第3話 謎の光
『ルーチェを泣かせるなんて俺は許さない。だから村に帰ろうと逃げ出したんだ。』
俺はこんなルーチェを見てはいられなかった。
『なんて酷い話かしら。ルーチェがかわいそうだわ。』
ミーアもプンプン怒り出した。
「政にルーチェを利用するなんてあんまりだわ!陛下がそんな人だったなんて知らなかったわ。
大丈夫よルーチェ。私はいつだってあなたの味方なんだから。」
ケイトも怒り心頭で力強くそう言った。
しかしアルクは違った。
2人から少し離れた場所からルーチェの話を聞いて大きな誤解が生じている事を感じていた。
何度かルーチェが逃げ出したという話は侍女達から聞いていた。
それは単に礼儀作法やダンスの講習が厳しくて逃げ出した程度に軽く考えていたのだ。
しかしそんな事もすぐに慣れる。時間が解決してくれるだろうと思っていた。
ルーチェがこんなに思い詰めているとはまったく知らなかった。
ここにきてもっと気配りすべきだったと後悔する。
なぜならアルクは幼き頃からずっと一緒だった陛下を誰より一番知っている。
ルーチェに出会ってからの陛下は変わった。
それまでの陛下はアルク以外には隙など見せた事などないほどいつも張り詰めた緊張感に包まれていた。
とげとげしい態度の裏にどこか孤独で寂しげな表情が見て取れた。
そんな陛下がルーチェの前では子供の頃に見た様な本当の笑顔を見せる。
穏やかで優しげなあんな表情はアルクですら忘れるほど長いこと見せた事はなかった。
陛下はいつだってルーチェの事を一番に考えていたんだ。
至高の魔女の正体を伏せたのも陛下がルーチェの為を思ってのことだ。
「ルーチェが至高の魔女である事を公にすれば、もはや今までの生活は出来ないだろう。
いずれはしかたないとしても、今しばらくの自由を与えてやれないものだろうか。」
そんな事を陛下は俺とタジン様に相談してきた。
幼い頃から自由のない生活を強いられた陛下ならではのささやかな思いやりだ。
俺とタジン様は頭を絞って考えた。
至高の魔女様は誰にも会う事なく神殿の奥深くに住まわれている事にしようと決めた。
あれだけの魔力を使われた至高の魔女様だ。回復と世界の平和という大きな祈願をかけているのだと世間に信じさせた。
そうやって至高の魔女様の披露を延ばしてきたが、もはや限界が来ていた。
そろそろルーチェを至高の魔女として披露してもいいかと何度も許しを求めたが陛下は首を縦に振らなかった。
公にしてしまうとたちまち邪な奴らが寄ってくるのが判っているからだ。
「ルーチェは至高の魔女としてではなく私の正妃として披露する。そうすれば直接ルーチェに会いに来る輩はいないだろう。
いちいち私を通さねばならないからな。ルーチェは私が守る。」
そう言った陛下の瞳は真剣だった。一辺の陰りもなく愛する人を守り抜くという決意が見えた。
そんな陛下が至高の魔女の信仰を利用しようとする訳がない。
「ルーチェの逃亡を助けるわ。私なら城内のことも詳しいからきっとうまくいくわ。」
『私もいろいろ抜け道を知っているから大丈夫よ。』
『そうか!俺達より前に1年もこっちで暮らしてるんだもんな。』
「この指輪をルドに返さなきゃ・・・」
ルーチェは左指に嵌められた指輪をはずしてテーブルの上に置いた。
アルクがいろんな事を考えてる間にどんどんと悪い方向に進んでいた。
「ち・・ちょっと待ってください。とんでもない誤解ですって・・・
今陛下の護衛をさせてたキースに連絡しましたから陛下はすぐに来ます。ですからよく話し合って・・・」
あわてたアルクがすべてを言い終わらないうちに、いきなりその隣にルドルフが現れた。
ルドルフは謁見の途中であったが、キースからの連絡を受けたとたんに瞬間移動で消えたのであった。
1ヶ月も前から謁見の申し込みをしてようやくその時が来たと喜んでいたのに突然陛下が消えたのだ。
城壁の改修工事を一手に任せて貰えるよう願い出るつもりだった貴族は慌て慄いた。
その利権で一儲けしようと目論んでいたのがバレのか?それとも何か陛下のお気に障るような事をしてしまったのか・・・
真っ青になってその場に倒れこんでしまったようだ。非常に気の毒な事である。
現れてすぐルドルフはルーチェの元に駆け寄る。
少し遅れて現れたサリーとキースはそっと控えてその様子を見守った。
立ち上がって何か言いかけたケイトをアルクは引きずる様にして部屋の隅にある書籍の棚の側に連れて行く。
「大丈夫ですから。二人っきりで話し合えば誤解はきっと解けますから、私達は仕事の続きを・・・」
「だって・・陛下ったら・・・・」
ブツブツと文句を言いながらもケイトはしぶしぶ書籍に向かう。
アルクもケイトを手伝う為に古い書籍を探し始めた。
ルーチェは涙で潤んだ瞳でルドルフを見上げた。
側にあるテーブルの上にはあの時、確かに左指に嵌めたはずの指輪がある。
「ルーチェ・・・どうして?」
ルドルフは戸惑った。
はずされた指輪にも、ルーチェが泣いている事にもショックを受けた。
まさか私との婚礼が嫌になったのだろうか?
婚礼を前に浮かれていたのは自分だけだったのか・・・・
もしかして自分の気持ちを押し付けただけで、ルーチェにしてみれば皇帝の命として断れなかっただけかもしれない。
それともこの2年の間に他に好きな人でもいたのだろうか・・・・
そんな事を考えたルドルフは言葉に詰った。
黙って立ち尽くすルドルフに、ルーチェはテーブルの上の指輪を掴むと差し出した。
「これをお返しします。どうか私を自由にして・・・」
「・・・・・・・!」
・・・・撃沈だった。
差し出された指輪をルドルフは思わず振り払った。
振り払われた指輪はルーチェの手を離れ床に落ちてしまった。
そしてコロコロと跳ねるように転がって積み上げてあった家具の方へ転がった。
指輪は積まれた椅子に無造作に立掛けられた等身大の鏡の前で止まった。
俺は指輪を追ってなんとか口に咥えて拾いあげた。鏡には指輪を咥えた俺が映り、指輪はキラリと輝いた。
俺はルーチェの元に駆け寄り指輪を渡そうとしたがルーチェは受け取らない。
両手で顔を覆って泣きながらルーチェは言った。
「このまま・・どこか遠くに消えてしまいたい。」
一方少し離れた書籍の棚の前では、ケイトとアルクがひそひそと話しをしていた。
「ねえ・・あの二人本当に大丈夫なのかしら?やっぱり私が・・・」
「あ・・・ああ、こんなところに古そうな書籍が!ほらこれなんか、かなり古そうですよ。」
ともすれば二人のところに行こうとするケイトを止める為にアルクはとりあえず棚の上の方にあった書籍を一冊ケイトの前に差し出した。適当に選んだものだった。
「あら・・・本当にこれは古いわ。中身は古代語よ。なんて書いてあるのかしら・・・
えっと・・・アダブラ・・カム・・スライズ・・・イエーネ」
受け取ったケイトはパラパラとその書籍を開いて、古代語で書かれているものを読みはじめた。
その時だった。
ピカッ!
さっきの鏡から突然強い光が放たれた。
それは部屋中を照らし俺達は眩しくて目を開けてはいられなかった。
「なんだ?この光は!」
全員がそう思ったが光はあまりにも眩しくて皆目を覆ったのだった。