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勇者は何も語らない  作者: 真地 かいな
第2章 古代遺跡
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惰性探索


「どこに行くの?」

「どこがいいかなぁ、リオンはどうだ? 戦っときたいモンスターとかいるか?」

「う〜ん…」


ティム、ミオ、リオンの3人は今日も樹海に潜っていた。

答えを出せなかった3人は、いつも通り、とりあえずという気分で樹海の中心部に向かって進んでいる。既に子ども達を連れていた時よりも樹海の奥へと進んでいるが、特に目的があるわけではない。


「オニール渓谷にはまだ行ってないよね」

「そうね、あとは風竜の墓場どうくつあたりも探索しきったとは言えないわね」

「そうだな渓谷より南にはまだ行ったことねぇしな…そろそろそっちに行ってみるか?」

「そうね…モンスターも強くなるでしょうしね」

「あぁ、渓谷を抜けられるようになれば…もうすぐだな」


今まで樹にもたれかかり虫の鳴き声に耳を傾けていたリオンが腰を上げる。どうやら行き先が決まったようで、2人に先駆けて南へと進み出す。ティム達も手早く荷物をまとめると、リオンを追っていった。


ーーー


【オニール渓谷】

オニール渓谷と呼ばれる谷がある。

その谷は樹海を東西に二分するように横断する大地の裂け目で、谷底には大きな河が流れている。谷向かいまでは狭い場所でも100メートルはあるため、南の平野から樹海に入る“神探しの勇者達”が先に進めなくなる大きな要因でもある。


神探しの勇者達からしてみれば、常識外の化け物相手になんとか生き延びてきて、やっと中程まで辿り着いたのに避けようのない大自然の壁にぶち当たるのだからやるせない。


ーーー


そんな勇者達とは真逆に、樹海を乗り越え南の平野に出て行こうとしている3人はあえてそこの探索を避けてきた。対応出来ないようなモンスターが出るかもしれないからというのも理由の1つだが、そこを越えられる力を身に付ければ、終わりが近づくという意識が強くなる為に暗に避けていたのだ。


それでもその道は村の仇である“白服”を探す為には避けては通れない道だった。後進も育ち、倒せないモンスターも減ってきた今、その時が近づいていることをグッと意識する。そろそろ先に進まなければならない。

それが今の3人の心境なのだろう。








「風が強くなってきたな」

「谷が海風を運んできているのね」


数日が過ぎ、渓谷が近づくにつれて3人の足取りは自然と遅くなっていた。

これまで何度も海風や強風に吹かれることはあったであろうに、わざわざ口に出してまでその感覚を感じている。


しかしどれだけゆっくり歩いていても、歩き続ける限りは先に進んでしまうもので、3人はついに渓谷が目視出来る所まで辿りついてしまった。


渓谷からの塩気を含んだベタつくような風が、近づく者を拒むように吹いてくる。巨大とは言っても地平線まで続くような平野にくらべれば行き場のない渓谷である。風はやさぐれた若者の様に渓谷の狭間を吹き荒れて、自由を束縛するその場所から逃げ出していくのだ。


「ふふふ」

「どうかしたのか?」


そんな様子をエルフらしく感じ取ったミオが笑みを含んだ。


「なんだか昔のティムみたい」

「何がだよ?」


ミオには風の気分が見えるようだった。そんな思春期真っ只中な姿を昔のティムに重ねて、1人でクスクス笑っている。


コムル村が襲われた後のティムは、モンスターを、親の仇を倒すことだけしか考えていなかった。心配性なミレーヌ達の保護下を嫌い、素っ気なく接してはすぐに家から飛び出して、父親の形見の剣でモンスターとの戦いに明け暮れていたのだ。その頃はミオもリオンもそれぞれが心に傷を負い、似たような行動をしていたものだが、今思い出すと全てが面白い。


「本当に良かったわ」

「だから何がだよ?」


ミオはふくみ笑いの意味も教えてくれないまま、さらに脈絡のない発言をする。ティムにはミオの思考回路などわかるはずもなく、馬鹿にされているような気までしてきて、だんだん苛立ってきていた。


「良い加減にしろよっ!一体何のことなんだよ?」

「ありがとうってことよ。ティムとリオン、2人と一緒にいれて本当に良かった、ってことよ」

「っんだよ…訳わかんねぇ」


結局、ミオの真意がわからないままのティムだが、ありがとうと言われてまで苛立ち続けるような男ではない。むしろ、若干恥ずかしそうに顔を背けて、誰にも見られないようにニヤニヤしていた。

