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クズの鎮魂歌  作者: 叢雲@ぬらきも
第一章 始まり
5/11

希望と絶望

 結論から言おう。

 俺は記憶の墓場と言う場所でぶっ倒れたようだ。

 ゲームでしか見た事のない巨大な筒状の装置、何やら話しているアニマとヨミ、妙な機械の光を目に当てたまでは覚えている。

 それからの記憶はない。

 だが、何故かはっきりと理解出来た。


 どうやらここは、本当に未来の世界らしい。

 そう考えてる最中にも、記憶が染み込んでいくようにじわじわと浮かび上がってくる。

 あの光を目に当てた途端、膨大な記憶が脳内に叩き込まれていく感覚が襲った。

 気持ち悪いなんてもんじゃない。

 頭が割れる程の激痛と、幾重もの感情が肉体をぶち破りそうな勢いで湧き上がった。


 事の発端は今から100年以上前に日本に落ちた謎の隕石。

 記録によると、隕石は衛星を監視しているMonitor of All-sky X-ray Image、MAXIと言う装置にも映らなかった、いつ、どこで、どのようにして大気圏を抜けてきたのか一切不明のものだと残されていた。

 直撃を受けた日本の中心都市―――俺がいた東京は一瞬で消滅。日本に壊滅的な打撃を与えた。

 そして、日本を更に追い詰めたのは未知の病原菌、感染病などを恐れた他国の貿易打ち切り。

 日本と言う大国は、たった一つの隕石によって世界から隔離された。


 緩慢に、しかし確実に滅亡の道を進んでいく日本を救ったのは、皮肉にも都市をまるまる消失させた隕石だった。

 焦土と成り果てた東京に、ある一人の研究者が現れた。隕石が落ちた場所は日本に置いても危険区域。厳重な監視の下隔離されていた場所に、その研究者は何の防護服も着用せずに入ったらしい。

 政府が研究者を止めなかった理由は二つある。一つは外交を閉ざされ、経済が破綻しかけていたこと。もう一つは厄災を呼んだ元凶に近寄りたくない、と言った心境からなるもの。

 研究者は隕石の欠片を持ち帰り、独自で研究を続けていた。

 やがて研究者は隕石がただの鉱物ではないことを突き止める。

 

 東京を消し去った隕石は生きていた(・・・・・)。生きていると言っても自らの意思を持つわけではなく、隕石の姿を模した半機械生命体であることが判明された。

 なぜ隕石を模したのか、なぜ日本に落ちたのかは今だに謎に包まれている。しかし、研究者はこの半機械生命体を使った半永久的にエネルギーを生み出すことのできる永久機関の開発に成功する。

 それにより、日本の科学は飛躍的に進歩した。燃料と言う概念がない自動車。電力と言う概念がない世界。

 日本はまさしく、アニメや漫画の世界のような未来都市へと瞬く間に変貌した。

 当然他国がそんなものを放置しておくはずもない。


 他国はあっさりと掌を返し、日本へ擦り寄った。

 しかし日本はそれを拒絶した。当然の事だろう。都合が悪くなれば遠慮なく切り捨て、都合が良くなれば媚びへつらう。そんな相手にどうして優しくできる?

