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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
白昼堂々の勇者様拉致監禁事件
117/122

115.【武闘大会本選:個人戦(武器なし)の部】イロモノ☆うさバニー再び

 今回の試合に出てくる兎の以前の所業を振り返りたい方は、「ここは人類最前線6」の「134.イロモノ☆うさバニー」~「141.まぁちゃんだって敵わない」あたりをご覧下さい。





 個人戦(武器なし)の部、決勝。

 その対決の場で、勇者様の向かいに立ち会う相手は……


 なんか、どっかで見覚えのある着ぐるみでした。

 

 あれ? あの気持ち悪い着ぐるみって……なんでここにいるんですかねー???

 ちょっと頭の中は混乱模様。

 そして勇者様もまた、愕然としているように感じられます。

 勇者様の衣装は男性者の古めかしいデザインの神官服ですが……帽子から垂れる様に白い面紗が下りているので、表情がいまいち判然としませんけどね?

「うぅん……面紗の透明度、やっぱ低過ぎません? こっち側から見た時、隠れてる部分の影や輪郭はわかるけど。表情が読み辛いですよ」

「何言ってるの、リアンカちゃん! それが良いんだよ……! 隠れて見えないからこそ引き立つ魅力! 際立つ神秘性! あの布の向こうはどうなっているのかと、見る者の想像を掻き立てるんだよ」

「画伯、最近チラリズムとか見えない部分の秘匿感とか、そういうの重要視してますよね」

「今シーズンの俺のテーマがソレだから。まあ、元は勇者君の見えそうで見えない、バレそうでバレないギリギリ感を煽り立てようと思って始めたことだけど。でもやっぱり研究・追及中の案件は、ネタが新鮮な内に反映させないとね」

「わぁ、画伯仕事熱心ー。その情熱がアレだけの信奉者を生み出すんですね」

 画伯のシンパは、ちょっとした魔境の一大勢力を築けると思います。

 野郎を中心に支持者を集めたらエライことになりそう。

 まあ、集まる端からりっちゃんに蹴散らされそうだけど。

「に、しても。あの兎……リアンカ、あれと同じ奴だと思うか?」

「あ、まぁちゃんもそう思う? あんな気持ち悪い兎の着ぐるみがそうそう幾つもあると思えないし……やっぱり、同じ兎かなぁ」

「え、なになに? 陛下もリアンカちゃんも、勇者君と対戦するあの兎のこと知ってるんですか。あんな色モノ感満載なのに、何故か今までノーマークだったみたいだし、俺の情報網でも碌なの見つからなかったんだけど」

「ヨシュアンさんが知ってる筈ありませんよ。だって、あれ……」

 私とまぁちゃんは、顔を見合わせ。

 そして知っているだろうせっちゃんやサルファにも目配せ……したものの、どうも二人は気持ち良いくらいにあの着ぐるみのことを忘れていたらしく。

 首を傾げる二人からそっと視線を逸らせた私達に、先の言葉に続ける形でロロイの声が向けられました。

「あの兎、気持ち悪い植物使って檜武人……リャン姉達の御先祖召喚したヤツだろ」

「え、なにそれ」

 あの兎はなんかよくわからない兎でしたが。

 それでも私達が決して無視できない、そして忘れられない事をしました。

 私達の、御先祖様。

 その中で檜武人と言えば、示す相手は一人しかいません。

 人類最前線の異名をいただく我らが故郷、ハテノ村を開いた初代村長でもある羊飼いのフラン・アルディーク。

 人間でありながら魔王を感服させた魔境随一の武人として、今なお魔境で広く知られた方でもあります。

 知られているどころか、心酔されているのか信奉されているのか、霊廟へのお供え物はいつまで経っても絶えない方です。

 魔族でさえ一目置く時点で、私の先祖の中でもとびきりの超人と言っても過言じゃありません。

 そんな、魔境でも伝説となっている御先祖様を召喚した。

 凄まじく変わった召喚術でしたが、呼び出された人は本物でした。


 本物の、御先祖様でした。


 そうとしか思えない、凄い人でした。


 だってデコピン一発で魔王(まぁちゃん)を悶絶させたんだよ?