全く隠し切れていないティムのニヤケ顔を見ながらミオはますます幸せを感じる。


「リオンもよ、一緒に居てくれてありがとう!」


1馬身程先を歩くリオンに向かってミオが叫ぶ。もちろんリオンからはティムのようにわかりやすい反応は返ってこないだろうが、伝えておきたかったのだ。

予想通り、何も変わらぬ様子のリオンだが、会話のノリでも何でも、日頃感じている感謝の念を言葉に出来たことでミオは満足だった。



寿命500年と言われるエルフ族というだけでヒト族の友人との別れは決まっている。生まれた年月に大きな差異がないことが、それを余計に運命づけているのだ。

ミオはかけがえのないこの時間を大切に生きていきたいと願っていた。


そんな儚い幸せにミオが浸っていた時、先を歩くリオンがいきなり立ち止まる。


「どうかしたか?」


ティムとミオに緊張が走った。


普段、滅多に自分を表現せずに空気と同化しているといってもいいリオンは、周囲の空気を読むことに長けている。その能力を自他共に認めているため、率先して先頭を歩くのだ。無駄な事をしないリオンがいきなり立ち止まったということは、危険な兆候を感じたということだ。


「何か来るよ」


ティム達は目の前のリオンに倣い、じっと聴き耳を立てる。

風の中に微かではあるが、ゴリゴリという音が聞こえてきた。しかもその音は少しづつ大きくなってくる。


「何だよ!? 何処からだ?」


そんな音が、物凄い速さで近づいて来ていた。ティムは周囲を見回し音源を探すが、谷風に揺れる草木はあっても危険なモンスターなどは見えてこない。

探し続けるティムを嘲笑うかのように、音はドンドン近づいてくる。


「近いわよ!」


既に耳を澄まさなくともハッキリと聞こえる大きさなのに音の主は未だに姿を現さない。


ゴゴゴォン


突然だった。

3人に焦りが募る中、一際大きな音が聞こえた。


「きゃっ!」

「どこだっ!?」


と思うと、その音はピタリと止み、あたりを静寂が包む。ティムは頭上を覆う青葉までふり仰ぐがそこにもモンスターの姿はない。

このパーティーを率いている自覚がある為に、1番に危険に突っ込んでいくのは自分の仕事だと決めているティム。それなのに突っ込んでいく相手が見つからず、戸惑いばかりが大きくなる。


「何だ? 何だったんだ!?」


音が止んで1分も経ってはいないのだが、危険な予兆に対して高鳴った鼓動が、生まれた静寂の時間を何倍にも増加させる。ティムが焦って叫んでしまうのも無理はない。


「下だよ!!」


リオンは叫ぶと同時にティム達に向かって走り出した。そのまま2人に飛びかかるようにして地面に押し倒す。


ドゴォーン!


「きゃっ!!」


直後、さっきまで立っていた場所から何か巨大なモノが飛び出してきた。


大きな口を開けて地面ごとティムを飲み込もうとしていた巨大なモグラは、一瞬姿を見せただけですぐさま地面の中へと戻っていく。3人には、飛び出してきたのがモグラだという認識は出来なかったことだろう。全長3メートル程の黒い塊、そんな風に見えたに違いない。


「また来るっ!」

「ミオっ、樹の上だ!」

「分かってるわよ! うるさいわね」


地中での音は、地つながりに反響してしまい、何処で鳴っているのかがわからなくなる。その為、常人であれば、モグラが姿を現した時が最期の時だ。


しかし、ティムの判断は早い。

黒い塊は地面から出て、地面に戻ったのだ、ならば地面から離れれば良い。


リオンにしかわからないような不意打ちに、ミオの思考が停止していたのは責められない。それでもミオがティムの指示に素直になれないのはご愛嬌だろう。

プンプンしながら、素早く体内の霊力を練るミオ。悪態をつき終わる前には精霊への願いが3人に樹の蔓を伸ばしてきていたのだから、その速さは尋常ではない。


「分かってるなら、さっさとしろよ遅いんだよ!」

「うっさいわね! ただ蔓にしがみ付くことしか出来ないサルのくせに」


ミオがエルフ族の常識を覆せたのは、ひとえにこの霊力の練成速度のおかげであった。そう、ミオはエルフ族の常識を覆しているのだ。


エルフ族という種族は非力で直接の攻撃を不得意とし、遠距離から魔法を唱えたり弓で攻撃するものだ、と捉えられている。もちろん力強いエルフ族もいるのだが、願いを届ける為に長い時間が必要なのは誰もが同じで、エルフ族の主な戦い方が専守防衛ーー精霊魔法なのだから、近距離戦闘を好むエルフ族はあまりいない。好んで戦闘することすらない。はたから見ているヒト族がそんな印象を抱いても仕方が無いことだった。


それが、まだ見た目も実年齢も若いミオは、日々の鍛錬で精霊に願いを伝える時間を極力削ることが出来るようになっていた。


母親であり、昔住んでいたエルフ族の村では神官をしていたミレーヌから回復系の精霊魔法を教わっていたミオ。

それは傷付いた者を安全地帯で癒やすというもので、癒し手であるミオの生命が直接脅かされるような切迫した状況に遭遇したことはなかった。その為ミオ自身、治療方法の判断速度は求められても、精霊魔法発動までの練成速度を求められることがなく練成の得意な方ではなかった。


そんなミオが種族の常識を覆すまでに成長したのは、村が襲われたことから始まる。ティムが無茶をしない為に戦闘に付いていくようになると状況は一変したのだ。1秒を争う緊張感の中で、霊力の練成速度で生まれる隙は致命的だった。それこそ寝る間も惜しんで霊力練成を鍛錬したのだった。


ドゴォーン!