 自分たちが死に物狂いで活路を開いて、やっとの思いで手に入れた平穏。それを横からかすめ取るような真似は誰もが許しはしないだろう。

 そして日本と他国の関係は劣悪を極め、隕石と、研究者が開発した永久機関を巡って取引が持ちかけられた。

 取引という名の―――宣戦布告だった。


 人は欲深い。楽をしたい。良い暮らしをしたい。良い女を抱きたい。誰よりも偉くなりたい。そんな欲が隕石を中心に渦を巻いていた。

 日本の人間はまさしく空から降って湧いた贈り物に神にでもなったつもりでいたのだろう。

 日本は、宣戦布告を躊躇なく受けた。

 自分たちを守るためでなく、愚かな人間どもに裁きを下す神にでもなったかのように。

 そして世界と日本の戦争が始まった。


 第三次世界大戦の勃発。日本は世界を相手に圧倒的な力を見せつけた。

 こちらは無限。かたや相手は有限。研究者が開発した永久機関を搭載した戦術兵器は瞬く間に世界を焦土へ変えていった。

 始める前から結果はわかりきっていたこと。けれど欲に目が眩んだ人間たちにそんなものはもう見えていなかった。

 人が人を殺し、血で血を洗い、憎しみが憎しみを呼んだ負の連鎖は敵を食い尽くすまで終りを告げることはなかった。

 そして核兵器が躊躇なく投下され、世界に死の連鎖を撒き散らした。


 それでも戦争は終わらなかった。世界はそれを欲するがあまり、それが全てを救うと信じて疑わないように持てる全てを日本へぶつけた。

 日本も頑なにそれを渡すことを拒否し続け、神に仇なす愚者として力を振るい続けた。

 終わりなき醜い争いは、同じ命が存在する星の命までも巻き込んだ。

 大気汚染。もはや人が住める環境でなくなった地球は間も無く死の星となった。

 灰色の空。赤色の海。荒れ果てた命なき大地。欲に眩んだ人間の業が、一つの星の命を閉ざした。


 神を語る日本の人間は生きるために、戦争を終わらせるためにあるものを生み出した。

 それがヒューマノイド。非人道的な実験を繰り返し、隕石を人体に組み込んだ、人工的に生み出された半機械生命体。

 ヒューマノイドが誕生したことにより、戦争は終焉に向けて加速した。

 あらゆる兵器を受け付けない強靭な肉体。食料摂取や排泄行為、睡眠すらも必要としない、まさしく怪物のような存在により、戦争は終わった。

 日本以外の人間を殺し尽くし、星の命まで殺して。


 だが、戦争は終わっていなかった。

 ヒューマノイドによる内紛。

 ヒューマノイドの中でも強大な力を持っているとされた『魔王』の出現により、戦いは100年経過した今もなお続いていると言う。

 俺が見た記憶はここまでだった。

 話がぶっとびすぎて笑う気にもなりゃしない。


 だが、俺が見た記憶は間違いなく本物であると確信した。

 頭の中で流れた映像で経験した戦争。降り注ぐ赤い雨を頭から浴びたこともある。目の前で頭を吹っ飛ばされた外人さんもいた。吐き気を催すほどの異臭が鼻を突いたこともある。

 まるで俺がそこにいたかのような鮮明で、生々しくて、リアルな映像は見たことがない。

 たった今見てきた記憶から、ここは未来だと確証する材料は得ることが出来た。

 ここで大きな問題点がある。


「なんで俺は生きてるんだ?」


 アニマもヨミも答えてくれない。

 知るわけがないよな。俺にすらわかんないことを他人に求めたって答えが出るはずがない。


「……俺は、これからどうすりゃいいんだよ……」


 別にあの時代に名残があるわけじゃない。

 彼女がいたわけでもない。やり残した事があるわけでもない。

 ただただ生きるだけの俺にとって、あの世界は何もない(・・・・)

 気がかりがあるとすれば、命ちゃんがどうなったかくらいだ。

 多分生きちゃいないだろうけど。


 ここには何もない。休日に暇をつぶすために見ていたアニメもない。

 鬱陶しいとばかり思っていた人間関係すらもない。

 俺は、独りだ。

 この世界でたった独りの人間だ。


「……っ……」


 考えなければいいのに、思考はどんどん奈落へ向かっていく。

 痛くも怖くもないのに、涙がこぼれる。


「なぁ、教えてくれよ……」


 縋るように、常人離れした外見の二人に目を向ける。


「僕が決めることじゃない。君の知りたがっていた答えは用意した。それからどうするかは君が決めることだよ」

「……わかるわけねぇだろ。どうしろってんだよ」

「僕の知ったことじゃないと言ってる。例え君がどこぞで野垂れ死んだとしても、僕には関係ないし興味もない」

「じゃあなんでここに連れてきたんだよ‼」


 結構な大声を出して怒鳴ったにも関わらず、ヨミは表情を一切変えることなくガラス玉のような目をこちらへ向け続けていた。

 ほんの僅かな沈黙の後、ヨミがゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


「僕が興味を持ったのは人間と言うサンプルが完全な状態で生存している、と言う事だ。僕にとって君の生き死にはどうでもいい(・・・・・・)。『神の雫』を持たない脆弱な人間がどんな結果を出してくれるのか、実に実験のし甲斐がある」