 そんな人、世界が広くったって早々いて堪りますか。

 子孫である私達が、呼び出されたのが間違いなく御先祖様だったと断言したせいでしょう。

 せっちゃんやなんかはそういえば、と思いだしたみたいだったけど。

 以前の戦いを知らない魔境お留守番組……りっちゃんやヨシュアンさんは、愕然とした顔で兎を凝視していました。

「とても、信じ難いことです」

「あんなに色モノ臭全開なのに……」

「うん、画伯。着ぐるみが色モノでも、中身には関係ないと思うよ」

 でも同じ着ぐるみだからと同一人物前提で考えてますけど。

 考えてみれば着ぐるみ、つまり中身の入れ替え可能ということで。

 本当にあの時の着ぐるみと同一人物とは限らない訳ですよね?

 はっきり言って彼我の実力差的に、また御先祖様を召喚されたら勇者様にとっても厳しい戦いとなりそうで。

 御先祖様があの時と同じような試合運びを許してくれるほど、甘い相手とは思えないし。

 この試合はどうなるのかと、私達は固唾を呑んで試合開始の合図を待ちました。


 勇者様が頭を抱えて、憂鬱そうにしているのを見下ろしながら。




   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 その時、兎(着ぐるみ)は困惑していた。

 自分の対戦相手は、下調べの段階では女だった筈だからだ。

 なのに目の前にいる、試合の相手。

 その姿は兎の予想とは違った。

 古式ゆかしい男物の神官服を身に纏った、試合相手の体格は……どこからどう見ても、男そのものだったからだ。

 体型隠しも兼ねた今までの女装衣装を脱ぎ捨てた彼の人の身体は、今は到底女性には見えない。

 そのことが、兎の困惑を膨らませていく。

 だけど試合場の何処からも、疑問の声は上がらない。

 当然だ。

 何故なら兎以外の、この場に居合わせた全員が……クリスティーネ=勇者様だと、既に知っていたのだから。


 下界(・・)に降りてより誰と交流を持つでもなく、人々を観察するばかりで深く関わろうとはしてこなかった。

 それ故に、自分の試合と同時刻に行われたもう一つの準決勝戦……そこで何が起きたのかを、彼女(うさぎ)は聞き及んでいなかったのだ。

 それを誰かに聞くよりも、もっと。

 彼女(うさぎ)には優先すべき役目があったし、時間を割きたい娯楽があった。

 兎の着ぐるみの中には、割と下劣な品性が詰まっている。

 上役より与えられた役目達成の為に捜索作業に当てている時間、以外は……率直に言うと他人の右往左往する恋愛模様の観察タイムに全力で打ち込んでいた。

 前々から目をかけていた人間が、勝ち目の薄い四角関係の渦中で目を回しているのだから観察するなという方が酷だろう。

 時折ここに盟友ラッキーちゃんがいれば……!と歯痒く思いながらも、大きな赤い(まなこ)はラブ騒動に釘付け☆だ。

 この試合に出ているのだって、言ってみれば役目を達成する為にやっていること。

 多くの時間と労力を割いているのだから、僅かな自由時間くらい好きなことに邁進させてもらいたいと兎は強く思っていた。



 気持の悪い目の逝った兎の着ぐるみに身を包んだ、彼女。

 下界の者達は、その存在すら知らない。

 だけど彼女は、確かに天に至る視点の持ち主で。

 彼女のことを知るモノからは、こう呼ばれている。


 ――ラブコメの神、と。


 彼女は勇者様の天敵の、大きな一……愛の神の眷族、下位神だった。




   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 試合開始の号令が下りると、同時。

 勇者様の手が躊躇いなく動きました。

 何のタメもなく、その手から放たれる火球。

 軽く見積もって二mはあろうかという特大の火の玉が、連続して五つも六つも、十以上も。

 絶え間なく生み出されては、次から次へと放たれる。

 息つく暇すら与えずに、間断なく兎の着ぐるみへと殺到しました。

「んNOぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」

 そして炎にまかれた兎の絶叫が聞こえてきます。

 

 本気だ。

 勇者様、ガチで本気だ!

