116.【武闘大会本選:個人戦(武器なし)の部】美女神様からの一方的な通告
何やらどうも勇者様に用事が合って探していたらしい旨のことをのたまう兎。
おっと、これは一体どうしたことでしょうね?
勇者様に何の用事か知れませんが……勇者様が、初恋に頭の沸いたザッハおじさんに抹殺されるようなことにならないと良いんですけど。
「俺に、用事? 一体何の用だ」
「なになに難しいことではないですよ! 吾はただのお使い、あんたさんに上の方のお言葉を伝えるのみです」
「……上? 君は、誰かの命令で動いていると。そう言うんだな?」
「はいはいですよ! 怪訝な顔のあんたさんに、申し伝えます」
警戒を怠らないまま、話を促した勇者様。
話が早くて助かると安堵の息を吐きながら、兎着ぐるみの中の人は大きな声で言いました。
世迷言を。
「――吾は美の女神様よりのお言葉をお伝えします。この伝言を耳に入れ次第、急ぎ女神様の身元に侍り、その身を捧げる様に……と?」
兎の言葉は、疑問形で終わりを迎えました。
それもこれも勇者様が、兎にとって不可解な行動を取ったからです。
兎がツッコミどころ満載な言葉を紡ぎ出すや否や。
反射的にやったのかと思えるような速度で即座に、勇者様が両掌で両耳を塞ぎました。
勢いと力が有り余ったのか、ばんっと痛そうな肌を打つ音。
絶対に痛かったに違いないのに、気にする余裕もないのか……勇者様は耳を塞ぎ、目を固く閉じ、蹲って防御姿勢を取りました。
おお……勇者様、行動が早い。
要約すると、美の女神は勇者様に「自分の愛人になれ(意訳)」って命令してきた訳ですが。
勿論のこと、あの勇者様がそんな命令を承服する訳もなく。
勇者様が取った行動は、単純にして明解。
聞かなかったことにする、というものでした。
防御姿勢が完成するまで、防災訓練なんて必要なさそうな流れる動きでしたよ。
何の解決にもならないけど、時間稼ぎには最適ですね!
「ちょ、ちょ……っ? なななんですか、その反応は! 高位の女神様よりの、直接のお輿入れ命令ですよ!? しかも相手は美の女神様なんですよ!? 地上の男にとってはこの上ない良いお話の筈なのに、なんなんですかその反応!!」
「知らない知らない何も聞こえない。俺の耳は塞がっていて、どんな言葉も入らない。……だから、良いか? 君の言う『伝言』もこの耳には届いていない。俺はここを離れない」
「しっかりきっかりきっちりお耳に届いてんじゃないですかー! こっちだってそれで「はいそうですか」とは言えないですよ!? 吾だってお仕事、あんたさんには何が何でも女神様のところへお輿入れしていただきますです!」
「御免蒙る!!」
「速攻拒否ですか!?」
勇者様の反応は、兎の予測を超えたのでしょう。
狼狽のままに、大慌てで勇者様に駆け寄って、その肩を揺さ振ります。
しかし今の勇者様は無言ながらに、「自分、亀の化身ですけん」とでも主張するかのように頑なです。まさに泰然自若、兎の抗議もものともしません。
こうなると焦れてくるのは一方的に兎ばかりとなります。
しかもあの兎は、上役からのお使いで此処にいるとのこと。
ちゃんとお役目を果たせなかった時のことでも考えたのでしょうか。
兎は顔を真っ青に染め上げて、勇者様の頭を鷲掴みです。
それでもなお耳から手を離さぬ勇者様の姿に、一歩も引かぬという覚悟を見ました。
「う~……もうっお相手は絶世の美女様ですよ!? 文句なしに世界で最もお麗しい、美の女神様ですよ! そのお相手にって栄誉を与えられて、何がそんなに不服ですか!」
「誰もが美女と聞いて喜ぶとは思うなよ! そもそも俺は女性の扱いを容姿で判断するつもりはない! 女性への判断基準は須く俺にとって危険が有るか否かだ!! 俺にとっては美貌なんて個々人の持つ危険性の前には二の次、三の次なんだからな!?」
勇者様の、そのお言葉は。
なんだかちょっと情けない響きもありましたが……それを差し引いても切羽詰った、真に迫った声音でありました。
うん、勇者様……貴方にとっては、女性なんて美しさじゃないよね。肉食か否かで、更に言うと勇者様に対してストーカーの気があるかどうかだよね……!
