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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
武闘大会本選・個人戦(武器なし)の部
115/122

113.【武闘大会本選:個人戦(武器なし)の部】貴方が死んじゃったとしても



 白い翼と翠の翼。

 両者はそれぞれの翼をぶぁっさぶぁっさとはばたかせ。

 空の真ん中で対峙する、女と見紛う野郎が二人。

 いえ、一人はもう全裸(下半身が(ぎょ)だから辛うじて許されるレベル)だし。

 もう一人も女装はほぼ解除される寸前なんですけどね。

「あれ? もしかして二人とも、社会的な生命が風前の灯火じゃないですか?」

「良いところに気付いたな、リアンカ。どっちが先に社会的に抹殺されるか賭けよーぜ」

「悪趣味ですよ、陛下。既に終わっているような気もしますが、私はヨシュアンの(社会的な)死に来月の給料の半分を賭けます」

「悪趣味って言いつつ賭けるんだね、りっちゃん!」

 しかも、一月分の給料の半分。

 りっちゃん、結構な高給取りなのに。

「自信ありそうだけど、何か根拠でもあるの?」

「勿論です。リアンカさん、魚は……乾燥に弱いんですよ」

「「あ」」

 試合場と場外範囲には、それなりの高低差があります。

 そして勇者様が結界を解いたことで、水は全て場外部分に流れ出した後。

 あれ、もしかしてヨシュアンさんって今かなり危ない?


 戦闘範囲が空に移行したことで、もしかしたら機動力を中心とした戦闘が展開されるのかな、と。

 ちょっと期待したんですけど。


 そんなことはなかったっぽい。


 ヨシュアンさんは(社会的な)死を免れる為に、下半身魚という形態を取っている訳です。

 つまり、(社会的に)死なない為に、今は二本脚に戻れない。

 時刻は丁度、太陽も照り照りで。

 このままじゃヨシュアンさんが干物(比喩に非ず)になっちゃう!?

「いえ、干物にはならないでしょう。確かセイレーンは肌が乾いてくると自動的に二本脚に変異する体質だった筈です」

「え。それってつまり……」

「今のまま空中に身を曝し、水気がなくなっていけば……遠からず、痴漢的ビジュアルの生命体が現れることでしょうね……」

 それはまずいと、本人も思ったのか。

 心なしか、お空の上のヨシュアンさんも焦っているようで。

 ちょっとわたわた周囲を見回した後、場外に流れ出た水へと目を止めました。

「クッ……このままじゃ俺のお尻が二つに割れちゃう!」

 そうですよね。いまそれはまずいですよね、わかります。

 ヨシュアンさんが手でくいっと自身の方へ差し招くと、場外に流れた水が空へと派遣されてきました。

 ただし、風呂桶一杯分くらいの量ですが。

 わー、なんていうか。

 焼け石に水、みたいな量ですねー。

 まるでお椀で掬ったお水みたいに、何もないところで半円球状に固定されたお水。ヨシュアンさんはそこに自身の魚部分を浸します。

「うぅん、しくじったなぁ……何の器もなしじゃ、動きながら宙に留めて置けるのはこの量が限界か」

「いや、それだけの量でも大した物じゃないか……?」

「勇sクリスティーネちゃん、俺の全裸(特に股間)を拝みたくなかったら早く棄権するんだ! 俺が本物の破廉恥大王(おおきみ)になっても良いの!?」

「ヨシュアン殿が破廉恥なのは今更だろう!? 身嗜みの前に、他に改めるべきところがあるだろう! 主に副業とか」

「俺の副業は不特定な沢山の人に(ある意味)夢と幸せをお届けするお仕事ですー! 一応希望者以外の目には付かないように気ぃ遣ってんのに、これ以上何を改めろと!?」

「とりあえず村での販売会を止めろ! 村のご婦人方が夜間外出できないって困ってるから!」

「闇市を止めろ!? 勇syクリスティーネちゃん、君ってばそれでも漢か! ってそれは良いから棄権しなってば」

「誰が棄権するか。自分の勝利が目前に見えている(←錯覚)のに、ここまで犠牲を払ってきておいて今になって退くとでも? それよりヨシュアン殿こそ棄権したらどうなんだ。あと人の呼称をちょいちょいわざとらしくとちりかけるの止めろ」

「見たいの、勇、クリスティーネちゃん? そんなに見たいの? 俺のお尻が真っ二つになるところ!」

「別に見たいとは言ってないだろう! 二つに割れる前に潔く棄権すれば良いだろうが!」

 空中で、何故か両者ともに同じ位置に留まったまま、よくわからない論争が始まりました。

 なんかいつの間にか、どっちが先に社会的に死ぬか……先に社会生命終えた方が負けみたいな空気になってません?

