09 戦場に現れた黒き魔王
――――ついに、人族と魔族の運命を懸けた一戦が始まろうとしていた。
魔族との戦争が始まって以来、一度として動かなかったギルブット共和国・パーツム領の前線は、聖女皇セーラの活躍と、稀代の名将と称されるランドルフ皇国の皇太子アイオスの采配により、ついに魔族領の奥深くまで押し進められていた。
今回の戦争でも、総大将として軍を率いるのはアイオス。その傍らには、人族最強の矛であり、最硬の盾とも謳われるセーラが控えていた。
世界各国から集結した連合軍の兵たちは、今回も二人の活躍によって勝利がもたらされると信じて疑わなかった。そして、これまでの戦争をも凌ぐ魔族の大軍を前に、なお悠然と立つ二人の姿に、彼らは羨望の眼差しを向けるのだった。
「……なかなか、壮観ですね、アイオス殿下」
「ああ、そうだな、セーラ。今回も変身するのか?」
「……まぁ、魔王相手に魔法は通りが悪いので。拳に反魔族粒子を込めて叩き込んだほうが確実ですから」
軍の先頭に立つ二人は、兵たちに「重要な打ち合わせがある」と告げて距離を取り、誰にも聞かれないよう密かに会話を交わし始めた。その内容は、人族と魔族の双方にとって最大の脅威とされる魔女について、あるいはセーラ自身が名乗る魔法少女についてのものだった。
「そうか……まあ、これで最後の見納めだと思うと、少し寂しい気もするが」
「……ええ、そうですね。結局、アイオス殿下は一度も変身してくれませんでしたし……」
「まあ、確かに約束はしていたが、結局、一度も危険な目に遭わなかったんだから、助っ人が出る幕もなかっただろう?」
セーラは隣に立つアイオスを半目で睨み、「別に、危機に駆けつける演出なんて期待してません」とぼそりと呟きながら、彼の胸元にかかるクロスの首飾りをじっと見つめる。その視線に気づいたアイオスは、慌てて首飾りを服の中にしまい込み、「絶対にそんな演出なんかしないぞ」と心の中で固く誓った。
もちろん、アイオスの心を読んだわけではないのだろうが、セーラは彼の反応を見て、ため息まじりに肩を落とし、誰にともなくぼやく。
「……もう、いいです。どうせ、この戦争が終われば、聖女なんて『対魔族用の必殺兵器』として用済みにされるんですから。そのあとは、母国のために有力な国の王族か、世界有数の大富豪にでも嫁ぐことになるでしょうね。……できれば、相手が私の趣味を理解できる人であることを願いますけど……」
セーラは、「旦那になる人は、ちゃんと演出してくれる方がいいんですけどね」と小さく呟き、この戦争が終わったら――その首飾りは返していただきます、とアイオスに告げた。その一言に、アイオスは何と返せばいいのか分からず、黙って服の上から首飾りに手を当てる。
たしかに、魔族の脅威が消え去れば、セーラたち聖女の役目も終わる。そして、弱小国であるセーラの母国は、最も価値が高まる終戦直後のタイミングを狙って、婚約者を募るに違いない。……なぜ、自分はそのことに気づけなかったのか、アイオスは、そのとき初めて、自分の楽観的な性格を恨んだ。
◆
なぜか急に沈んだ表情を見せるアイオス殿下に、何か声をかけたほうがいいのかと考える。……が、そもそも彼が何に落ち込んでいるのか分からない以上、何を言えばいいのかも分からない。戦の前にでも、何か傷んだものでも食べたのだろうか……。
私が仕方なく、聖魔法で殿下の腹痛でも治してあげようかと手をかざしかけた……そのとき、それまで沈黙を保っていた魔族の軍勢が、ついに進軍を開始した。
これまでの戦争とは明らかに異なる多様な種族で構成された魔族の「連合軍」は、異なる身体構造や歩幅にもかかわらず、驚くほど揃った行進を見せながら、ゆっくりと地響きを立てて進み出した。
私は慌ててアイオス殿下に状態異常回復魔法をかけ、目で「早く出陣の号令を」と訴える。私の顔を見た彼は、すぐさま音声拡張の魔道具を手に取り、全軍に向かって突撃を命じると、それに呼応して、人族側の兵たちも一斉に進軍を開始する。
さっきまで沈んだ顔をしていたアイオス殿下が、急に覇気のこもった大声で命令を下し始めたのを見て、私の魔法が効いたのだと分かり、ひとまず安堵の息をつく。そして、もう、次の戦争はないかもしれないが、念のために一言、釘を刺しておく。
「……アイオス殿下、貴方は大国の皇太子です。あまり、食い意地を張るのは、いかがなものかと……」
「ちょっと何を言っているのか分からないのだが……」
