冬休みは冒険者を-2
おなかすいたー、いま何時だ?
道具を返したら、ギルドに戻りがてらお昼を買おう。野菜煮込みの屋台があったんだ。いい匂いがしたんだよなぁ。
が、この計画は仕事完了の報告をしているうちに書き換えられた。
「あぁそうか、そんなにこわれてたか……」
「壁とかのことはギルドにも伝えておくよ。あれって冒険者のミスのせいなんだろう? 責任はそっちだもんな」
「そうだね、まだ手配がすんでいないだけだと思いたいけど……」
依頼人は不安げに眉をよせた。
たとえわずかであろうと、集落を守る外壁の破損を放置するのは危険である。それを隠したりするのは言語道断なのだ。
「じゃあ、これで報告終わりだ。サイン頼みまーす」
「あぁ、うん。ありがとう」
手はケガしていないようで、不幸中の幸いと言える。
「もうしわけないんだけど、追加でお使いを頼まれてくれないかな? もちろん報酬も追加するよ」
「うん? なに」
「この交換部品の修理を頼んできてほしいんだ。修理は時間がかかるからね、依頼だけでも早くだしておきたいんだ」
「わかった。えーっと、なんか定型の書類が……あーこれこれ」
出先で追加の依頼を受ける場合、記録を残す必要がある。ただし義務ではない。ギルドに提出して冒険者活動記録に載せるかどうか、というだけだ。わたしは駆け出しだし、学校で活動できない期間が長いので、こういうのをこまかく積みかさねておく方針である。
わたしが依頼内容を書き、相手に確認してもらい、報酬を取り決め、サインをもらう。なお読み書きができない、もしくは苦手なひと向けには、口頭でのやりとりを記録する魔道具の貸し出しがある。
依頼内容は『故障した部品を錬金術工房に修理依頼をすること』。工房からの預かり証を依頼人に届けて達成となる。おぉ、現役錬金術師に会えるわけだな、これ。
なお、こわれた本体は予備がじゅうぶんあるので問題ない、とのこと。
「そんじゃ、行ってくる」
「よろしくねぇ」
彼のおススメ屋台の情報も得たので、まずは腹ごしらえからだ。
目的の錬金術工房は町の反対区画だった。ケガした身で行くにはムリな距離だ。
このあたりは工業地域なのか、金属や薬品臭の混ざったかなり複雑な匂いがする。ただ学園の実習室もそれなりに匂うから、この手の匂いにはだいぶ慣れてきている。
それよりもなやましいのは看板が少ないことだ。工房・工場が軒をつらねているから店先が似たり寄ったりのくせに、わかりやすい大きな看板があるところが少ない。だいたいは表札ていどのサイズか、看板代わりの目印の品物が置かれている。
依頼人の説明を思いだしつつ、ギルドでもらった地図を片手になんとか工房を見つけた。目的地も看板はないが、おしえてもらった目印があるのでまちがいないだろう。
扉をあけると実習室と似たような、とはいえはるかに強い匂いが流れてきた。うん、錬金術工房だな。
「こんちは、すいませーん!」
受付っぽい机まわりには誰もおらず呼び鈴もない。声をはりあげてしばらく待つと、奥から女の人が走ってきた。
「はいはい、お待たせしましたー」
エプロン姿のふっくらしたおばさんは続けて、ご用件はなにかしら? とソプラノ歌手みたいな高くて細い声で歌うように言った。
「修理依頼の代理なんだけども……これ、頼みます」
あとは早かった。おばさんはてきぱきと預かり証を書いてよこした。仕上がりは二週間後くらい、らしい。
来た道をひきかえして預かり証を依頼主に渡し、これにて依頼完了だ。移動時間のほうが長い。
あとはギルドに戻って、完了の手続きだ。
「おかえりなさい、アンネールさん」
ちょうどすいたタイミングだったのか、ギルドの扉をあけるなり受付担当が手をふった。
「ただいまー。はい、完了のサインと、あと追加で依頼を受けたからその書類、よろしく頼みます」
この追加依頼分の報酬はいったんギルドが立て替え、後日依頼者が支払うそうだ。この支払いがされないかぎり、依頼者は次の案件を出すことはできない。
提出した書類に問題なかったので、二件分の報酬を受けとった。やったね。
「それと、念のためなんだが」
こわれていた外壁灯の周辺のようすを伝えると、お姉さんは顔色を変えた。
「地面が荒れていた……? 壁の破損……!? ちょっと待って!」
いきおいよく立ちあがると、背後にならんでいる書類棚に突進した。迷いのない手つきでファイルを取りだし、ページをめくる。
「あンの小僧どもッ!」
……するどく吠えた。小僧どもって……