 別に大会の要項的には、全裸になろうが身バレしようが、それで負けにはならなかったような……


 というか、ですよ。

 ヨシュアンさんは下半身の大事を取って身動きがし辛いんだろうなーという予想はつきます。

 だって、どう考えても。


 大量の水を伴って高速移動とか、どんだけ難易度高いのかと。


 つまり、社会的な死を頑張って避けようとしている今。

 ヨシュアンさんの機動力は封じられたも同然です。

 というか下半身が魚とか、泳ぐ為の厚い筋肉に覆われた下半身を伴って高速飛行出来る気がしません。見るからに、体型的に。

 あと高速移動で空中戦なんぞしようものなら、風で余計に水気が飛んで下半身の変容(メタモルフォーゼ★)が早まると思うし。

 それがどういうことかと言いますと。

 客観的に見て、今って勇者様にとってチャンスタイムじゃないですか?

 相手は一点に止まった的も同然、何を躊躇うことがあるのでしょう。


 だけど。

 なんか。

 なんというか。


 ヨシュアンさんは仕方ないとして。


 なんで勇者様も空の一点に留って動かないんですかね?


 そのことに、試合場に目を向ける皆が気付いたのか。

 何やら物言いたげな沈黙が、場に広がっていきます。

 うん、どうした勇者様。

 

 疑問を放っておこうとは思わなかったらしく。

 勇者様と対面している的張本人、ヨシュアンさんが声を上げました。

「勇syクリスティーネちゃーん、ところでなんで動かないんですかー」

「……」

 勇者様、なんで無言なんですか。

 何も喋らないその様子に、ヨシュアンさんが更に(言葉で)一歩踏み込みました。

「もしかしてぇ → 動けないんですかー」

「…………」

「なぁんてねー、あっははははー」

 勇者様、なんで黙ってるんですか。

 ヨシュアンさんが明るい声を続ける度に、何やら空気がどんどん重くなるような感じです。

 視線を逸らし、苦しげに押し黙る勇者様。

 相対するヨシュアンさんには、その苦悩に満ちたお顔もよく見えたことでしょう。


「………………」

「……え、マジで?」


 なんということでしょう。

 ここにきて予想外の事実が判明しました。

 勇者様、動けない(爆笑)

 勇者様の背中に真っ白な翼が生えたのは錫杖の効果である、というのはもうわかっています。

 その翼の力で浮いている訳ですが。


 あれ、完全に浮くだけの効果しかないらしい。


 わあ、なにそれ張りぼて?


 どうやら激戦(笑)の末、二人とも機動力なくなっちゃった、と。

 機動力零と、辛うじて壱、みたいな状況ですよね。これ。

 だけどそれを察してからの二人の行動は、まさに電光石火と言わんばかりでした。

 経験豊富な軍人さん(本業)のヨシュアンさんはまさに経験によるものか、ここぞという時の動きによどみがありません。

 一方で勇者様も己のマズイ状況に、入念な脳内シミュレーションでもしていたのかと聞きたくなるくらいの反応速度を発揮しました。

 それは一瞬の出来事で。


 勇者様が動けないとなれば真の的は勇者様の方と言えましょう。

 ヨシュアンさんは悟るや否や身を翻し、勇者様にとって咄嗟に反応し難い利き目とは逆側へと転じました。水は後からついてきていましたが、完全にヨシュアンさんの動きに置いていかれています。

 それを気にすることもなく、一瞬が勝負と大胆に。

 彼が勇者様を指さすと、風の矢……いいえ、鳥を模った風の弾丸が勇者様へと襲いかかりました。

 その軌道は真っ直ぐなばかりでなく、時に旋回し、時に曲がりくねる。

 相手を惑わしながらも風そのものの速さで、勇者様を貫こうと駆け抜ける。

 勇者様の方は勇者様の方で、機動力がないということを悟られると同時に動き出していました。

 翼が動かなくとも、それでも姿勢を変える術はあるのだと。

 まさに法衣といったデザインで作り上げた勇者様の服装は、袖がたっぷりと大きい。

 腕を大きく振ることで、水に濡れた衣装には遠心力が加わる。

 それを利用し、勇者様もまた応戦体勢へと転じます。

 まだ自由に動くものはあるのだと、錫杖を振るって風の鳥を叩き落としていく。

 ……うん、やっぱり物理ですか! その錫杖、魔法の媒介じゃなくって武器として使ってますよね完全に!

 そこは小さくでも結界なり障壁なり張って防ごうよ。

 これ魔法戦の部門なんだって覚えてますか?

