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にわか雨時にティータイムを

「ねぇ、知ってる」


「何?」


「例の噂」


 カランコロンと馴染み深く奏でる音色が遮って、


「それってさっき入口で見た」

「違うの。実はね」


 意識か無意識か、


「あの女の人の席に――」

「えっ⁉︎」


 本題から逃げるようにして聞き耳を立てていた。


「しっ、静かにしなよ、お店の中だよ」


 はぁ。


 慎ましやかな育ちを教わらずに生きてきたガールズトークのワントーン上昇を他所に僕は舞い戻る。


 今、絶賛夫婦喧嘩ならぬ恋人論争の真っ盛りに。


「……」


 おまけに傍らには飲食店でタブー視されてきた、焦茶が象徴的な三毛猫様がのさばってらっしゃる。


 毛並みの綺麗さだけでは、カバーしきれないぞ。

 それとなぁ、モカよ。


「ちょっと席を外してはくれないか」


 限りなく小さめな言霊を風に乗せ、毛が波打つ。


 も、


 もちのロンとは行かず、満ちた食器の並ぶ飯台で、死んだように眠りこけた彼には届かないのだろう。


 参ったなぁ、こんな時に。


 彼女も彼女で普段ははしたないと頼り甲斐ある歯で支えすらしないストローを噛んでおられる。こりゃ、何方も窓辺の特等席を譲る訳にはいかなそうで。


 時間が解決してくれるのを待つしかないな。噎せ返るくらいに漂ってる重っ苦しい沈黙とともにね。


 ここで一旦、間を置き、


 今は沈みきった頬杖で喧嘩日和の曇天が災いして休職中の窓を眺めていた。心地よくぶつかるつぶさな雨音と幾重もの雫がしめやかに滴り落ちていく。


 同じく彼女もお空には大変、興味津々なご様子。


 その綺麗な姿はいつ見ても惚れ惚れするけれど、今も口を開けてくれるのは、アイスクリームの重圧に耐えられなくなった憐れな氷たちの砕けていく、バニラ味のメロンソーダを吸い上げるときだけだ。


 いつしかのと酷似する衣服を汚さぬよう流麗な所作で、落ちそうな無病息災のお守りも握りしめて。


 よくこんな所にまで。あれ、でも確か。記憶が。うーん、どうも低気圧で今日の海馬は調子が悪い。


 悩みの種を持つ人並みに額に手を流し、真似事に浸っていると淡い氷山の一角が音を立てて崩れた。


「⁉︎」


 ふと視線を鋭く泳がせた。


 僕のカラスみたいな黒髪の毛先一本でさえ、溶けたバニラアイスでグラス越しに何も写しやしない。


 どこかというか完全に上の空な君とじゃ今はまだ、噛み合いそうにないし、「そろそろ行こうか」


 に対するアンサーは、


「すみません」


「はい」


 マスター呼んでの新たな注文ですか。


 更には今までで一番高いプリンアラモードを大将に据えてきた。


 こりゃ余程、怒っているんだな。


 そして、遂に僕の方から釈明の意志を示そうと、


「この前は、ほんと――」


 瞬間的に、


「あと」

 僕の大好きな「たまごサンドも」が唱えられた。


 嫌がらせのつもりだろうか。嫌々そんなまさか。


 運悪く誕生日に会えなかったからって怒るなよ、ちゃんとプレゼントも用意していたし、謝罪の意を込めて新しいのも。――何処にやったかな、あれ。


 若年性を疑っていたらお相手、スマホに釘付け。


 人様の前では仕舞うのが常識と謳っていたのに、遠回しに醜い化け物呼ばわりかい。


 あーあ。


 僕の中で最大の印象付けとなる記憶は、きっとこの大量の紙の束を見て尚、単独挑むお会計だろう。


 いっそ、このまま雨宿りを止めるのも。


 外は真っ白なカーテンを挟んでも、夜明けさながら水縹なーる空色が迎え、霧雨が数多の雑音を呑み込んで清濁な水がぼやけた窓を静かに叩いている。


 静寂とは程遠いものの、おうちの煩わしい喧騒にそっと耳を塞いでくれる。そんな不思議な感覚だ。


 絶世の日本晴れの誤報を見聞きしても肩を寄せ合わせた僕らの傘を横目に、店先の手向けの花束が。


 うつらうつらと微睡んだ眼を、モカの尻尾振りが切り払らうかのように醒まして現状に駆り出した。


 思えば彼女、依未(えま)と、それにモカとも出逢ったのは此処だったか。

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