「ど、どした?」
「――依頼人がケガをした原因って聞いた?」
「あぁ。退治から逃げてきた魔物におどろいて脚立から落ちたって」
「そうよ。で、そういう事故を起こしてしまった場合、被害状況を報告する義務があるわけ。それを、あの小僧どもときたら! 過小報告してたのよ!」
地面はならした、外壁は小さな爪痕がひとつ、という報告だったそうだ。
「なんだってそんなことを」
「ペナルティを小さくしたかったってところでしょ。《銅》一級にあがったばっかりだったから、落ちたくないばっかりに」
「外壁って定期的に見回りしてるよな。すぐバレて同じ結果になるんじゃないのか」
「同じどころか、よりきびしくなるわよ。自分たちだけじゃなく、ギルドにたいする信用もさげるんだから」
「だよな。地面はわたしがちょっと直しちゃったけど、念のため見といて」
「もちろんよ。教えてくれてありがとう」
冒険者は信用商売である。そのことは登録したときに受ける講習で、再三再四、口をすっぱくして言われる。それ忘れちゃったんかな。
さて、このあとはどうしようかな。待ち合わせ時間まで一時間ちょっと、掲示板を見たけどそんな短時間ですむような依頼はない。
あ、そうだ。魔力コントロールの練習をしよう。親父どのは町の外のどっかで隠れて寝る、とか言っていたから、呼んでつきあってもらおう。いてくれれば魔物の心配をしなくていいし。
というわけで町から出て呼んだら、わりとすぐに来た。あまり遠くまでは移動していなかったらしい。
「魔力コントロールの練習? あるていどはできるようになっていただろう」
「いやそれが、もっと繊細なのが必要でさ。うまくできんのだよね」
練習用のお椀を出し、実演する。あいかわらず、ずもももも……とあふれかえる雲。
「……なるほどな」
「自分の魔力、は、まぁ……わかるようになったんだがなー。そっから先がなー」
どれくらいの量を流すのか、そのイメージははっきりしている。だけどそのとおりにいかない。
「後天的に魔力量が増えた場合、コントロールがむずかしくなることはある。おまえもそうなのだろう」
「うーん、そうかなぁ…………いや、わたしはもともとはなかったんだから、ちょっとちがくないか。わたしの魔力って自分のじゃないだろ、親父どののだろ」
わたし自身に魔力がなかったから、親父どのの血と魔力を受け入れられた。だから今がある。
「地球には魔力ってなかったしさ、借りもんの力の感覚なんてつかめんよ」
そう愚痴ったら、
「おまえはなにを言っているんだ?」
本気であきれたようすで言われた。
「肉体は影響を受けて多少は変質したが、俺の魔力は回復する過程でとうに消失しているぞ。そも他人の魔力は長期間とどまらん」
「えっ……え?」
「魔力を感じとれるようになったのだろう? ならば自分と俺とではちがうのがわかるだろう」
確認してみろ、と手をさしだされた。
まずは自分の魔力。目を閉じて、自分の内側……心臓あたりに意識をむける。すると、そのあたりから流れているものを感じる。これが魔力だ。
で、次、親父どのの手を両手でつつむように持ち、そこへ意識をむける。と、
「ぅおわっ……」
魔力が、ぶわっと風が吹きつけてきたように感じられた。密度もすごい。
「ホントだ、わたしとぜんぜんちがう……」
言葉にはできないが、それはよくわかった。
「おまえに魔力はなかった。だが回復途中からおまえに魔力がめばえてきたのを、俺が見ている。きっかけは……俺が与えたものだろうが、種はあったのだろう」
「魔力の……種……? めばえ……?」
じゃあほんとうに、わたしの魔力はわたしのもの……?
「……学園で魔力測定があってさ。属性相性がぜんぶ高かったんだ。それは、どこの資質?」
「おまえ自身だな。俺は風と水に高い相性がある」
へぇ…………そうなのか…………
「おまえが『渡ってきた』からその資質を得た……という可能性もある。なんにせよ、受け入れられる素地があったということだろう」
「なんか信じられんが……そうなってるんだから、そうなんだろうな……」
――あぁ、自分のことを自分で信じる。もしかしたら魔力コントロールのコツって、そこなのかもしれない。
わたしの魔力はわたし自身のものである。そう考えて、お椀に魔力を流す。
……魔力が近く感じる。さっきまでは壁があって遠かったのに。心持ちひとつでこんなに変わるのか。
その夜わたしは、魔力コントロールを完璧にできるようになった。