 きっと覚えていませんね。

 覚えていないんだろうなぁと生温い眼差しで私達が見守る間も、勇者様は真っ向から風の鳥を殲滅していく。

 足場(空中)の位置を変えることは出来ないから、時々体を捻り過ぎて無理な大勢になりつつも。

 わあ、勇者様の体ってやわらかーい。

 だけど、彼は四方八方から飛来してくる風の鳥に気を取られ過ぎた。


 ヨシュアンさんが急な速度で移動した際。

 その速さについて行けずに取り零され、後からヨシュアンさんの後を追跡していた風呂桶一杯ほどの量の水達。

 ゆっくりとした速度は風の鳥と対比したら遅すぎるくらいで。

 風の鳥の方へと勇者様も観衆も、意識を寄せ過ぎていて。

 確かに移動していた水への注意は疎かになっていた。

 その、間に。

 水の一部が勇者様の下方へと忍び寄っていたことに気付いたのは、遠目から見ていた観客達ですら、水の配置が終わった後で。

 自分の足の下まで含めて全方位からの攻撃が来る可能性、という空中戦ならではの特色。

 それに慣れていなかった勇者様は、完全に気付くのが遅れてしまっていた。

 ヨシュアンさんが意識の隙をつくのが巧みだったとも言える。

 だってあの水の透明度は、不自然なくらいに高くなっていて。

 あまりに景色を透過するから、ちゃんとこの目で捉えているのに見失ってしまいそうになる。

 ヨシュアンさんの幻惑か、光の魔力か水の魔力か。

 それともそれら全部を合わせて細工をしたのか。

 明らかに、そこには何かの手が加えられていた。

 風の鳥との激しい攻防に身を置いている勇者様は、余裕があったとしてもきっと簡単には気付けなかった。

 勇者様にとっては唐突に。

 周囲から見守っていた観客達からしたら、「下! 下だってば!」と注意喚起してしまいそうになるような緩慢さで。

 突如として水の罠が発動した。

 完全に不意を突いて、ぐわわぁっと水が一気に動き出す。

 まるで飴細工のような滑らかさで嵩を増し、上へ上へと……勇者様の体へと伸びあがり、すかさず全身に飛びついて絡みつく。


 なんだかまるで……獲物を捕食する、軟体動物の様に。


 見た目的にも動き的にもナニかを連想します。

 何かっていうか……わあ、スライムみたーい。

「アレ、なんかちょっと見た目の質感的に……粘度増してない?」

「トリモチみたいになってますね……」

「……そういやヨシュアンの奴、次はスライムもの描くっつってたな」

「画伯……」

「ヨシュアン……」

 まぁちゃんのもたらした画伯の最新執筆情報に、私とりっちゃんはがっくり脱力しました。

 近くで観戦していたせっちゃんは意味が分かってないらしく、「スライムみたいですのー」と無邪気に喜んでいます。

 その隣で、リリフがそっと目を逸らしていました。

 ですが観客の大多数……『女装勇者様(クリスティーネちゃん)』目当て(笑)に集まっていた大勢の野郎は、とっても嬉し気に歓声を上げていたりします。もしくはクリスティーネちゃんの清楚な魅力(笑)に魅かれたお兄さん方は拘束されて藻掻く勇者様を痛々し気に見守り、自分が痛い目に遭っているかの悲壮さで励ましの声よ彼処に届けと応援しています。