「はっは~ん、そこには居ないぜ間抜け野郎が。悔しかったら此処まで来てみなってんだ」


またもやモグラが地面から飛び出てきたが、3人は既にそこにいない。大樹の上まで蔓のエレベーターで上昇中だった。大口を開けて地面だけ飲み込んでいくモグラをティムが嘲る。


「あんたは何にもやって無いでしょ!」

「おお、俺じゃなくてミオの魔法だ。俺のパーティーのな! なら、俺がやったのと変わらねぇよ」

「ホントっ…バカなんだから」


そう言いながらも、頬を赤めるミオ。


前述の通り、ミオは回復系の精霊魔法は得意としているのだが、補助系・攻撃系の精霊魔法はそれ程ではない。

自分を仲介して他者に精霊力を分け与えることと、精霊に直接動いてもらうことでは微妙な違いが生まれる。

補助系・攻撃系の精霊魔法はミオの亡き父親が得意としていた。村の襲撃があるまで、戦うことを避けてきたミオが精霊魔法を教わろうとしなかったことを父の墓前で悔やんでも遅かった。母親の知っている数少ない補助系・攻撃系の精霊魔法を必死になって身に付けることしか出来なかったのだ。


ティムにそんな努力を認めてもらえたように感じて嬉しいのだろう。


「逃げたか?」

「何の音もしなくなったわね」


3人が大樹の枝にしがみ付いていると、対象物が地上にはいないと悟ったのか、モグラはすっかりなりを潜めてしまった。何の物音もしなくなり、辺りには平穏が戻ってきているように見える。


「くそっ、まだ戦ったことのない奴だったのに、逃げられちまった」

「良いじゃない。こうして生きているんだし、また会えるわよ。そん時はコテンパンにしてやりましょうよ」

「まっ、そうだな! よし、そろそろ降りるか」

「まだいるよ」

「えっ?」


ティム達がモグラに逃げられて悔しがる中、1人でジッと地面を見つめていたリオンが警告する。


2回目の攻撃から何の物音もしなくなって、諦めたのだろうとティム達は考えたが、それはモグラが去って行く音もしなかったということなのだ。そのリオンの判断は間違いではないだろう。


ミオは地上に戻ろうと練成していた霊力を霧散させる。何かの拍子に間違って使ってしまわないためだ。ティムも表情を引き締め直し、下の様子に意識を集中させた。


「でもどうするの? 地中じゃ攻撃できないし、あの黒い塊が出てきても一瞬だけじゃない。戦い様がないわよ」

「俺が…どうにかするさ」


どうにかするアテなどないが、ティムはそう言うことしか出来ない。リーダーが後ろ向きになってはいけないのだ。


ゴゴゴゴゴ


「来た」


モグラは、やはり何処にも行ってはいなかったようで地中を移動する時の独特な音が聞こえてくる。ティムの考えがまとまらないまま、モグラは3度目の攻撃に打って出る。


「きゃ~!!」

「上だ! 上に登れ!」


3人に向かって、モグラが垂直に飛んできた。飛び掛かりながら、大きな5本の爪で3人を攻撃してきたのだ。3人のすぐ下にあった枝がモグラの攻撃で明後日の方向へと飛んでいく。

ティムには逃げる選択肢したか与えられていなかった。


「まだだ、まだ上に行くぞ!」


ティムはすぐに指示を出す、今はミオの素早い練成ですら余裕がない。

ティム達を獲物と定めたモグラが、簡単にそれを逃す筈がない。今度の跳躍はさらに大きなモノとなるだろう。次の攻撃が来る前にもっと上へと避難しなければならないのだ。


ティムはミオを押し上げて、上へ上へとよじ登る。この樹海のモンスター達には用心し過ぎるというものがない為、4本5本とどんどん上に登る。


「来るよ」


登りながらも地面に注意を払い続けていたリオンが、またもや危険を察知する。

先程よりも勢いを付けたモグラが、再チャレンジに飛んできたのだ。今度は今いる枝から3本下が吹き飛んでいく。


「もう少し上だ!」

「それは良いけど、ただ逃げるだけなの!?」


次の跳躍はさらに大きくなるだろうと、ティムは更に上を目指す。すでに地上から20メートル以上離れている。


「ダメよ! これ以上の先の枝じゃ体重を支えられそうにないわ!」

「くそっ! ミオがもう少し細かったら…イテェ!!」

「死になさい! 落ちてあいつのエサになりなさい!」


ティムの頭をミオの蹴りが襲う。年頃のレディに体重の話は禁句のようだ。下に落ちれば間違いなくモグラの口の中だが、本気の蹴りが何度も放たれている。


「イテェ! 本当に落ちるって、やめてくれ!」


こんな切迫した空気を見事に切り裂いたミオの蹴りでも、必死に枝にしがみ付くティムを蹴り落とすことは出来なかった。


そんな樹上のやり取りなんて関係ないと、すぐ真下ではモグラが何度もチャレンジしている。どうやらモグラの垂直ジャンプは15メートルほどが限界だったようで、3人が居る場所までは届きそうになかった。


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