 そこで初めて、ヨミが笑った(・・・)

 にぃぃ……と不気味に吊り上がった唇からは狂気しか感じ取れない。

 イカれてる。そんな生優しいもんじゃない。

 こいつは本当に命を命として見ていない。

 言葉の通り、本気で新しい玩具のように俺を弄りまわすつもりだ。


「……ひっ、く、くるな……」


 体が動かない。恐怖で身が竦む。そんな俺を嘲笑うかのように、ヨミの白い手がまっすぐ伸びた。

 そして―――。


「―――と、言いたいところだが」


 ぽん、と肩に軽い衝撃が走った。

 恐る恐る目を開けてみると、そこには人形のような整った無表情のヨミが見下ろしていた。

 心なしか、どこか柔らかい目付きで。


「さっきも言った通り、僕は君じゃない。どうしたいかなんて僕に聞く方がおかしい。これからどうするかは君自身が決めてくれ。アニマもそう望んでいるだろうしね」


 そう言って、首だけを巡らせるヨミ。

 釣られてそちらを見た瞬間、頭が真っ白になった。


「あに、ま?」

「私は、貴方に従います―――ご主人様(マスター)


 美しい、の一言に尽きる。銀髪、赤い目とおよそ常人らしからぬ外見の少女に浮かぶ微笑みは、何もかも吹き飛ばすくらいに綺麗だった。

 心奪われた、とでも言えば伝わるのだろうか。それくらいに、アニマは美しかった。

 しばらく見蕩れていたのだが、あまりにもサラっと言っていたので聞き流しそうになっていた単語にふと疑問を抱く。

 マスターって何? マスター、いつもの。とか布一枚で機械の塊叩き壊すお爺ちゃんのことだろうか。

 多分と言うか絶対知らないだろうけど。


「ああ、僕たちヒューマノイドはもともと人間に従うよう作られたんだ。もっとも、その人間はとうの昔に死滅してしまっているから、そのプログラムが有効かどうかはわからないけどね」


 そんな俺の胸中を察したかどうかはわからないが、ヨミがすかさずフォローを入れていくれた。

 と言うかプログラミングって機械じゃな―――ヒューマノイドとやらは半機械生命体だっけ。

 でも見た目は同じ人間そのものに見える。

 感情があるのかどうかは外見で判断はつきにくいが、少なくともアニマを見るに感情と言う概念はあるようだ。

 

「これからどうするか、アニマと相談して決めるといい。僕はこれから用事があるから抜けるけど……何かあったらアニマを通してくれれば何かしらコンタクトは取るよ」


 アニマと対照的に、酷く淡々とした口調、表情すら変えずにヨミが来た道を戻っていく。

 冷たく接しているようで、そうではない。アニマを通しさえすれば協力する。そう言っているようにも聞こえた。


「それじゃあゆっくり考えるといい。クズシロヒトマ」


 そう言い残し、ヨミは記憶の墓場と呼ばれる場所から出て行った。

 残された俺たちは無言で顔を見合わせ、アニマはにっこりと笑い、俺は―――苦笑するしかなかった。

 考えろと言われても整理が追いつきそうにない。

 さぁ、この妙ちくりんな世界でたった一人どうやって生きるか。何をするのかを決断しなければならない。

 ヨミは自分で決めることだと突っぱねた。確かにそうだ。


 他人に決めてもらった道を歩いて生きていくなどまさしく人形だ。

 俺はクズだ。クズである前に―――人間だ。

 足りない頭をフル回転させて考えろ。

 なんとかなる(・・・・・・)。いつだってなんとかなってきた。

 ひとまず―――今日の寝床を探すことが第一だな。


           ◇


 行く宛もない俺は記憶の墓場とミッドガルズを後にした。

 アニマから聞いたことだが、ここにはホテルと言うか、宿泊施設と言うものが存在しない。

 最悪野宿か、とも考えたが、アニマが頑なにそれを拒否した。

 長時間汚染された空気に触れることでいつまた身体に異常があるかわからないから、と言う理由だった。

 現時点でヨミが投与してくれた薬の効き目があるのかどうかわからないが、あの時のような痛みが襲ってくることはない。

 