 観戦の楽しみ方は人それぞれ、趣味嗜好も人それぞれの様相を呈していました。

 でもこの場で一番ノリノリで楽しそうだったのは勿論、画伯です。


「 緊縛★完了!! 」

「 言い方! その言い方やめろ!! 」


 即座にツッコミを入れる時点で、勇者様にもまだ余裕がありそうです。

 だけど画伯は勇者様を捕まえたことに満足したのか、ぬらりと瞳に妖しい光を湛えて艶っぽい笑みを浮かべます。


 その手でしっかりと、勇者様のスケッチを取りながら。


「ふふふ……勇syクリスティーネちゃん、良い格好だね!」

「おいドヤ顔止めろ。あと試合中にスケッチするのも止めろ」

「いっぺん言ってみたかったんだよね、この台詞~♪」

 哀れ、勇者様は囚われの小鳥状態。

 蜘蛛の巣にかかった蝶にも似てます。

 全然手足が動かせないようで、悔し気にヨシュアンさんを睨んでいます。

 ヨシュアンさんはどれだけ睨まれようと堪えた様子は見せず、それどころかさり気無く自身の空中位置を調整して勇者様の睨み目線が上目遣いになる様に整えていたり……。

 画伯のスケッチブックに走る手が、凄い高速っぷりを発揮しました。

 画伯……本当、こんな時まで天晴ですよ。そのプロ根性。

 忙しく勇者様のあられもない姿を写し取ろうと筆ばかりが動く中。

 それでも勇者様は諦めることなく、何とか拘束から逃れようと足掻きます。

 駄目だよ、勇者様……その悪足掻きはますます画伯を喜ばせるだけだ。

 ここまで来たら大人しく棄権した方が身の為だと思います。

 主に、肖像権と名誉的な意味合いで。

「ふっふふーん♪ 勇しゃ……クリスティーネちゃん、どんだけ暴れてもその水は外せないよ!」

「散々こっちが藻掻いた後に、それを言うか」

「そろそろ諦める時間が来たんじゃないかな?」

「……いや、まだだ」

「え?」

 どうあっても手足を強引に取り戻すことは出来ないと、気付いたのでしょう。

 力技は通用しません。

 ……となると、手段も限られますが。

 元々勇者様は、戦闘に身を置いて何度も生き残って来た生粋の戦士です。

 生存率の高さはそのまま……臨機応変、応用力の高さに通じます。

 その場の状況に即して、最適の手段を選び取る能力を持っている。

 それを、勇者様は証明しようとしました。


 勇者様の持つ加護……属性は、光と炎。


 ぶっちゃけ炎熱系に強い訳で。


「こんな妖しい謎の水……一滴残らず蒸発させてやる!! ついでにヨシュアン殿の周りの水も、全部!」

「え、ええぇぇぇぇぇ!?」

 勇者様の全身が、一気に燃え上がりました。

 ガチで炎を噴き出し、身に纏う。

 どうやら自分の魔力を直球で炎に変換している模様。

 あれは前にも披露してくれた技ですが、経験がある分だけ効果も確かで。

 しっかりと勇者様の体を束縛していた水が。

 勇者様がどれだけ暴れようともびくともせず動かなかった水が。

 燃え上がる炎に煽られ、身震いするかのように揺れる。

 じわじわとゆっくり、その質量を減らしていく。

 まるで食い荒らされる様に、水が蒸発していく。

 勇者様の炎は余程、熱いのか。

 触れ合う水に消されることなく、逆に呑み込んでいくかのようです。


 まあ、そんな炎を身に纏っていて?

 強い炎の加護を持つ勇者様は兎も角。

 その御身(・・)もただじゃ済まないんですけど。


 ええ、生身の部分……勇者様のお肌はしっかり無事なんですけどね?

 それ以外の部分が…………

 具体的に言うと御衣sy……いえ、止めましょう。

 ただ勇者様ご自身は気付いていないようですが。

 彼の取った手段は、一種の諸刃の刃であったとだけ言っておきます。

 

 当の本人は、ヨシュアンさんに意識が向いていて気付いていないみたいですけど。

 

 温度を上げていく炎は、勇者様の周辺のみならず、少し離れたところに位置取っているヨシュアンさんにまで影響を及ぼし始めました。

 そう、ヨシュアンさんの下半身に潤いをもたらしている水までもが、炎の嬲りものにされ始めたのです。


 → 勇者様の反撃!

 ヨシュアンの下半身に500の乾燥ダメージ!


