106.【武闘大会本選:個人戦(武器なし)の部】オン キリカク ソワカ(×3)
シャーグレッドさん、邪悪疑惑。
ちなみに前回、シャーグレッドさんの存在が思い出せないとのお言葉を感想欄でいただきまして……
他にもそういう方はいらっしゃるだろうな、と思います。
一応、後付けで前話の後書きにも書いたのですが、此処にも書いておきます。
シャーグレッドさんの本編初出は『ここは人類最前線6』の『92.白山羊のシャーベット』です。
真の初登場は番外編の『人妻りっちゃんと秘密の訪問販売員』ですけどね!
私の仕込みじゃないんですけど、図らずしも勇者様が物凄く神々しくなる(物理)という事態が発生しました。
お陰でまぁちゃんの腹筋が限界に挑戦中です。
爆笑し過ぎて目尻に涙が浮かんでいるよ、まぁちゃん。
本当に煌々しい光と歌声が唱和して……見るからに、神の奇跡(笑)
まさかアレが武器に備わった機能(自動再生)で、視覚効果以外にこれといった効果がないなんて思えません。
傍目には、まるで勇者様(聖女ver.)が何かしらの魔法を発動させているように見えます。
だけど実はただ光って浮いて、歌声を響かせているだけ。
これと言って戦闘に有効な何かは備わっていない、筈です。
それでも、客観的に見て大技を発動させているように見えるから。
普通の人だったら、きっととんでもない魔法が来るかと警戒したんじゃないかと思います。あ、威嚇効果ならあるのかな?
でも、今回は相手が悪かったんですよね。
相手は精神操作系の魔法に長けた、白山羊一門の人ですから。
「これは……魔法陣を見ても、特に自信に繋がる様な変化は見られませんね。むしろ不安と戸惑いが増しているような? 本人すらも戸惑いをあらわにする、と……つまり、想定していなかった?」
勇者様の精神状態を逐一列記しちゃう魔法陣を観察しながら、何かブツブツ言ってます。私には全然わかりませんけど、魔法陣の変化から勇者様の精神状態を読み取っているのでしょう。
「……何のつもりか知りませんが、こけおどしは通じない。様子見のつもりなら、俺の方からいかせてもらう!」
思いっきり自分の武器に振り回された勇者様は、案の定後手に回ってしまったようで。
私が前もって錫杖の説明書を渡していなかったばかりに……ごめんね、勇者様!
勇者様の精神状態を現在進行形でチェックし続ける魔法陣。
それを右手の上に浮かべたまま、シャーグレッドさんが動きました!
左手に羽根ペンを構え……左利きなんですかね? そのペンを……ぐっさり、魔法陣に突き刺したー!?
「ぐ……っ!?」
勇者様の身体が、一瞬ピンと伸びて硬直する。
苦しそうなお顔で、胸を押さえるその表情は……苦悶。
何故か私の隣で、ヨシュアンさんの筆が走る速度を上げました。
わあ、スケッチブックがみるみる消費されていくー……。
自分の苦しむ様を絵に残されているとは知る由もなく、勇者様は気丈にも青い顔で詰問します。
「なにを、したんだ……!」
「……驚きましたね。治りきっていないトラウマを思いっきり抉ってみたんですが。まさか倒れもせず、そう平然と耐えるとは……随分、踏ん張りが利いているようで」
「なんだと! ……それ、反則じゃないか?」
「どうやらトラウマを抉られることには耐性があるようで。大概の人ならこれで昏倒するんですよ?」
「この胸にいきなり湧き上がる思い…………胸の痛み如きで倒れて堪るか! いつだって常に最も身に迫る危険は、過去じゃなくって現在にあるんだからな!? 悠長に倒れてなんていたら、その間に骨も残さず食い荒らされるに決まってる……! その恐怖がある限り、おr……私は、倒れない!!」
「なんだかとっても切実そうな響きで訴えますね。日頃、どんな危機と隣り合わせで生きてるんでしょう」
「幼少期からの実体験に基づく処世術だよ!」
勇者様は心底辛そうな顔をしています。
トラウマをつつかれたって……一体どんな過去を思い出しちゃったのでしょうか。
でもそうですよね。
勇者様のトラウマのほぼ九割は、きっと女性にまつわるものでしょうし。
身の危険とか、貞操の危機とか、色々あったんじゃないですかね?