 それに特別な細工がしてある建物の中にいないと、ヒューマノイドの天敵である機械人形マテリアルとやらに襲われる可能性があると言う。

 実際に見たことがあるわけじゃないが、アニマが言うには何よりも恐ろしいモノであるらしい。

 臆病者チキンの代名詞である俺としてはそんなものに襲われてはたまったものじゃない。

 と、いうわけで再びあの廃墟同然とも言える木造の倉庫に戻ってきた。

 アニマにとってそこは身を休めるためだけの箱にしか過ぎず、手入れなどは一切されていない。

 

 一言でとても人が生活できるレベルではないもの、とだけ言っておく。


「……ここに住んでるのか?」

「ごめんなさい。私の身分が低いせいで、ご主人様(マスター)にご迷惑を……」

「あ、いや、君のせいじゃないし、居候させてもらう身として贅沢は言えないよ」

「アニマと呼んでください、ご主人様(マスター)

「あー……」


 どうにもこのやり取りは慣れない。人間とヒューマノイドに主従関係があったとしてもはいそうですかといきなり受け入れれるわけがない。

 ましてや相手はアニメの中から飛び出してきたんじゃないのってくらい人外レベルで可愛い美少女。

 別次元で生きてる(実際は次元が違うけど)ような女の子からマスターと呼ばれて慕われるとかどこのエロゲだよマジで。好感度MAXとかの話じゃねーぞ。

 それはどうでもいいとして、どうしてこの子は俺をマスターと呼ぶのだろうか。

 特別何かあるわけでもないし、この子に何かしたわけじゃない。初対面でおっぱい揉んですっごいビンタもらったけどあれで契約完了とか何ソレって話だし。


「これからどうすりゃいいんだろうな……」


 アニマのマスター呼ばわりは一旦置いとくとして、もっとも重要なことに思考を向ける。

 分かってはいるが、どうすればいいかなんて漠然としすぎてなにも思い浮かばない。

 アニマには面倒をかける形になって申し訳ないが、寝床の確保はひとまず出来た。

 当分はここの世話にならせていただくとして、問題はその先だ。

 何をすればいい(・・・・・・・)


 そこなのだ。目的も目標とするものがない。

 あれだけ働きたくないと思っていた会社が何故か無性に恋しくなる。

 やっぱり俺って社畜だったのかと思わず自嘲してしまう。

 けれども生きるためには働かなきゃならない。それが当然のことだと認識していたから。

 そもそもこの世界で働く、と言う概念があるのだろうか。


 ヒューマノイドは飲まず食わずで活動することが出来る。

 それも『神の雫』なるものの恩恵。

 そんな大層便利な心臓を持ってない普通の人間である俺はどうやって生きていけばいいのだろうか。

 娯楽も存在しない、労働も存在しない世界があるとは思いもしなかった。

 本当にこの世界は、人間にとって何もないものだと再確認した。


ご主人様(マスター)はどうしたいのですか?」


 あれこれ考えていて思わず零れたため息に反応したアニマが、可愛らしくことりと首を傾げて尋ねてきた。

 いや、それがわかんないからこうして考えているわけであって……。


「あー……あ、アニマ。その、マスターってのやめてくんない? 俺は国栖(くず)(しろ) 人間(ひとま)って名前があるし……」

ご主人様(マスター)ご主人様(マスター)です」


 即答されてしまった。いやだからマスターってホントなんなの。

 俺は地球再生を目的とした師匠でもないし、バーとか営んでないよ?