 呪文その他何の予備動作もない強力な火魔法は、陽光の神の加護に頼って連発しているのでしょう。どう見ても人間の魔法じゃありません。

 しかも太陽神由来ですからね、めちゃくちゃ強力なこと間違いなし! あれは使いこなせばどんな化け物・悪魔も滅せるだけの潜在能力がありますよ。

 魔力行使の補助として、錫杖も活用しているのでしょう。

 魔力を流せば勝手に発動する効果により、今の勇者様の背には白鳥か鶴かのような真っ白で巨大な翼。

 全身から後光を放ち、聖歌をBGMに神々しさ全開です。

 空に浮かぶ白装束の勇者様は、聖職者的な雰囲気も相まってまるで大天使のように神々しく感じます。

 ……あ、でもそういえば勇者様って聖職者でもありましたっけ。

 何にせよ、今の勇者様は愚かな背信者達に罰を下す天の代弁者の如き有様で、問答無用で邪まな方々を平伏させてしまいそうな空気です。あれは悪人達も逆らい難いことでしょう。

 どうやら勇者様も、以前あの兎の着ぐるみに受けた手痛い(物理)仕打ちを覚えていたようです。

 中身の確認は済んでいませんが、警戒は既にてっぺん超えてそうです。

 油断はどこにもなく、可能な限り速攻で試合を終わらせるという決意のようなものがひしひしと感じ取れます。

 そりゃ時間と余裕を与えて超人(故)呼び出されたら堪ったものじゃありません。

 今度は何をするのか、予想もつかない手をまた売って来るのではないか。

 警戒するに不足はない相手なので、勇者様の対応は間違いありません。

 ただいつもの紳士的な勇者様が、相手の反撃を封じるような戦いをすることに違和感はあります。

 こんな余裕も見境もなく問答無用の殺戮万歳みたいな攻撃の仕方は、なんか勇者様らしくありません。

 ……あ、間違えました。余裕さんはいつもありませんでしたね。

 実戦とは違って、今回は試合です。

 正式な試合となると正々堂々とか、正攻法で、とか。

 清廉潔白を絵に描いたように、卑怯とか卑劣とか言われるような手は間違っても使わない方なのに。

 しかも相手は以前の兎と同じなら、中身は弱々しげな女の子。

 さっき着ぐるみの中から聞こえてきた悲鳴も女声だったし……少なくとも女性であることは確定です。

 だというのに。


 あの勇者様が。

 あの、紳士の勇者様が。

 あんな容赦のない攻撃を。


 ……余程、檜武人との再戦が嫌なんだなぁと。

 私やまぁちゃんは察しました。

 本来なら女性相手にあんな余裕をなくして攻撃する勇者様、その時点で偽物かと疑うところですが……今回ばかりは本物です。

 でも兎が以前檜武人を召喚したことを知らない、だけど勇者様のことは知ってる観衆の皆さんは、自分の知ってる勇者様の印象と異なる初手にどよめいています。

 驚くのも無理ありませんよね、はい。

 私も以前、御先祖様降☆臨のあの試合を見ていなかったら、驚きの余り叫ぶくらいはしていたかもしれません。

 でも私達は知ってるので。

 勇者様の必死に必死を重ねたような火魔法連射に、生温い目を捧げます。

 最初っからそんな飛ばしすぎたら、すぐに息切れしちゃうよ。勇者様。

 思っていても、声はかけない。

 それが今日の私達の優しさです。

 だってここから声をかけても、今の勇者様の耳には届きそうにないんだもの。

「――凄まじいことだな」

「あ、ザッハおじさん。こんにちはー」

 試合に注目していると、私達の近くに移動してきた長身の青年(に、見える)魔族が一人。

 黒髪も艶やかに麗しい、ザッハおじさんがそこに居ました。

「隣で観戦しても?」

「どうぞ、どうぞ!」

「んだよ、ザッハのおっさん。あんま他人の試合にゃ興味ねえ癖に。流石に自分を負かした相手の試合は気になるってか?」

「そうだな。そうとも言えよう。――だが、本意は別にある」

「へえ?」

 冷静沈着。自分を負かした相手に、戦闘本能バリバリの一族で思うところがない筈ないんですが。

 それでも穏やかで深く思慮する様子のザッハおじさんに、愁いは何処にも見られない。

 むしろ、なんだか嬉しそう?

