99.星取る夜に ~勇者様、馬車馬説~
流石は魔王の妹殿下!
そんな掛け声が聞こえてきそうな見事さで、せっちゃんが星の大量ゲット☆に成功しました。
「わー、闇属性の魔法かな? せっちゃんにしては珍しいね!」
「うふふ、リャン姉様! せっちゃん上手に出来ましたの?」
「うんうん凄い! 凄いよ、せっちゃん!」
「わぁい、褒められましたのー! せっちゃん、今は苦手分野の克服月間中なんですの。得意分野ばっかりじゃなくって、苦手も補えるように頑張りなさいって教育係の先生に言われましたのー」
「へー……せっちゃんの教育係って誰だったっけ」
愕然とした様子の勇者様の横を、するりと擦り抜け。
せっちゃんが満面の笑みで駆け寄って来たので、ぎゅっと抱き留めて頬ずりしつつ褒め称えましょう!
そんな私達を、まぁちゃんがうんうんと頷きつつ見守っています。
勇者様もなんだか途方もなく遠い目で見守ってくれていますね?
せっちゃんの忠実な使役であるリリフなんて、称賛の眼差しです。
「こうしてはいられません……主様が見事な快挙を遂げたのですから、ここは私達も参戦しなくては!」
「そうか、頑張れ。俺はここでリャン姉と応援しt……」
「行きますよ、ロロイ!」
「俺の言葉は全無視か」
燃える意思を滾らせて、リリフがロロイを引きずって立ち上がります。
ロロイもやれやれと言わんばかりの様子で従います。
付き合い良いですね!
「待て、なら俺も参加する……!」
「好きにすれば?」
そして、何故かレイちゃんまでもが参戦を表明しました。
今日に限ってやたらとロロイに張り合っている気がします。
何か、二人の間にあったんでしょうか?
そもそも接点薄いと思うんですけどね、この二人。
修行の為に竜の谷に帰っていたロロイと、そもそも里から滅多なことでは外に出ないレイちゃん。
喧嘩する程の付き合いはなかった気がするんですけど。
「あの二人、どうしてあんなに張り合うんでしょうか」
「リアンカ……それ、二人に聞いてやるなよ?」
「そうだな……リアンカが、それを聞いちゃいけない」
「え? まぁちゃんも、勇者様も理由知ってるんですか?」
「…………黙秘する」
「んじゃ、俺も黙秘で」
二人ばっかりわかっていて、ズルい。
重ねて聞いても、どうしても教えてくれないって言うんです!
「まぁちゃんも勇者様も、仲間はずれ反対! 大事な弟分の、喧嘩の理由くらい教えてくれても良いじゃないですかー!」
「その喧嘩の理由が……いや、なんでもない」
「どうあっても教えてくれない気ですね!? 二人がその気なら、私にも考えってものがあります」
「やめろ。不穏な前振りは、やめろ」
「リアンカー? 程々にしとけよ、勇者が死ぬ」
「まぁ殿! 自分も対象に入っているだろうに、その他人事めいた物言いはどうなんだ!?」
「あ? だって俺、勇者より頑丈だし」
「肉体強度が問われる『考え』とは限らないだろう!?」
「……わかりました。つまりお二人とも、精神面にクる『考え』を御所望ってことですね」
「ほらー!!」
「いや、今のは勇者の自爆だろ!」
「二人とも、明々後日を楽しみに待ってるんですね!」
「何故に明々後日!」
「節足動物と甲殻類の手配に時間が要るんですよ!」
「節足動物、だと……!?」
「甲殻類って……」
皆様は覚えておいででしょうか。
まぁちゃんは、節足動物(特にムカデ)が大嫌い。
足がいっぱいでうじょうじょしている生き物が、気持ち悪くて生理的に苦手なんだってー。
私は薬草園の手入れで頻繁に目にするんで、特になんとも思いませんけどね! 蠍とか取り寄せることもありますし。
「もうごめんなさいしても許しませんからねー!」
「オイ待て、コラ。マジ止めろ」
「まぁ殿…………目がマジだ」
珍しいまぁちゃんの真顔をいただきました☆
だけど仲間はずれは許さない。これ、絶対。
私は太々しく見えるようにニヤリと笑い、言い放ちました。
「明々後日のお夕飯をお楽しみに!」
「夕飯に出す気か!?」
「おい、マジで止めろ!!」