彼の断言した判断基準は、本人の身の安全と貞操を思うのなら間違っているとは誰にも言えないと思います。
それとも兎の言う『美女様』ってやつは、そんな勇者様の判断基準と警戒心と防衛本能を全て容易く吹っ飛ばすほど、容姿に優れているのでしょうか。
私の正直な感想としましては、
え? マジで? まぁちゃんや勇者様より顔綺麗なの?
……って感じなんですけど。
少なくともまぁちゃんやせっちゃん、魔王兄妹の美貌を超えるくらいの御面相をしていてくれないと、世界で最も美しいなんてほざいちゃいけないと思います。
っていうか美の女神って、神話の中で同等以上の権力を有する他の二柱の女神と誰が最も美人かで醜い争い繰り広げてませんでしたっけ。
しかもその最終判断を委ねた第三者に対し、三女神がそれぞれ賄賂をチラつかせて買収しようとするという。
私、比較できる相手がいる時点で、世界一なんて名乗っちゃいけないと思うんだ。
まぁちゃんやせっちゃんを見てるとわかるけど、本当に他の追随を許さない美貌を前にして己を誇示できる猛者なんてどこにもいないから。
己惚れだろうと自意識だろうと「私も負けてない」と相手に思わせている時点でアウトです。
美貌の人本人も、鼻で笑って余裕の態度を見せつけるならともかく、むきになって争ったり他人の顔を気にしている時点で自分の美貌が絶対じゃないって暗に認めているようなものじゃないですか。
その顔を前にすると、どんな美人も自ずと負けを認めてしまう。
それが本当の美人ってやつでしょう。
なので私は、美の女神は確かに美を体現しているんだろうけれど。
誰もが認める美人であっても、それが絶対的な『一番』だとは限らないんじゃないかと踏んでいます。
美しいは、単純に美しい。
そこに優劣を付けて比べて測ろうなんて無粋ですしね。
まぁちゃんとせっちゃん、それから勇者様は文句なしに美貌だと思いますけど。
でも逆に、この三人よりも本当に格段の差を付けて美しいっていうんなら、それはそれで拝んでみたい気もします。
美しさのあまり目が潰れたとしても、魂抜けちゃったとしても、その場合は甘んじて受け入れようじゃないですか。
「口では拒絶するようなことを言っていても、そんな価値観ひっくり返すのが美の女神様の超☆美貌なんですよ!? そんな目の潰れるような美女神様と隣に並んで外見的に釣り合いのとれるあんたさんみたいな人間、早々いないんですからね!? そりゃあもう、美女神様もあんたさんのお輿入れをすっごい心待ちに――……」
「だから女性の顔は重要視していないって言っているだろう! 美貌への関心を否定した時点で、そこは女神の性格に言及して説得に当たるところじゃないのか!? それがない時点で、俺にとっては恐怖の未来しか垣間見えない! そんな未来……受け入れるくらいなら、潔く舌を噛んで死ぬ!!」
「死なれちゃ困るんですけど!?」
「迎えに来られた俺の方こそ凄まじく迷惑なんだけどな!?」
あっれ、これ魔法戦部門の筈なんですけどねー……?