 そんな満面の笑顔見せられても反応に困る。


「なんで俺がマスターなの?」

「あなたが人間だからです」

「……それじゃ、人間であれば誰でもいいってこと?」

「いいえ、あなただからです」


 えっと、何一つ理由がわからない。

 俺だからマスターってどんな理由だ。

 何がある? この少女は俺に何を求めている?

 裏を読もうにも俺自身がまだ混乱していてうまく頭が回らない。

 それでも何故か、この子は裏表がないと確信めいたものを自分で感じていた。


「俺が何を言っても言うことを聞くってこと?」

「はい。ご主人様(マスター)のご命令であれば」

「ふーん。じゃあ服を脱げって言っても?」

「はい。ご主人様(マスター)


 からかうつもりで言った冗談に、アニマは何の疑いもなく民族衣装のような衣服を脱ぎ始めた。

 他に音を発するものがないせいか、するすると布が擦れあう音がやけに大きく聞こえる。

 身を包んでいた布一枚を脱いだことにより、アニマが下着だけの姿になった。

 ヒューマノイドでも下着つけるんだ、とどうでもいい感想を思いつつぼけっとそれを眺めていると、アニマの細い指がその下着まで脱ぎだそうと動いた。

 新雪のような透明感のある美しい真っ白な肌に鼻の下を伸ばしていた俺もこれはまずいと慌てて止めに入った。


「どうかしましたか?」

「どうしたもこうしたもホントに脱ぐとは思わんだろ普通⁉」

「私はご主人様(マスター)の所有物です。ご主人様(マスター)のお好きなようにお使い(・・・)ください」


 どくん、と心臓が高鳴った。思わず喉を鳴らしてしまう。

 アニマは使う(・・)の意味を間違いなく分かって言っている。それが当然だ、と言わんばかりに。

 俺だって男だ。こんな美少女に誘われれば断る理由は何一つない。

 アニマは下着姿のまま、じっとこちらを見つめていた。主人の命令を待つ、従順な下僕の如く。

 スイッチが入ってしまった。こうなってしまえば止められる術はない。


「……絶対に逆らわないんだな?」

「はい」


 念を押すように聞くと、アニマは即答で首を縦に振る。

 胸の中で劣情が首を擡げた。

 にやっ……と自分でも下衆な顔で笑っていると自覚出来た。

 ならば、お言葉に甘えて使わせて(・・・・)もらうだけだ。

 何も言葉を発することなく、微笑を浮かべて見つめてくるアニマの肩を抱き、硬い天板のベッドへとその身を押し倒した。


「出来れば、優しくしてくれると、嬉しいです」

「……保証はしかねます」


           ◇


 本来であれば一服したいところだがタバコがない。なので我慢する。

 ぼけーっと天井を眺めて心地良い疲労感に浸っていると、隣でもぞりと動く気配がした。


「何か考え事ですか? ご主人様(マスター)

「とりあえず……マスターってのはやめてくれ。人間でいい」


 動いた拍子にずり落ちた毛布をかけ直しつつ、苦笑する。

 マスターと呼ばれるのはどうにも居心地が悪い。アニマにとってはそう呼ぶに足る何かがあるのだろうが、俺にはわからない。


「はい、ご主人様(マスター)

「おい。言ってるそばから言ってる言ってる」


 普通に接して欲しいと言う気持ちを伝えると、アニマは横になった状態でこくりと首肯し、微笑みを浮かべた。

 しかしきちんと伝わっていなかったのか、言ってるそばからマスター呼ばわりされてしまう。

 すかさず突っ込みを入れると、漸くそのことに気付いたのかあっ、と短い声を上げて恥ずかしそうに毛布を頭まですっぽり被ってしまった。

 なにこれ可愛い。うちに欲しいよこの子。

 うちってもうこの時代にないか。


「では、ヒトマ様とお呼び致します」

「様って……まぁいいや。アニマも……その……ヒューマノイドって奴なのか?」


 事に及んでおいて良くも言えるとは思うが、肌で感じたからこそ浮かんだ疑問だった。

 アニマが半機械生命体であるのは理解したが、触れてみればみるほど人間と大差ないと感じた。

 めちゃくちゃ気持ちよかったし、何よりアニマの声がでかかった。

 男冥利に尽きると言うものだが、俺の思っていたものと全く違うものだった。

 触れれば暖かいし、ちゃんと心臓の音も聞こえる。何より女性特有の甘い匂いが仄かに漂うのだ。

 