確かに悠長に失神したら、その隙にお持ち帰りされちゃいそうな勢いでしたしねー……勇者様のご実家で見た勢いなら。
まるでサバンナに生きる野生動物(草食系)の如き気力ですね!
自然と他に食われず生き残る為の心得が備わっているのでしょう。
勇者様はきっと、いつでもトムソンガゼルに生まれ変われます。
「……これでは想定した打撃は与えられそうにありませんね。方針変更、するとしますか」
「何をする気だ!?」
「いえいえ、ただほんのちょっと……真面目に戦おうかと」
「!?」
気を抜いていた、ということはないと思いますけど。
僅かばかり精神攻撃をもらったことで、勇者様に僅かな隙があったのかもしれません。
そりゃ精神にダイレクトに大打撃もらった後なら、少しくらいは綻びが出ても仕方ないですよね。
例え身構えても、武器の攻撃じゃありませんから。
生身の体で避けるもいなすも、防ぐことは難しい。
そんな、わかりやすく魔法っぽい攻撃が勇者様に襲いかかる!
勇者様の対応を許さないとばかりの勢いで。
「ていっ」
シャーグレッドさんのかざした左手から、放たれたのは氷の矢。
その数、目算でざっと二十前後といったところでしょうか。
鋭く尖った形状は、氷柱を捩って螺旋形にしたような感じで。
風を引き裂き貫いて、勇者様をも串刺しにせんとばらばらの軌道を駆け抜ける……!
「う、うわぁああああ」
驚いたのでしょうか。
勇者様の身体が、思わずといった態で反射的に動きました。
電光石火、まさにそんな言葉が相応しい反応速度で。
今までに勇者様が積んできた修練は、伊達じゃない。
それは確かに積み重なって、咄嗟のところで勇者様の言動に現れる。
つまり、何が言いたいかと言いますと。
勇者様は咄嗟に、手に持っていた錫杖で自分に命中しそうな全ての氷矢を叩き落としました。
わあ、撃墜☆
危険なものは全て無効化ですね!
「……魔法勝負なんだから、錫杖じゃなくて魔法で弾けよ」
ぼそっと私の斜め後ろくらいの場所に立っていたロロイが何か言ってますが……そうですよね、これ、魔法の試合ですからね。
勇者様の対応は間違ってはいませんが、正解でもない気がします。
こう……障壁張るとか、炎か何かで燃やしちゃうとか。
そういう魔法的な対応が期待されているんじゃないでしょうか。この試合って。
だけど勇者様には微塵も余裕がないようで。
本来、武器の所持が許されていないところを、魔法を使う補助用ってことで錫杖を持ち込んでいるんですが。
魔法の補助用だろうと、直接的な殺傷力を持つ刃物類は認められません。錫杖……つまりは杖だからこそ、ギリギリ認められている訳で。
だから魔法発動の媒体としてではなく、武器として扱うのはアウトの様な気がするんですけど。
そろそろ勇者様も、ちゃんと魔法使わないと反則負けになる気がします。
「ははははは……! 防ぐばかりですか? そろそろ、貴方も攻撃に転じてみてはどうです。防戦一方で倒せる程、俺を温い相手だとは思っていないでしょうね!」
「く……っ 魔族であれば誰であれ、温い相手がいるだなんて思ってはいない!」
「じゃあ、どうするんです?」
「こう……させてもらう!」
おおっと? 勇者様が、賭けに出ました!
「てぇい!」
あれは……ピッチャー返し!?
本人が意図してのものかどうか、不明ですが。
勇者様が、シャーグレッドさんの放った氷の矢を錫杖で打ち返しましたよ! シャーグレッドさんの方……顔面直撃コースで!
なんだかちょっと、勇者様らしくない反撃に思えるのは私だけでしょうか?
いつでも真っ直ぐ正攻法って印象が勇者様にはあったんですが……ああいう意表を突くような攻撃、それも顔面狙いとか、ちょっと意外です。
それだけ、勇者様が追い詰められているってことなのでしょうか。
あれ? だけど勇者様も何やら驚いた顔をされているような……
今にも勇者様のお声が聞こえてきそうな顔です。
「しまった!」って……。
もしかして勇者様、意図せずしてやっちゃった感じですか?
