。何日目だ?なんかメールが来てる。玄関開けとけって、最初のメール?
雨の音がうるさくて、よく寝れなかったせいか頭がモヤモヤしていて、うまく考えられない。
まあ開けておくくらいなら……
誰だろう?さっきから部屋の奥から私の方をじっと見ている人がいる。誰なんだろ。なんかぶつぶつ言ってて、正直止めてほしい。ああ、雨の音と思ってたのは、この人の呟きか。
だったらもう雨は止んだのか?
マリーが来るなら、お風呂に入らなきゃ。きのう?その前も?入ってないからね。でもあの人がいるんだ。服を脱ぐのはさすがにためらわれるよ。横目で部屋の奥をのぞき見る。
「……いない。今のうちだ」
手早く脱衣して、浴槽にお湯を張る間に体を洗う。モヤモヤしていた気分がさっぱりする。
「ふい~。生き返るぜ」
少し熱いめに張ったお湯で体を温め汗を出す。
風呂上がりに冷たいヤツを……!
「そうだった、まだ駄目だった」
ガッカリして、また気分が落ち込む。
声が聞こえる。ポツポツとつぶやく声。顔を上げると浴槽のすぐ横にさっきの人がしゃがみ込んでこちらを見ていた。
「イヤぁぁぁぁ!来ないでぇ!」
「どうした!レティシア!」
「ソフィ!今、そこに……」
あれ?いない?辺りを見回す。すぐ横に顔があった。眼球のない真っ暗な穴がある顔が!
「イヤ!」
「レティシア!私とマリーしかいない。落ち着いて!」
「いるのよ、ここに!手を掴もうとしてるの!私を見てるの!」
「幻覚よ!落ち着いて!」
ソフィアが抱きしめてくれる。ああ、服がビショビショだよ。
「レティシア、これを飲んで」
「マリー」
差し出された瓶の中身を一口飲む。
「お酒じゃないけどアルコール入ってるからね。禁酒は続行中よ」
栄養ドリンクだ。少し落ち着いた気がする。
もうあの人はいない……どんな人だったかも、分からない。窓の外からはお日様の光が見えた。
その日は二人にお世話され、夜はくっついて寝た。
翌日は二人に連行されて病院へ。遺跡の時にお世話になった先生が出てきてくれた。
先生は怒ることはせず、「これは僕らにも責任があるねぇ」と言って、飲み過ぎないようにとの注意だけを受けた。