 機械みたいに全く無反応かと思えばその真逆。過敏とも言える反応を俺に示してくれた。

 そのせいで火が着いちゃって4回戦もしちゃったんだけどね。腰の痛みが尋常じゃない。

 あと耳が弱いってわかった。今どうでもいいよね。


「はい。正確には欠陥品ですが」

「欠陥品?」

 

 首を傾げる。どこに欠陥があると言うのか。

 五体満足。反応や良し。おっぱいも良し。じゃなくて。

 アニマを見るにどこか欠陥があるように見えない。

 訝るようにじっと見つめていると、アニマが身を起こそうとしたのでやんわりと押し留める。今動くと見えるから。

 そのままでいいと態度で示すと、アニマは不思議そうに目を丸くさせていたが、意図を読み取ってくれたようでそのままの態勢で話し始めた。


「ヒトマ様にはヒューマノイドがどういったものであるかをまずご理解していただく必要がありますね。お話してもよろしいですか?」

「あ、うん」


 やっぱりこの低姿勢には慣れない。こっちの機嫌を伺うような言い回しはどうにも苦手だ。

 長年の下っ端根性が染み付いていることを確認すると情けなくなってくる。

 アニマの話によると、ヒューマノイドと言うものは階級、ないしランク付けのようなものが存在するらしい。

 アニマたちにとって命を人工的に造ると言う行為は当然、と言うより常識として成り立っており、この世界に存在するヒューマノイドは全て組織の管理下の下生み出される。

 生み出されたヒューマノイドの品質―――つまりランクは心臓となるコア、『神の雫』の純度によって変化する。

 

 『神の雫』とは隕石から精製されたこの世界において必要不可欠とも言えるもの。

 『神の雫』は人間で言う心臓の役割を果たし、汚染された大地の空気、有毒な物質を解毒、浄化する役割も持っている。

 それどころか大気中の水分、日光、月光を取り込んで動力としているため、食事、睡眠、排泄などの必要がない。これには個体差があるらしいが。

 そんなヒューマノイドの繁殖だが、男性型と女性型という概念が存在しながらも性交による生命が誕生することは1%にも満たないと言う。

 そもそもヒューマノイドのほとんどが感情の起伏に乏しく、機械人形マテリアルと言う天敵を滅ぼす、と言う目的しか持たず生きている。


 中には娯楽などに興じる『変わり者』もいるらしいが、残念ながらアニマもそこまでの情報は持っていなかった。

 ではどうやって繁殖しているのかと言うと、『天廻炉てんかいろ』と言う特別な装置によって生命が誕生する。

 『神の雫』は成体に組み込むことが出来ない。

 度重なる実験の結果、成体が『神の雫』を取り込んだ場合肉体が変化に耐え切れず殆どが死亡する。運良く生き残ったとしても機械人形マテリアル化してしまうため、胎児の段階で組み込むことで、肉体がヒューマノイドとしての進化に耐えられる絶対条件として今もそれが続いている。


 妊娠と言うものが皆無の今の世界で、繁殖を行うには『天廻炉てんかいろ』内に自身の細胞と『神の雫』を入れて融合させることで新たな生命としてこの世に生を受ける。

 『神の雫』は特別なものらしく、複製……つまりコピーは容易だが一から作るのは不可能とされている。

 更に複製を重ねる事によって1を2に分けることが可能なのだが、複製した『神の雫』は回数を重ねるごとに劣化していく。

 劣化が進んでいけばその『神の雫』を持つヒューマノイドは感情が皆無に等しく、ヒューマノイドであればどの個体も持つ特質スキルが失われてしまう。

 それだけならまだ良い方で、最悪の場合機械人形マテリアル化して牙を剥くとケースもあり得るため、過度の複製はせずに転生を行う場合が殆どだと言う。


 複製がコピーだとすれば、転生は上書き。

 外見や特質スキルをそのまま引き継いで新たな命として生まれ変わるのだが、ヒューマノイドの寿命は人間より遥かに長いため器……つまり肉体の損傷が激しい場合以外に転生や複製が行われることがない。