その後もなんだか色々言っている、美青年二人を放置して。
私は颯爽と若竜+従弟の応援へと駆け出しました。
「リリフ、ロロイー! レイちゃーん、頑張れー!」
「頑張って、でーすのー!」
「主様、リャン姉さん、応援には応えて見せます!」
一番張り切っているのは、どうやらリリフ。
しっかり者の彼女はロロイやレイちゃんとも何事か打ち合わせ中。
まぁちゃんやせっちゃんといった魔王家の兄妹は大体行き当たりばったりの大雑把さんで、相談とか計画性とか、そういうのとは無縁の行動力を往々にして発揮します。
そんなのばっかり見慣れてたので、ああやって計画を立てたり相談したりといった光景がなんだか新鮮です。
やがて、相談は終わったらしく。
リリフが滅茶苦茶イキイキ輝いた笑顔で宣いました。
「すみません、勇者さん! ちょっとナシェレット叔父様を貸していただけませんか」
リリフの満面の笑顔とか、物凄く珍しい。
珍しいだけに、笑顔とセットで放たれた言葉が意味深です。
まぁちゃん曰く、駄竜のナシェレットさん。
十年前からせっちゃん(当時五歳)に求婚し続ける、現行犯逮捕されちゃったナシェレットさん。
一族の決定で、勇者様の元で強制ご奉公中のナシェレットさん(壷在住)。
せっちゃんを主と慕うリリフは、実の叔父とはいえガチで毛嫌いしていたような気がするんですけど。
そんなリリフがナシェレットさんを壷の中から引きずり出してどうしようと……それ以前に、勇者様ってばナシェレットさん在住の壷持って来てるんですかね?
最近すっかり必要なしと判断されて放置され気味のナシェレットさん。そんな駄竜入りの壷。
勇者様が家に置いてきていても、不思議はないんですけど。
「ナシェレットを、か……? 一応、壷も持って来てはいたが」
あ、お持ちだったようです。
だけど本当に、ナシェレットさんを引きずり出してどうなるんでしょ?
――こうなりました。
「次! ロロイの方に……!」
「わかった。しっかり拾え、レイヴィス……レシーブ!」
「と、トース!」
流れ落ちる☆を、目敏くロロイが拾い。
それをすかさずレイちゃんが打ち上げ。
「リリフ、上ったぞ!」
そして、リリフが。
天高く打ち上げられた、星を。
「ええ、お任せあれ。…………アターーーック!!」
地上へと……いいえ、違いました。
地面に横たわるナシェレットさんの背骨めがけて、叩き落しました。
「ぅごふ……っ」
ナシェレットさんに毎度毎度精密な狙いがつけられて、凄まじい稲妻アタックが繰り出されている訳ですが。
ちなみにこれ、もう十五発目になります。
背骨に食らった瞬間、びくんとナシェレットさんの体が波打ちました。
だけど生きてる。
ちゃんと生きてます。つまり、大丈夫です。
真竜の回復力をもってすれば、このくらい軽い軽い。たぶん。
なんかもうナシェレットさんもぐったりして動かなくなっちゃってますけど、恐らくきっと大丈夫です。たぶん。
同じ種族であるリリフやロロイが躊躇わないんだから、大丈夫に違いありません。たぶん。
いつもだったら目の前で誰かが不当に貶められたり、痛めつけられていたら黙っていられないはずの『聖人君子』勇者様が、なんだかとっても穏やかかつ満ち足りた表情で見守っています。
まるで慈母の笑み。
優しい優しい勇者様が穏やかに黙って見守っているんです。だからきっと、ナシェレットさんは大丈夫なのでしょう。たぶん。
最悪背骨がボロボロになっちゃったとしても、私が秘蔵のお薬を持ち出して瞬間接着して差し上げます。むぅちゃんから分けてもらっていて良かった、エリクサー。あのお薬さえあれば、途中で深刻な状態に陥っても即座に持ち直し、リリフのお手伝い続行可能です。
だから、ナシェレットさんは大丈夫。たぶん。
くどいくらいに繰り返しますが、たぶん大丈夫なのです。たぶん。
「勇者様、お茶のお替りどうぞ」
「ああ、有難う」
いつの間にか、観客サイドで見守っているのは私と勇者様のみ。