 元々ザッハおじさんは魔の一族の闘争本能どうしたの?と聞きたくなるくらい、好戦的な種族の割に穏やかであまり争い事には興味のなさそうな方なんですけど。

 得意とする魔法戦闘にだけは、こだわりがあったと思うんですが……そんなおじさんの本意とは如何に。

「実は、遠目に陛下やリアンカちゃんの反応を見てね。どうもあの兎殿のことを御存知のようだ――と。推測するが、どうだろう?」

「知ってるっつっても、大したことは知らねえよ。ただ、前にも勇者と試合で当たったのを見たことがあるってだけだ」

「ほう……。それで構わない、何か知ってることがあれば、教えてもらえないか」

「……どういう風の吹き回しだ? 陰険なところのねえ、ともすりゃ戦う相手に関して下調べだのなんだの気にしたこともねえ。いちいち相手の事なんざ興味を持ちもしなかったアンタが、わざわざ負けた相手のことを嗅ぎ回るなんざ。俺が知ってるだけでも、初めてのことじゃねえの?」

「なに、相手が気になることもあるだろうさ。何しろ、六百年近く生きてきて初めて見たのだから……あれ程に特異な、地上のあらゆる系統の魔法と似ても似つかぬ独特な力、魔法とも思えぬ魔法……それを、息をするように巧みに扱う不思議な術者。未知の業に敗北をするも仕方のないことだが、捻じ伏せられた瞬間……我が心もまた、捻じ伏せられたのだよ」

 滔々と、どことなく恍惚と。

 うっすら白皙の頬を朱色に染めてうっとり語る……ザッハおじさん。

 こんなザッハおじさんのお姿、初めて見るんですけど。

 どうしたんですか。

 頭でも打ったんですか。

 私達はザッハおじさんが狂ったんじゃないかと、密かに戦慄しました。

 そのくらい、なんか……驚きです。

 恐る恐ると、まぁちゃんが尋ねました。

「あー……ザッハ? アンタどうした。頭大丈夫か?」

「ふふふふふ? 全然大丈夫じゃないとも」

「おい」

「陛下……いや、バトゥーリ君? 我ながら浮かれている自覚はあるのだよ? 自覚はしているんだが……何分、初恋でね」

「……は?」

 ざわり。

 ザッハおじさんは長く四天王を務めていることもあり、魔境でも有名人です。

 その有名人が、何か世迷言を口にしましたよ?

 血迷いまくった発言に、周囲が……無関係な観衆も含め、周囲がざわりとどよめきました。

 みんながぎょっとした顔で、ザッハおじさんを見てしまいます。

 おじさんは見られていることなど一切気にすることもなく、うっすら幸せそうに微笑みました。


「ねえ、陛下……? どうしたら彼女と結婚できるだろう」


 その瞬間。

 麗しの美青年(妖艶系)の吐いた言葉は、明瞭であった筈なのに意味不明でした。というか空気が固まりましたよ、今この瞬間。

「おい。おいこらオッサン、正気か。相手はあの薄気味悪ぃ着ぐるみウサ公だぞ。中身見たことねえんだろ? それで何血迷ってやがんだ!」

「中身……? そんなもの、さして重要ではないよ。私は人種・年齢・容姿その他に拘りはしない。ただ、彼女の魔法の美しさに魅せられたんだ……! ああ、一生、隣で見ていたいと思ってしまうほどに!」