 アニマの言う欠陥品とはこの複製とアニマを造った組織が大きく関係している。

 生命を造ると言うことにも抵抗を覚えるというのに、組織―――つまり数ある会社が作り上げた言わば部品のようなものだとアニマは言っていた。


 ヒューマノイドには全個体共通で型番―――コードと呼ばれるものが存在する。

 アニマはFGD-TD1025。これが少しややこしくなるが、どうか聞いて欲しい。

 Fはランクを示し、S〜Fまであり、C以上が機械人形マテリアルとの戦闘に使われる兵器として認定され、曰く『良い生活』が出来るそうだ。

 Gはその個体のタイプを示す。これもかなり細かく分類されるらしいが長くなるので割愛。大きく分けられた3つのタイプを説明する。

 Attacker、Guardian、Supporterの3タイプ。それはそのままの意味で攻撃者、守護者、支援者。

 アニマは守護者、つまり守りに長けた戦闘が得意、と言うことになる。

 

 Dだが、これはどこの組織が製造したかと言う管理するための記号。

 しかし粗悪品、と呼ばれるものにはメーカーの名前すら刻まれず、アニマのようにDefective《欠陥品》と言う烙印が刻まれる。

 TはType。この後に続くDに関係するものだが、それはランクの高いものに付けられる一種の称号のようなもの。

 Type Disaster。厄災を意味するこの単語はアニマがどこで製造されたかも不明、と言う点から来ている。

 ヒューマノイドは組織がこぞって生産しており、所謂有名ブランドである組織が製造したものほど品質が高い。


 逆にどこの組織が製造したかも分からないものはDisasterと一括りに称され、欠陥品、ないし粗悪品としてゴミ同様の扱いを受ける。

 アニマはFランクであり、Disaster。この世界で生きるにはあまりに過酷な身分だった。

 

