第2話 本当の理由
いたずらを見咎められた子供のようにバツの悪い思いで俺とルーチェはそこに佇んでいた。
ケイトはそんな事にはおかまいなしに駆け寄って来た。
「うわぁ~!ルーチェとってもステキよ。見違えちゃった!よく似合ってるわ。」
キラキラと瞳を輝かせてルーチェの姿を上から下まで見回しながらそう言った。
やはり女性はウェディングドレスには目がないようだ。
「ルーチェ様・・・・・またですか?いいかげんに覚悟を決められてはいかがですか。」
アルクは呆れたような顔をして言った。
「ちょっと待ってアルクさん。ルーチェがそれほど婚礼が嫌ならば、私はルーチェの味方よ。
そんな無理強いは許されなくてよ!」
ケイトはルーチェを庇うようにアルクの前に立ちふさがった。
「し・・しかしケイトさん。これはもう決まった事で・・・・今更取り消しは不可能ですから。」
いきなりケイトから敵意を向けられたアルクは困ったように説明しようとした。
「そんな融通の利かない人は嫌いだわ。さあルーチェ行きましょう。」
ケイトはルーチェの手を取ってさっさと奥の部屋へと連れて行った。
「そんな~・・・ケイトさん。待ってくださいよ。」
アルクは情けない声を出してあたふたと付いて行く。
奥の部屋も倉庫のようになってはいるが、中央あたりは荷物が退けられていてそのかわり小さなテーブルとイスが設置されていた。
ケイトはルーチェをそこへ案内して座らせると自分もその前の椅子に腰掛けた。
アルクは近寄れない雰囲気を感じて遠巻きに二人の様子を見ていた。
「さあ、ゆっくり話しを聞くわ。」
「ケイトとアルクさんは私を捕まえに来たんじゃないの?」
「とんでもない!私達はお父様の手伝いでこの部屋に用があって来てたの。
ここは王家の古い道具や書籍が保管されている部屋なのよ。まあ王家の博物館みたいなものね。
ほら、お父様が調査している古い日記帳が見付かったのもこの部屋なのよ。
それであの当時の物が他にも何かあるかもしれないと探しているのよ。
アルクさんは仕事の合間を縫ってこうやって時々私を手伝ってくれているの」
『おいおい・・・アルクは仕事の合間を縫ってじゃなく、仕事を抜け出しての間違いじゃないのか?』
俺はミーアに話しかけた。
『まあね。しかも時々じゃなくて、しょっちゅうだわ。まったく呆れるわね。
まあ女どうしの話をじゃましちゃダメよ。』
ミーアも二人の話に興味津々のようである。
「どうして婚礼が嫌なの?陛下のこと好きじゃなかったの?それとも王妃の重責が原因かしら?」
「もちろんルドのことは好きだわ。王妃の責任も私には重過ぎるのだけど・・・・
それでも一度は覚悟もしたのよ。」
ルーチェは俯いて左指に嵌められた指輪を見詰めた。
凝ったデザインの台の真ん中にルドルフの瞳と同じ色の大きなブルーサファイアが輝いていた。
そうなのだ。ルーチェは帝都に着いてすぐ、ルドルフと会って正式にプロポーズを受けたのだ。
出会った時はまだまだ子供だった為、当時のルドルフへの気持ちはよく理解してはいなかったがあれから2年の歳月が流れた。
少し大人になったルーチェにはそれが恋心である事が今でははっきりと判っているのだ。
なぜなら、あれからずっとルドルフと過ごした帝都のことが忘れられなかったからだ。
なにかとルドルフの笑顔が浮かんでボーっとしたり、寝る前には帝都の方向に向かっておやすみと呟いてみたりと、この症状が恋であると気づくのに時間は掛からなかった。
「ルーチェずっと会いたかったよ。でも皇帝の務めを立派に果たせる様になるまではと我慢していたんだ。
やっと迎えることが出来た。どうか王妃となってずっと私の側にいて欲しい。」
2年間、恋焦がれたその瞳。その声で囁かれた時ルーチェは嬉しかった。
ルドルフの言葉を信じてコクコクと頷くだけしか出来なかった。
その時ルドルフから送られた指輪であった。
大きな宝石の重みと同時に王妃としての重責も自覚したのである。