どうやら、アイオス殿下には私の言葉の意味が通じなかったらしい。もしくは、19歳にもなる大人が、戦の直前に腐ったものを食べて腹痛を起こしたなどという失態が恥ずかしく、とぼけているだけなのかもしれない。まぁ、正直なところ、私としては腹痛さえ治まって、ちゃんと指揮を執ってくれさえすればそれでよく、あえてそのあたりを深掘りする気にもならない。というか、そもそもそんなことに付き合っている暇ないし、面倒くさい。
「おい、何か失礼なことを考えないか?」
「……いいえ、何も……」
どうやら、まだ色々と聞かれそうな空気を感じた私は、これ以上会話を続けられる前に、さっさと特級の聖魔法を発動することにする。
「神々の領域 (パーフェクトワールド)」
私は進軍を始めた兵たちの前方を見据え、これから戦場となるであろう大地を選定すると、その一帯を神々が住まう神界へと書き換える。……女神たちが天を舞い、天使たちが祝福の歌を奏で、聖獣と神獣が光をまとうようにして並び立つ……。そんな、まさに伝説のオンパレードとでも言うべき荘厳な光景が広がる中、その中央では、最高闘神アポロ様が金色の玉座に腰かけ、ゆっくりと立ち上がりながら、こちらへ向かって突き進んでくる魔族の群れに鋭い視線を投げかけていた。
いきなり目の前に広がった神秘的な光景に、人族の兵たちは思わず足を止めかけ、進軍の速度が鈍りそうになる。だが、アイオス殿下がすかさず音声拡張の魔道具を手に取り、戦場全体に響き渡る声で激を飛ばした。
「恐れるな、我が勇敢なる兵たちよ! これは聖女皇セーラ殿が神に祈り、我らに授けられた奇跡だ! この祈りに応え、目前に迫る魔族どもを一掃せよ!」
殿下の激励に呼応するように、兵たちは雄叫びを上げ、再び魔族たちへと向かって走り出す。だが、それよりも早く、魔族の軍勢が『神々の領域』へと踏み込んだ。
いくら伝説に謳われる天使や女神たちといえど、強力な魔族の精鋭たちを相手に容易には討ち取ることができず、戦況は一進一退となる。しかし、人族の兵たちが次々と『神々の領域』に到達すると、ついに流れは大きく変わった。
人族の兵たちが合流したことで数の上でも優位に立ち、戦況は徐々に人族側の方へ傾いていく。さらに、兵の中でも特に高い魔力を有する者たちには、天使や女神、聖獣たちが次々と憑依し、地上に受肉する。
受肉を果たした聖なる存在たちは、宿した肉体を通じて圧倒的な力を振るい、魔族たちを一方的に蹂躙し始めた。
そして、『神々の領域』の中にしか本来存在できなかった聖なる者たちは、受肉によって現世に留まる資格を得たことで、領域の外へも躍り出て、そのまま魔族たちを激しく追い詰めていった。
「……なかなか壮観ですね、アイオス殿下」
「そうだな。このままいけば、お前の出番もないかもしれんぞ」
「……なら、いいんですが……。それより、最高闘神アポロ様が殿下をお待ちのようですよ」
私は、自らが作り出した『神々の領域』の中央に、ひときわ神々しい光を放ちながら座する最高闘神を指さし、この軍で、私を除けば最も高い魔力を持つアイオス殿下こそが、あの神の依り代にふさわしいと申し出る。
「……いや、全軍の指揮官が最前線に出るのは、どうかと思うぞ」
「……いや、いや。これが最後の戦いになるかもしれないので、最後は派手にいきましょう」
嫌そうな顔をしたアイオス殿下を見て、私はひとつ溜息をつき、大袈裟に肩を落としながら、しんみりと呟く。
「……結局、殿下は、私との約束を守ってくださいませんでしたね」
その言葉に、アイオス殿下も同じように深い溜息をつき、後方に控える部下たちに向かって声を張り上げた。
「おい、俺たちの前へ出るぞ! これが最後の戦いになるかもしれないんだ。手柄を上げる最後の機会だ、思う存分、暴れろ!」
アイオス殿下の号令に、部下たちは一斉に大声で応じ、そのまま『神々の領域』へと駆け出していった。そして、殿下自身も兵たちに続いて領域へと踏み込む。
その瞬間、中央の玉座に座していたアポロ様が深く頷き、静かに、しかし、確かな意志をもって、アイオス殿下と一体となった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
いよいよ最終決戦が始まりました!
ここからは怒涛の展開になりますので、どうぞお見逃しなく!
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他にも
・『転生忍者は忍べない』
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