「―――何かわからないことはありますか?」

「あ、いや、ヒューマノイドがどういうものかはわかった。だけど―――」


 アニマの声でハッと我に返る。どうやら思考の世界に入り込んでいたらしい。

 言いながら指先で少女の頬にそっと触れる。

 この温もりも、指先から伝わる柔らかな感触も全部作り物だと言うことが信じられない。

 ふにふにと柔らかほっぺを突っついていると、アニマがくすりと小さく笑った。

 その仕草はどう見ても人間としか見えなかった。


「人とそう大差はありません。心臓が神の雫であるかどうか、というだけです」

「そう、だよな。人と変わらないんだよな……確かにめちゃくちゃ気持ちよかったし……」

「…………気に入って頂けたなら、嬉しい、です」


 先程まで事に及んでいたことを思い出し、ついだらしなく顔が緩んでしまう。

 いかん静まれ俺のマイサン。

 荒ぶる土地神へと祈りを捧げ、怒りを鎮めようと努めているとアニマが消え入りそうな声でぽしょぽしょと呟き、恥ずかしいのかまた毛布をすっぽり被ってしまった。

 そんなに照れられるとこっちまで恥ずかしくなる。いいトシしたおっさんが青春ラブコメって誰得だよホント。

 笑いながらぽんぽん、とアニマの頭を軽く叩きつつ撫で回す。指触りが超心地いい。すっげーサラサラふわふわなのこの子。


「ヒトマ様は、胸がお好きなのですか?」

「ぶへぁっ⁉」


 アニマの髪の毛の感触を楽しみつつ撫で続けていると、毛布からちょこんと顔を出したアニマがとんでもないことを聞いてきた。

 思わず気持ち悪い咳込み方をしてしまう。げっほごほ咳込み出した俺を見てアニマが慌てて身を起こそうとするが、片手でなんとか制する。


「先ほどの性交の時もそうですし、最初に出会った時も私の胸をずっと見ていたので、お好きなのかと」

「えっと、うん、スキデス……」


 うわぁ、真顔で直球投げてくるねこの子。性交って女の子が軽々しく言う言葉じゃないと思うぞオジサン。しかも見てたのバレバレだし。

 いや、男の子なら誰しもが好きだと言い訳させて。面と向かって言われてこっ恥ずかしくなった俺はアニマから顔を逸らし、誤魔化すように笑った。


「私でよければ、いつでもお使いください。ヒトマ様がそれでご満足するなら、私は嬉しいです」

「……さっきも聞いたけど、俺がマスターなのか教えてくれない? 俺が人間で俺が俺だからって理由じゃないんでしょ? 自分で何言ってるかさっぱりだけど」


 笑顔でそう言ってくるアニマからは裏があると感じ取れない。

 まっすぐ目を見つめて本心からそう望んでいる、と訴えかける無垢な瞳は邪念というものが存在しないかのように透明だった。

 だからか、自然と自分から踏み込んでいた。

 決して超える事の許さない境界線を、自らの足で踏み越えた。

 そうすることでどうなるか、嫌と言う程思い知った。


 傷つくのも傷つけるのももう御免だと、人に対して一定の線引きをするようになった。

 上辺だけの付き合いしか残らなかった。それでも、あんな思いをするより何倍もマシだと思えた。

 俺は臆病で人間のクズだ。今だってアニマの好意に甘えて肉体関係まで持ってしまった。

 だけど、この子は違う(・・)。今までとは何かが違う(・・)

 無意識にそう感じたから超えることのなかった境界線をあっさりと超えたんだろうと思う。


「どこか懐かしいのです」


 アニマは心までも魅了するような、そんな魔性の力を持った微笑みを浮かべる。


「ヒトマ様といると、安心するんです。私にも良くわからないんですけど、こう、胸の奥がほわぁっと」

「ぷっ」


 目を閉じ、毛布の上から両手でそっと胸を押さえるアニマ。

 何故か吹き出してしまった。なんでそこで笑ったかも正直良くわからない。

 ただ、アニマが言った言葉が何故か無性に面白かった。


「ど、どうして笑うんですか!」


 当然笑われたアニマはぷくっと頬を膨らまし、抗議の声をあげる。

 ごめんごめんと笑いを噛み殺しつつ謝罪するも、説得力がまるでなかったようでアニマはむーっとふくれっ面のまま非難の目を向け続けた。

 俺は多分、穏やかな顔だったんじゃないかと思う。アニマの前だと、何故か落ち着く。

 それがなんと言うのかはわからない。だけど、落ち着く。

 へそを曲げた子供を宥めるように、よしよしとアニマの頭を撫でてやる。


「正直わかんないことだらけだけど、一つわかった事があるよ」


 相変わらずふくれっ面のままだが、気持ちよさそうに目を細めているところを見ると満更でもないらしい。

 

「アニマはちゃんと感情がある。作られた命なんかじゃないって、そう思うよ。俺はね」


 梳くように撫でつつ、言葉を続ける。アニマのふくれっ面が徐々に綻び始め、綺麗な面持ちに大輪の華を咲かせる。


「よし、決めた」


 その笑顔を見て、心に決めた。我ながら単純だとは思う。

 だけど、俺にはそれだけでも十分な理由になるのだ。


「アニマ、君が俺の生きる意味をくれ。なにもない世界で生きていくための、たった一つの理由になってくれ」

「はい。人間ひとま様」


 こうして俺は、終わったはずの星で生きることを決意した。

 この先にどんな困難が待ち構えているのかも知らずに、目の前の少女に光を見出した。


「あ、も、もっかいしていい?」

「あ、えっと、は、はい」


 先々に何があるかはいまこの瞬間を持ってしても分からない。

 だけど、確かな温もりと甘い匂いに誘われて、俺は彼女を求めて微睡みに溺れていった。

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