それからというものルーチェは頑張った。
ダンスのレッスンに行儀作法、王家の歴史やしきたりなども夜遅くまで勉強した。
なのにあの日、自分が王妃になる事の本当の理由を聞いてしまったのだ。
ルーチェは気分転換の為に中庭へ出て花の香りを楽しんでいた。
そこはルーチェがカボチャと奮戦した馴染みのある庭だ。皇族とその来訪者しか立ち入ることは出来ない。
ふと気付くと人の話し声が聞こえてきた。男性が2人で立ち話をしているようだ。
しゃがみ込んでめずらしい花々を観ていたので相手はルーチェに気付かず近づいて来たのだろう。
小柄なルーチェは花の垣根にすっぽりと隠れてしまう。
ルーチェは挨拶をしなければと焦ったが、その時はまだ皇族への正式な挨拶の仕方を学んではいなかった。
躊躇した結果タイミングを逃してしまい立ち上がる事が出来なくなってしまったのだ。
しかたなくそのまま相手が通り過ぎるのを待つことにしたルーチェだった。
その時聞こえてきた2人の会話にルーチェは固まった。
「陛下も本当にうまくやりましたなぁ。まさか至高の魔女様を正妃に迎えるとは・・・」
「誠にもってその通りですな。あれだけ沢山の縁談があったのですからな。
他国の姫や貴族の娘、皇族からも確か何名かの姫君の名が挙がっておりましたな。」
「これほど派閥や利権などの思惑が入り組んでいては、誰を選んでも大揉めとなっていたのは間違いないはずでしたな。
それが相手が至高の魔女様となると誰一人反対出来る者などおりませんからなぁ。」
「それはそうですよ。なんと言っても至高の魔女様は我等の救世主。意を唱える者等あろうはずはありません。
民の人心を一身に受けて、信仰のシンボルとなっておられるのですからな。」
「しかしながら、あれから至高の魔女様は神殿に篭ったまま一度も姿を現す事もないですからな。
心身と魔法の回復の為、それからこの世界の平和を祈願する修行に篭られたと聞くが2年は長すぎる。」
「そろそろ人々も限界がきておりましたからな。
一目だけでも拝顔させて欲しいと神殿には毎日山ほどの懇願があるらしいですな。」
「会えないと分かっていても連日、神殿には大勢の人々が詰め掛けておりますからなぁ。
最近では神殿の力がどんどん大きくなって、このままでは王家の尊厳が損なわれるとの噂もちらほら聞くようにまで・・・」
「そんな事になっては民の心が王家と神殿の2つに別れてしまって統制がとれなくなりますぞ。
なるほど、それで陛下は至高の魔女様を正妃に・・・・」
「ほんに陛下は策士であられる。至高の魔女様を王家に取り込んでしまえば人心はまた王家一つに注がれることになりましょう。まったくめでたい事ですな。」
「まったく一石二鳥とはこの事ですな。王妃問題と神殿の問題を一挙に解決してしまわれるとは・・・・
陛下はお若いがなかなかのやり手ですな。」
どうやら皇族であるらしき2人はルーチェに気付かぬまま通り過ぎて行った。
この時ルーチェは初めて本当の理由を知ったのだ。
2年間思い続けた相手、ルドルフも同じ気持ちだ等と思ったのは思いあがりもいいところだ。
環境もまったく違うルドルフ。華やかな世界で周りには美しい姫君もいっぱいいるのだ。
こんな垢抜けない田舎娘等、思い続ける訳もない。
ルドルフが必要としたのは至高の女神の信仰。民の心なのだ。
単なる政の一つの解決策でしかないのだ。
冷静に考えれば分かるはずだ。そうでなければ2年間ほったらかしのはずはない。
もし至高の魔女でなかったら、ただのルーチェなどは用なしだ。
決して愛された訳ではない事を実感する。
それでもいいからルドルフの役に立つなら側にいたいと思う気持ち。
満たされぬ思いで毎日顔を見る事の辛さを思うといっそ遠くに消えてしまいたい。
相反する2つの思いに揺れるルーチェだった。
凍りついたルーチェの心が音をたてて軋む。
ぽつりぽつりと話すルーチェの瞳からは大粒の涙がポロリとこぼれた。




