02 聖女として生きる決意
「左翼、魔族に押されているぞ! すぐに体勢を立て直し、押し返せ!」
魔族領と隣接するギルブット共和国の西側にあるパーツム領は、人間と魔族の戦争の最前線となっており、今もなお戦火に包まれている。開戦からすでに三年が経過しているが、この戦線が大きく動いたことは一度もなく、両軍は決め手を欠いたまま、終わりなき消耗戦を続けていた。
「セーラ様、申し訳ありませんが、左翼部隊に神の加護をお授けいただけませんか?」
「分かりました。すぐに向かいます。護衛の方々は同行をお願いします」
最前線を指揮する、キリストロニフ聖王国の大将軍ゼビウスは、聖女セーラのもとに直接赴き、地面に片膝をついて臣下の礼をとると、劣勢となっている左翼への支援を要請した。
小さく頷いたセーラは、ゼビウスを立ち上がらせると、護衛の騎士たちを引き連れて、左翼部隊が展開しているカオス平野へと向かう。広大なその平野では、人間と魔族が激しくぶつかり合い、無数の死骸が転がる戦場は、まさに地獄絵図と化していた。
激しい死臭が漂う中、セーラは一切表情を変えることなく視線を戦場へと向けると、両手を天に掲げ、静かに魔法を発動する。
「聖母神の慈雨 (ホーリーレイン)」
セーラが天に祈りを捧げると、雲ひとつない晴天の空から、前触れもなく温かな雨が降り注ぎ始めた。それは戦場の騎士たちを癒し、身体に聖なる力を与える一方で、魔族には激痛と恐怖をもたらし、その戦意を容赦なく削っていった。
セーラが放った魔法は、戦況を大きく変えた。それまで劣勢だった騎士たちは、まるで嘘のように態勢を立て直し、魔族たちを押し返していくと、戦場の流れは一気に逆転した。
ゼビウスは、自らの要請によるものとはいえ、聖女セーラが放つ規格外の魔法の威力に、改めて圧倒される。そして、敵であるはずの魔族たちに、わずかながら同情の念を抱かずにはいられなかった。
◆
私が特級魔法を放ち、戦線が持ち直したことを確認すると、自らの判断が正しかったことに安堵し、右手に刻まれた聖女の紋章を見つめて、薄く笑う。
私は転生する前、この世界の管理者から、少しばかり融通を利かせてもらい、魔法の才能と、本当にどうでもいいくらい微妙な「恵まれた地位」を頂いた。本当にどうでもいい地位の話はさておき、管理者は私に全属性魔法の才能を授けると言っていたはずだが、右手に刻まれていたのは「聖魔法の才能」を示す紋章だった。
正直、最初は管理者が何か間違えたのだろうと思っていた。だが、五歳の時に気づいた――間違っているのは、この世界の方だと……。
よく考えれば、転生前に渡された予備知識は、あくまで「人間側」から見た情報であって、管理者自身が持っている知識ではなかったと、その時、ようやくその事実に思い至ったのだった。
――――――――――
私が五歳の誕生日を迎えると、両親が魔法使いの家庭教師をつけてくれ、いろいろと魔法について教えてもらった。この世界の魔法は、火・水・土・風、そして私が持っている「聖属性」の五つに分類される。大抵の人間は一つの属性しか扱うことができず、ごく稀に二つの属性を使える者が現れる程度らしく、そういった者は「賢者」と呼ばれ、たいていは魔導士ギルドに引き取られて育成されることになるという。
そして、同じように聖属性の才能を持つ者は、私のような王族を除けば、大抵は教会やその関連施設に預けられることが多い。聖属性魔法だけは、他の魔法とは異なり、極めて独特な方法で習得されるのだ。
それは、神の教えが書かれた教本を、ただひたすら毎日読み込み、暇さえあれば神に祈りを捧げて祝福し、悪魔には呪いの言葉を吐き続けるというもの……。
最初にその習得方法を魔法使いの先生から聞かされた時、私は我が耳を疑い、本気で悪い冗談かと思ったが、先生の表情が本気だと分かった瞬間、全力でドン引きした。まさか、聖魔法の習得方法が、前世で見た怪しい宗教の修行そのものだったと分かり、思わず「なんて才能をくれたんだ」と、管理者を恨みそうになったほどだ。
だが、どうもそうではないと、私は気づいてしまった。それは、魔法使いの先生が火魔法の発動方法を教えてくれた時のことだ。聖魔法しか使えない私に、あまり教えることがない先生は、「せめて給料分は仕事をしないと」と思ったのか、何かの参考になればと、初級の火魔法「火球」の発動方法を教えてくれた。
そして、その夜。どうしても前世からの夢を諦めきれなかった私は、ダメもとで火球を試してみた。すると、小さな火の玉が、ぽうっと目の前に現れ、ふよふよと宙を漂ったあと、すっと消えたのだ。
……私はその夜をきっかけに、魔法使いの先生にさまざまな魔法が書かれた本を借りて読み漁り、ある結論を導き出した。それは、この右手にある聖女の紋章とは、類まれな聖魔法の才能を持った者の証ではなく、万能魔法を使うことを許された者の証だということだ!