「普段の冷静なアンタは何処行った!? おい、帰ってこい。今すぐ帰って来い……っ」

 まぁちゃんが、幸せの国に片足を突っ込んだ大叔父さんの肩をがっくがくと揺さぶり倒します。

 そんないきなり、不気味な着ぐるみを嫁に迎えたいなんぞ親戚に発言されれば、そりゃ慌てもするでしょう。

 これで下手に射止められでもしようものなら、目を合わせたくない親戚が一羽増えてしまうことになります。

 なんとなくせっちゃんは喜びそうだけど、まぁちゃんは頭を抱えそう。

 やがてザッハのおじさんは「こうしてはいられない」と兎を罠にかける為の準備を整えるべく何処かに消えました。

 何をするつもりか知りませんが、何やら不穏な空気が漂います。

 どうやらあまり好戦的ではないように思われたザッハのおじさんの闘争本能は、生涯の伴侶に向ける形で確かに存在していたようです。

 あれで魔境でも名うての猛者ですからね……本当に、何をするつもりかわかりませんけど。

 でも何かするとなったら、他人事で済ませられるものなら面白い事態が発生しそうです。

 まぁちゃんにとっては他人事といかないので(親戚)、頭が痛いんでしょうけれど。

 この試合が終わった時が、きっとザッハのおじさんの勝負時。

 何が起きるのか……色々な意味で、目が離せません。

 結果には、目が離せないんですけど。

 しかしうきうきと嬉しそうに去っていくザッハのおじさんのいつもとは違った浮かれた様子に、私達はさっと視線を外して見なかったふりをするのでした。



 やがて、試合開始から十五分近くが経過した頃でしょうか。

 当初の予想よりは保ちましたが……思った通り、勇者様に息切れの瞬間が訪れました。 

 そりゃあれだけ後先考えずに連射しまくってたら、後が続きませんよね。勇者様はまだ辛うじて人間なんですから。

 空中に白い翼を広げて留まったまま、ぜぇはぁと肩で息をする勇者様。

 どれだけ本気であの兎を滅したかったんでしょうね。

 ですが、勇者様無念!

 何ということでしょう……あれだけの炎にまかれたって言うのに!


 兎は、ぼろぼろでした。

 頭なんて既に燃え尽きて消滅しているようです。

「な、なんたること! なんたること! 吾の頭が、A☆TA☆MAがあああああああっ!!」

 ですが中身はほぼ無傷のようでした。

 ただの灰と隅の塊と化したかつての頭部を両腕に抱え、盛大に泣きの入った様子で喚いています。

 傷どころか、煤汚れ一つない真っ白なお顔で。


 その、兎の中身の顔は。

 さらりと揺れる白い髪に、とろんと垂れたくりくりの赤い目をしていて。

 小動物系。

 まるでウサギさん(正統派)のような幼げな美少女がそこにいました。


 胴体部は依然として着ぐるみでしたが。


 今までの試合で、兎の中身が露呈したことはなかったのでしょう。

 愛らしい美少女の生首が出現したことに、観衆がどよっと動揺のさざめきに揺れるのがわかりました。

 うん、気持ち悪い着ぐるみと小動物系美少女なら、どっちが良いかなんて聞くまでもありませんよね。


 兎系美少女は半泣きで叫びました。

「酷いですよ! 太陽神様の加護の炎で燃やしつくそうとするなんてあんたさん鬼ですか鬼畜ですか大天使様ですか! 太陽神様より下位の吾にどう抵抗しろって言うんですか!? そんな伝令神よりも神々しい素敵な天の御使いを絵に描いたようなお姿で……! 正真正銘天からお使いに出された吾の方が偽物みたいじゃないですか!!」

「色々と、意味がわからない点が多々あるが……その顔、間違いなく以前フラン・アルディーク殿を呼び出した兎だな!?」

「……って、その声は!? もしやあんたさん……ライオット・ベルツですね!?」

「え? 今更!?」

 観客席も含んで、試合場全体に「え!?」という空気が広がりました。

 勇者様も言った通り、今更?と聞きたくなるような兎の声に、誰もが首を傾げます。

 もしやあの兎、対戦相手クリスティーネの正体が勇者様だと御存知なかった……?

 え? あんなに派手に準決勝で身バレしたのに?

 

 その瞬間。

 私達の胸に、兎に対するぼっち疑惑が浮上しました。


 そっか。そっかそっか。

 友達いないんだね、あの兎……。

 そりゃ、あんな薄気味悪い着ぐるみ着こんでたら、ねぇ……。

 心なしか、面紗の端から見える勇者様の眼差しも同情に染まっています。

 それで攻撃の手を緩めるつもりは、どうも皆無のようでしたけど。


 一気に憐み溢れた試合場の空気になど気付く由もなく。

 兎は興奮気味に勇者様を指さして叫びます。

「ずっと、ずっとずっと探してたのに何処にもいないと思ったら! あんたさん、ずっと身を偽って姿を隠してたですね!? なんなんですか、大切なお役目をいいつかってやって来た吾に対する嫌がらせですね!? 見つからな~い見つからな~いってあんたさんを探して右往左往して終いには試合には参加している筈と、あんたさんを探す為だけにこんな大会に参加する羽目になってしょんぼりしていた吾を見えないところから嘲笑ってたんですね!!」