試合場の上は最早、亀(勇者様)と兎(着ぐるみ)の口論合戦の会場と化していました。
派手な動きは何もなく、ひたすらに勧誘する兎と拒絶する勇者様の舌戦が繰り広げられています。
「勇者様には……死なれたくありません、ね」
「得難い人材だかんな」
「確かにそれもあるけど。でもそれ以上に、お友達だから」
これは、そろそろ介入して勇者様を回収した方が良いかもしない。
相手が神の領域にある相手となると、手をこまねいて見ているだけなのは分が悪いから。
あの兎の言葉が本当か嘘か、私には判断出来ません。
でも勇者様は誰も文句を言わないくらいの超絶美青年です。
女神が目を付けても、おかしくないレベルの。
そして勇者様には美の女神の刻印がある。
……加護を得ている時点で、既に目は付けられています。
その前提を思えば、ここで予断は許されません。
加えてあの兎は以前、勇者様との試合でうちの御先祖様を召喚しました。あの時に見聞きしたことが確かなら、半信半疑ですが兎自身が神々の領域に関わり合っておかしくありません。ただ頭がおかしいだけかもしれませんけど。
色々と予測の材料があり、不確定要素がある。
ここは大事を取って余念なく準備を整えるべきかもしれません。
試合の行方? そんなものは勇者様を失うことに比べれば些細な問題です。
大事なお友達を、どっかの美女のただの我儘で失うなんて我慢ならない。
困ったことが起こりそうな時、その身を庇ったり助けたりするのはお友達の役目です。
まあ、私自信は特に何かをする訳じゃないんですけど。
困った時、自分の力が及ばない時。
そんな時はどうするの?
→ 答え:お願いまぁちゃん!
「まぁちゃん、勇者様のこと回収した方が良いかな?」
「魔王城にでも匿うか? ちっと時代経てるんで確証はねえが、神の一匹二匹なら攻撃されても持ちこたえられるだけの備えはあんぜ?」
「一匹二匹ってそんな鼠みたいに!」
まぁちゃんのお家、魔王城。
その鉄壁の防備は、神が相手でも問題としない……らしいです。
何でも偉大なるまぁちゃんの御先祖様(魔王)の中には、好んで神様方に喧嘩を吹っ掛けまくるちょっぴりやんちゃな魔王様がいらしたそうで。
神々との戦争を繰り返した時代に、きっちり報復対応でお城の防御機能はそれこそ神がかった代物になってしまったそうなので。
そこなら絶対とは言えなくても、戦闘に特化していない美の女神様の干渉をはね返すことくらいは難なくこなせそうです。
でも、その場合。
「勇者様ってば、魔王城に一生軟禁?」
「あいつの貞操の危機を本当に避けてぇんなら仕方ねーんじゃねえの? まあ勇者は人間だからな。老いて美貌が衰えるまで、ってことになりそうだな」
「陛下、勇者さんの美貌を思うに……老いても衰えない可能性が」
「老人になっても平凡なお爺さんにはなりそうにないよね☆ それこそ、美老人とか! ……美女×美老人、重要あるかな?」
さあ、勇者様ご本人のいないところ(各所)で、その未来が定められつつあります!
誰の思惑が最も早く勇者様の身柄を掠め取るのか、そして勇者様本人の意思はどうなるのか。
色々と問題は多そうですが。
そんな話を重ねながら、私は一つのことを思い出していました。
――そういえばそろそろでしたよね。
邪小人さんのジンクスに約束された、勇者様の不幸。
これがそうなのかな?と。
首を傾げながら私は思いました。
……もしもそうだったら、私達が何を相談したところで回避は難しそうだなあって。
そして、案の定。
最終的に業を煮やした兎の着ぐるみが。
勇者様の望まぬ形で、暴挙に走ったのです。
「――こうなったら強硬手段ですよ! もう美女神様のところへ強制連行してやるです!!」
「な、なんだってー!? 待て、何をするつもりだ!」
Oh……なんたる暴挙。
どうやら、邪小人さんのジンクスは大当たりしてしまうようです……。
えっと、対処が間に合わないんだけど……私はどうするべきのかな。
教えて、まぁちゃん!