だけど意図していなかったとしても、効果は絶大のようです。
何故なら、氷の矢(×20)程が一斉に打ち返されたから。
「危なっ……狙ってやりましたね!?」
「不可効力だ! わざとじゃない!」
「信じられ、ま、せん……っ」
一斉に我が身へと返って来ましたよ、お帰りなさい。
シャーグレッドさんはそれなりに本気で氷の矢を形成していたのでしょう。若干慌てふためきながら、対応に苦慮している様子が窺えます。
勇者様に比べたら処理能力が低いんですかね?
一度に二十本もの氷の矢を捌くのに……あ、両手を使いましたね。
片手では対処できなかったらしく、勇者様の心理状況を時差なくお知らせしていた魔法陣も破棄されてしまいました。
結界とか障壁とか、そういう便利な壁を作る余裕はなかったんでしょうか。シャーグレッドさんは両掌に炎を宿らせ、一気に後退しながら迫る氷を叩き落としていきます。
その間に体勢を整えようというのでしょう。
勇者様もまたシャーグレッドさんから距離を取り、心を落ち着けようとしてか深呼吸を二度、三度。
緊張からか顔を強張らせています。
魔法はあまり得意ではないらしい、勇者様。
それでも取り組んだからには真剣に、真面目に。
いつだって、自分の思惑を超えた事態だろうと善戦しようと頑張る勇者様ですから。
彼は状況の打開を求めてか。
そっと、サルファが差し入れたという厚い皮張りの教本……
『タスマニアデビルにもわかる光魔法~初級編~』を開きました。
静寂の中、勇者様がすっと息を吸う音が微かに聞こえて。
ゆっくりと焦りを封じ、間違えない様に慎重な……詠唱っぽいナニかが聞こえてきます。
「――本体真如住空理 寂静安楽無為者 鏡智慈悲利生故 運動去来名荒神 今此三界皆是我 有其中衆悉是 吾子是法住法位……」
……うん? あれ、何語ですかね?
私が知らないなんて余程だと思うんですけど、聞き覚えのない言語が飛び出しましたよ???
何言ってるのか、全然わかりません。
「サルファ、アレって何語?」
「俺もよく知らなーい☆」
どこぞの宗教国家が発行してるって言ってましたっけ?
それってつまり、この大陸のどこかの国ってことなんでしょうけれど……大陸全土から魔族さんが子供を拾ってくる、この魔境で。
まさか今更未知の言語に巡り合うことがあるとは思いもしませんでした。
私達が疑問符を飛ばしまくっている間に、勇者様は呪文的な何かの全文を読み切ったのでしょう。
どことなく憔悴したような顔に、「やりきった!」と大きく書かれておいでです。
そのまま、何となく満足気なお顔で。
最後の仕上げとばかり、錫杖で地面を一突きしました。
ガンッ
……良い音がしました。
わあ、試合場の床がちょっと陥没してるー。
勇者様が錫杖で突いたところを中心に、床に敷き詰められた石畳には亀裂が走っておりました。
あ、勇者様が焦ってる焦ってる。
やるつもりなかったんですね、わかります。
力加減を間違えちゃったんですねー?
少々の失敗を残しながらも。
それでも手順は順当に全て踏み切ったのでしょう。
慌てる勇者様を置き去りに、錫杖が一際強く、光を放ちました。
「退け、邪悪!」
「大して言葉を交わした訳でもないのに邪悪呼ばわりですか?」
「人の心の傷につけ込む様な山羊は邪悪呼ばわりで十分だ!」
「あはははは、あながち否定できませんね!」
それは、音がしそうな程の強い光で。
錫杖の金環を通して、シャーグレッドさんに照射される。
そしてシャーグレッドさんは。
勇者様のお言葉通り、退けられました。
物理的に。
「うわぁぁあああああああああああっ!?」
哀れ、シャーグレッドさんは。
実体化したのかそれとも別の要因からか、どうも実際に物理的感触を有してしまったらしい光に、盛大に弾き飛ばされまして。
おしくらまんじゅうでもしたの?という勢いで。
勇者様のお言葉通り、本当に邪悪だったから光に負けたんじゃないか、と思わせるような光景を観客の皆さんの目に鮮烈に焼き付けながら。
試合場の外まで押し出され、更に吹っ飛ばされました。
…………え、これ魔法?
結果を見れば、見事に場外負けです。
ええ、確かに勝敗の結果は明らかなのですが……
釈然としないモノを感じるのは、何故ですかねー?
二●ラムってこんな感じですかね?
ちなみに勇者様が唱えているものは「稲荷心経」というそうです。
(Wikipedia調べ)