「言いがかりだ! そして思い違いだ、それ全部! 捜されていたなんて、俺が知る筈ないだろう。身を偽るって……俺が望んでそうしていたとでも!?」

「神々がつけた加護の印(マーキング)の気配を辿れないほどの完璧な隠蔽をその身に施しておいて!? 言い逃れは見苦しいです!」

「隠蔽!? なんのこt……いや、その間に神々の加護がどうしたって!?」

「白々しいことを言わないでほしいです! 今だって目の前にいるのに『ライオット・ベルツ』の気配がしないってくらい念入りに隠蔽しておいて!」

 ぎゃいぎゃい、ぎゃいぎゃい。

 騒ぎながらも火球を放つ勇者様と、真正面から火の玉にぶち当たりながら、何故か損傷の様子を見せない兎。

 何となく不毛なやりとりをしているように見えますが。

 言われる内容に心当たりなく、言いがかりだと訴える勇者様。

 その意見を信じられる状態じゃないと、勇者様を指さして非難する兎。

 中々に、試合が混沌としてきました。

 そんな、中で。

 観客席に身を置いた私やヨシュアンさんに、まぁちゃんがすっと視線を流してきます。

 横目に、だけどはっきりと私達を見ながら。

 兎の主張を聞いて、まぁちゃんが此方に訪ねてきました。

「……隠蔽?」

「えっと、そのー……勇者様の正体がバレ難い様、細工はした、かな」

「お前らちょっと、勇者に何着せてんのか白状してみ?」

 勇者様の今の衣装は、真っ白で。

 傍目には見るからに光とかそういう神聖な属性っぽく見えますが。


 ぶっちゃけ、勇者様に光属性の装備は必要ないと思うんですよね。


 だって個人で光や炎への耐性、生物としての限界値振り切る勢いで高いんですから。

 それらも全部、神様のご加護のお陰ですけど。

 今更あってもなくても変わらない効果を、敢えてわざわざ勇者様の装備に付与する意義が見出せなかったので。

 実は勇者様の衣装……光属性に、見えますが。


 全部バリバリ闇属性だったりします。


 もしくは水とか、とにかく勇者様の持っていない……一番耐性低いだろう属性を中心に構成してあります。

 色なんて後からどうにでもなるので、衣装のデザインやイメージそっちのけで素材は厳選に厳選を重ねてこだわりました。

 魔境で手に入る中でも、優良品ばかりを選びましたとも。

 で、その素材の効能が闇耐性以外にも諸々表面化しちゃってるんでしょうけれど。

「えっと、まずは暁闇の雫に夜行の羽の被膜でしょ? それから朔月蜘蛛の紡いだ糸に……かれこれ合せて、色々三十くらい」

「俺の記憶が確かなら、今あげた名前の素材にゃそれぞれ高性能な隠蔽補正がついてなかったか」

「……ほら、勇者様の正体を隠すに丁度良いかと」

「俺もリアンカちゃんと同じ気持ちで……男の体型隠しの補正下着に、小夜鳴蝙蝠の翼の骨やら何やら」

「俺も化粧品、婆ちゃんに聞いて『気配変質』と『変装』の効果に補正が効く秘蔵の化粧品作ったりしたかも。そう言えば」

「……そんだけ隠蔽補正が重なりゃ、そりゃ勇者の気配も見つからねえだろうな」

 どうも勇者様に何らかの用があって魔境に来たらしい、あの兎。

 来たは良いけどどうやらずっと勇者様が見つけられず、彷徨った果てに武闘大会なんて出場しちゃったみたいですが。

 どうやらそれ――勇者様の、存在を隠していたのは。

 兎さんが言うように勇者様の意図的なモノじゃなく……どうも、私とヨシュアンさん、それからサルファの複合技が決まってのことだったらしく。

 勇者様の専属衣装班の功績だったようです☆


 でもあの兎、本当に色々良くわからないんですけど。

 勇者様に何の用があって来たんでしょうか……?

 何となく、碌な事じゃなさそうだなぁって私は思ったんですが……それが本当に予想通り、碌でもない理由でやって来ていたとは。

 この時の私は、まだ知る由もありませんでした。





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