まぁちゃんは飢えた熊が鮭を狩る様に星を確保し、せっちゃんはまぁちゃんを応援しながらも偶に闇の幕へと星を飲み込み。
ロロイ・リリフ・レイちゃんの三人はナシェレットさんという名のマット目がけて星を叩き落していきます。
いつの間にか、見守る私と勇者様の間には静寂が満ちていました。
ちらりと横目に窺う、勇者様のお顔。
なんだかとっても、所在なさげ。
というか居た堪れないご様子です。
うずうずと、体を僅かに揺らしながら。
困ったようなお顔で、代わる代わるまぁちゃんやリリフといった面々に視線を移す。
「勇者様? なんだかそわそわしていますが……どうしたんですか?」
「リアンカ……折角、皆が気を使ってくれているものを、こんなことを言ってはいけないと思うんだが」
「はい、はっきり言ってみましょう!」
「……正直に言おう。皆が忙しく立ち働いている中、自分だけ何もしない状況が居心地悪いというか…………凄く、肩身が狭いんだが」
「そんなの、私にとっては毎度のことですよ? でも私は肩身が狭いなんて思ったことありませんけど」
「それはな? リアンカはな? だけど俺は、こういう時には率先して自分で動くのが常だった分……本当に、居た堪れない」
なんということでしょう!
これも習い性というヤツなのでしょうか。
どうやら勇者様は他の人が働いている時、自分だけ休息を取ることに申し訳ないと思ってしまうようです。
……それをいったら危ない時には常に見学が『いつものこと』化している私は何なのでしょうか。
「でも勇者様、今日は勇者様にお休みしてもらおうと思ってのことですが」
「わかってる……わかってるんだ。だけど他のみんなが動いている中、俺だけが安穏とここにいることに、何故か罪悪感と疎外感まで感じている俺がいるのも、事実なんだ」
なんだか、良く調教された馬車馬のような人ですね。
働くことに痛痒を覚えない……どころか、働かないと落ち着かないなんて。
「はあ。でも、勇者様?」
だけど、私は思う訳なんですが。
「あの夜空から飛来する、お星様の数々……勇者様に太刀打ちする手段があるんですか? 太刀打ちというか、確保する手段が」
「………………」
「流石に、まぁちゃん達くらい問答無用の生物なら兎も角……勇者様が無策で挑めるような相手なんでしょうか」
策がないとなると、ドワーフさん達並に体当たりな手段を試す必要があります。
ドワーフさん達だって直撃食らって死なないんです。
だから勇者様も、イケそうな気はするんですけど……
……あ、勇者様が頭抱えちゃった。
どうやって慰めたものかな、と。
そう思ったところで
ふと私の目に入ったモノがありました。
それは視界の隅、この誰もが星を掴もうとする状況下。
ドワーフさん達に紛れるようにして存在する、一定数の挑戦者達。
「あ、そうだ」
私は、勇者様の肩を揺すって注意を引きました。
「勇者様、勇者様ー」
「どうしたんだ、リアンカ」
「星を受け止めるのは、無茶だって思ってるんですよね?」
「……俺に敵う手段が思い浮かばないのは確かだけど」
「だったら!」
うん、好都合。
私はとびっきりの笑顔で、勇者様の視線を誘導するようビシッと指をさしました。
人を指差すのは失礼ですけど。
でも何か出来ることを、と探す勇者様に、わかりやすく提案の内容を教えるには実例を見せるのが一番です。
「勇者様、『伝説』に挑戦してみませんか?」
「で、『伝説』……?」
「はい、この星降る夜に特有の……人呼んで、『スターライト☆檜武人伝説』です」
「ちょっと待て。今聞き捨てならない単語が混じってたんだが……君の先祖の名が出てくる時点で、碌でもない伝説間違いなしだろ!」
カバッと身を起こした、勇者様。
私が指差す先に、確認するように顔を向け……
彼の顔が、微妙な感じに固まりました。
私が指差した、先。
そこには……人種、問わず。
種々様々な人々が、一様に踏ん張るような仁王立ちで。
まるで己の願いを託すように……檜製の棍棒を、一心に素振りする姿がありました。
次回、やっと勇者様の見せ場、が…………?