 ヨシュアンさん、ピンチ。


 勇者様と違って己の曝された苦境をしっかりと自覚しているのでしょう。

 しかし自分一人が(社会的に)抹殺されて、なるものかと。

 焦燥を顔に浮かべ、冷や汗を流しながらも。

 それでもただでは(社会的に)殺られまいと。

 ヨシュアンさんも己の(社会的な)死を覚悟で、更なる攻勢に打って出ました。

「俺一人じゃ死なないよ……喰らえ、勇syクリスティーネちゃん!」

「だからそのとちり方! 絶対にわざとだろう!?」

 勇者様がツッコミを入れるもなんのその。

 ヨシュアンさんが放ったのは、今までになく鋭く大きな……真空の刃(本気)。

 水ではなく風を選択したのは、炎への抵抗力を加味してか。

 確かに水の様に蒸発することはない。

 だけど熱く燃え上がる炎は、風へも干渉を可能とするのです。

 炎の発する熱の壁で、勇者様はそれを押し潰そうと気勢を上げる。

 いつの間に、その身に纏った炎自在に操れるようになったんでしょうか。

 前方から襲い掛かる真空刃に、炎を集めて集中させて。

 まるで大きな炎の盾です。

 勇者様もまた、本気にならねば防げない。

 そんなぎりぎりで拮抗する程の威力。

 全身から魔力を振り絞る様子が、見て取れるようでした。


 元々魔法の扱いに長けた魔族が相手です。

 魔法の不得意な勇者様は本気を出し過ぎるくらいじゃないと、対抗も難しくて。


 だからまた、視覚の及ばない場所への注意が疎かになっても仕方なかったんだと思います。


 勇者様が全力で真空刃に抗する、その向こうで。

 ヨシュアンさんが冷や汗まみれになりながらもニヤリと口端を吊り上げました。

 ああ、なんということでしょう。

 勇者様の真後ろ……人間の身体構造的に、絶対に見ることが叶わぬ方向から、まっすぐに。


 勇者様の錫杖を逃れて隠れていた、風の鳥が。


 勇者様自身(・・)には触れぬように、攻撃を仕掛けました。


 狙いはただ一つ。

 勇者様の背中……の、布です。


 製作者としては悲しいことですが、これも非情な勝負の掟。

 戦闘に際して、服を全く破かず五体綺麗なままでいろなんて無茶は言いません。

 だけど故意(・・)に損なわれていく姿を見るのは、作り手として悲しいものがあります。

 それでも勇者様の身を彩り、華を添え、あの衣装はこの世に生まれた使命を全うしたのでしょう。

 これは勝負の世界のこと。

 悲しくはあっても、怒りや恨みはありません。

 この試合だけでも水にもみくちゃにされ、過剰な圧力を受け。

 風に翻弄され、全身に細かく薄いモノからざっくりちょっと大きなものまで沢山の傷……切れ込みを入れられて。

 もうボロボロになっていたところで、勇者様の全身から噴き出した炎の煽りを受けて、既に損傷を受けていたところからじわじわと焼け焦げた果てに穴を広げて…………

 そんな、耐久力の限界に過剰な挑戦を繰り返す扱いの果てに。


 ヨシュアンさんから、意図的なトドメを喰らって。


 勇者様が知らない間に、その最期が訪れようと……

 衣装(あなた)は生まれてきた意味を、与えられた仕事を全うしたと、私は製作者として胸を張って言いましょう。

 良い仕事したよ、うん。


 

 試合は、ヨシュアンさんのお尻が二つに割れる前に、彼が棄権を叫ぶという形で終幕を得ました。

 試合を見に来た全員がガン見する中、勝利の勝ち名乗りを上げるは勇者様もといクリスティー……あ、やっぱ勇者様で良いです。

 疲労の色濃く息を荒げる、その姿。

 審判が勝者の名を高らかと叫ぶ中、一瞬の沈黙の後に爆発的な歓声が上がりました。


「勇者!」「勇者!」「勇者!!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!!」「勇者!」「勇者!」「勇者!!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!!」「勇者!」「勇者!」「勇者!!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」「にゃんこ!!」「勇者!」「勇者!」「勇者!!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!!」「勇者!」「勇者!」「勇者!!」「にゃんにゃ!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!!」「勇者!!」「結婚してー!」「勇者!」「勇者!」「勇者!!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者ー!!」


 全ての人が唱和する勢いで、観客席全体から雨霰(あめあられ)と勇者様に降り注ぐ「勇者コール」……うん、わかりやすくモロにバレバレですね。

 勝者を讃える声の中に、清楚な聖女の正体を知った男共の悲哀に満ちた悲鳴や怒号が混じり込むのもご愛嬌。

 そして当然の如く、露骨に勇者様が狼狽えました。

 そりゃあもう、見事なまでに周章狼狽。

「えっな、ちょ……は!? え、あ、え、え? なん、な、なんでバレ…………いや待てその前に、今にゃんこっつったの誰だ!!」

 でも狼狽えていてもツッコミは入れるんですね、勇者様。


 勇者様は、気付いてなかったみたいだけど。

 動揺する彼の、その背中は……ヨシュアンさんの攻撃をまともに受けて、がばっと全てが曝されてしまっていました。

 穴というにも大きすぎる、裂けた布。

 というか背中側は、本当に全部の布地が消失していて。

 法衣の下に薄手のぴったりズボンを穿いていたので、下半身は曝されずに済んでいましたけど……それ以外が。

 はっきり言って、しまいますと。


 神々に受けた 刻 印 が、まるっとばっちりお天道様に照らされちゃっていました。

 

 そしてそれは、勇者様の身元を明らかにするには充分過ぎる証明となってしまっていたのでした。


 




ま「――っつうことで、リーヴィル。お前の来月の給料、半分俺とリアンカに献上な?」

り「ヨシュアン、なんと不甲斐無い……」


次回:そろそろ勇者様女難編に入ります。

年内に「7」も終わらせられるかな?

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