つまり、聖属性魔法などというものは存在せず、この世界にある魔法は火・水・風・土の四属性と、それらすべてを網羅した全属性……すなわち、万能魔法だけなのだ。だが、この世界で唯一の宗教であるマリオロス教は、その万能魔法を「聖魔法」と偽り、その類まれな有能な魔法を独占して、魔族との戦いと自らの利益のためだけに使っているのだ。
ちなみに、なぜ私が「全属性魔法」とは呼ばず、「万能魔法」と呼ぶのかというと、それは、この魔法に無限の可能性が秘められているからである。聖属性魔法の特徴のひとつに治癒魔法があるが、教会の奴らは、神の力によって人間本来の治癒力を高めているのだと説明している。
しかし、実際には、魔力によって肉体を創造し、欠損箇所に融合させているのだ。つまり、魔力でゼロから細胞を生成し、それを身体に張り付けているだけであって、治癒力を高めているわけではない。逆に、そんなことをすれば、強制的に治癒力を引き上げられた人間は、逆に栄養失調で死ぬ可能性すらあるのだ。
そう! 私が提唱する『万能魔法』とは、魔族が嫌がる物質や人間の肉体、その他あらゆる物質……万物を魔力の力でゼロから創造することができる魔法なのだ!
私が右手に輝く紋章を見つめながら、過去の思い出にふけっていると、魔族の軍団の後方から、巨大なドラゴンが現れるのが見えた。
◆
今回の戦いの総指揮を任されている、キリストロニフ聖王国の大将軍ゼビウスは、何とか今回も無事に魔族の侵攻を食い止められたことに安堵し息を吐いた。その矢先、突如として、魔族軍の後方に強大なる黒きドラゴンが姿を現した。
三年にわたり続いている人間と魔族との戦争において、これまで一度たりとも大型の魔族が現れたことはなかった。それだけに、なぜ自分が総指揮を任されたこの戦いに限って、そんな化け物が現れるのか……ゼビウスは歯を食いしばり、己の運のなさを呪う。
だが、立ちすくんでいる暇はない。このまま何もしなければ、戦線は崩壊し、魔族たちが人間の領土へなだれ込んでくるのは必至であった。
覚悟を決めたゼビウスは、自ら率いる聖王騎士団を引き連れ、魔族の軍勢に突撃すると、鋼鉄の壁のように立ちはだかる魔族たちを次々と蹴散らしながら中央を突破し、そのままドラゴンのもとへと辿り着く。そして、ゼビウスは溜めに溜めた最大級の火魔法を放つ。
「炎焔の斬裂 (インフェルノ・スラッシュ)」
ゼビウスがドラゴンを前に大剣を両手で持ち、上段に構えると、背後に巨大な烈火の剣が現れ、彼と同じく切っ先を天に向けた。ゼビウスは背後に物凄い熱量を感じ、魔法が発動したことを悟ると、雄叫びを上げながら剣を振り下ろす。それに呼応するように、烈火の大剣も咆哮のような音を立てて、ドラゴンへと突き進んだ。
だが、巨大な赤き刃が迫る中、ドラゴンは口から黒き炎を吐き出し、その炎によって烈火の大剣は一瞬で焼き尽くされてしまう。
ゼビウスは、渾身の魔法がいとも容易く無効化されたことに愕然とし、地面に両膝をついて崩れ落ちる。周囲にいる騎士たちも、キリストロニフ聖王国の中で五本の指に入る実力者であるゼビウスの最高の魔法が防がれるとは思いもせず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
たった一撃の防御で、精鋭ぞろいの騎士たちの戦意を根こそぎ刈り取ったドラゴンは、つまらなそうに赤い目をゼビウスへ向ける。そして、口を開き、黒炎を放とうとした、その瞬間、いきなり黒く輝く物体が飛来し、顔面に直撃すると、ドラゴンがもんどりを打ち、巨体を地面に転がる。
あまりにも突然の出来事に、誰ひとりとして状況を理解できず、ただ目の前で起きた光景を見つめるだけの騎士たちの前に、黒き衣を身にまとった魔女が静かに降り立った。
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あと、「呪術と魔法は脳筋に ~魔族から人間に戻りたいのに、なかなか戻れません~」や「転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたのですが、王女や聖女が許してくれません~」という作品も投稿していますので、読んで頂けたら、なお嬉しいです。<(_ _)>
欲張りですいません!




