そして始まる断罪劇07
人形を見て、前所長は身の危険を感じたのだろう。必死に蔦の中から抜け出そうと身をよじらせる。
しかしリリアンはいたずらを繰り返す幼子を見るような目を彼に向け、たしなめるようにぎゅっと蔦に力を入れてその体を締め付けた。
ぐふうっと苦しそうに肺から空気をもらした前所長の目の前で、粘液まみれの人形がどちゃりと床に落下する。
ねとりと糸を引きながら立ち上がる自分そっくりのそれに、ヴィクトルの顔がわかりやすく土気色になり体はがたがたと震えはじめた。
「リリアン!いったいいつの間にそんなものを!やめろ、私はお前に力を与えてやったのだぞ!!!」
「……?人形を作るのは当り前よ。そのための魔法でしょう」
「なっ……!」
心底不思議そうにぱちぱちと目を瞬かせるリリアンに、ヴィクトルだけでなくヒオリたちもぞっと肝を冷やす。
やはり彼女には成人女性として決定的な何かが欠けている。罪悪感もなく、人の心を操る魔法をかけることを悪事とも思っていない様子だった。
「私を利用しようとしているのは悲しかったわ。悲しかったの。だから……ヴィクトル様も心から私に賛同すべきなのよ」
リリアンの言葉と同時に、床に落ちた人形が緩やかにうごめき始める。
同時に魔法の効力があったのだろうヴィクトルが苦しそうに呻き、ヒオリとニールは彼の元へ駆け寄るべく、蔦を取り外しはじめた。
「ヴィクトル殿、しっかりしてください!」
「リリアン女史!何をするつもりですか?前所長を離して……」
「うるさいわ、黙って見ていて」
いつか見た忌々し気な眼差しをこちらに向け、リリアンはその細い腕をすっと右から左に動かした。
するとヴィクトルを絡めとっていた蔦がにゅるりと天井近くまで持ち上がり、彼の体がヒオリたちから離れる。
追いかけようとするも前をさえぎるように、太い蔦が幾重にも重なり絡み合った。
あ、と思って手を伸ばしたが遅く、もう彼女らの姿は蔦の隙間からしか覗けない。
ニールが唇を動かし風の魔法を発動させ蔦を切ったが、代わりの植物はどんどん伸びてくる。
炎の魔法は使えない。ヴィクトルまで巻き込んでしまう可能性がある。
しばらくは邪魔者がこちらにやってこれないだろうことを確認して、リリアンは満足げに目を細めていた。
するすると獲物を捕らえた蔦を自分の前まで下ろし、彼女はヴィクトルに顔を近づけると可憐に幻想的に微笑む。
「ヴィクトル様、これからも私を守ってくださいますよね。約束しましたもんね」
「う、あ……」
「最初に私を褒めてくれたのはヴィクトル様たちなのに……それなのに私を裏切るなんて悲しいわ」
小鳥のさえずりのように可憐で不気味な声と同時に、ヴィクトルの体からがくりと力が抜け、目が虚ろになる。
昨晩のニールと同じ状態だ。
壁のような蔦の隙間から覗いていたヴェロニカが片眉を跳ね上げ、ヒオリを振り返った。
「ヒオリさん、アロマの香りを強くしましょう。お義父様を救わなければ」
「わかりました!」
頷いたヒオリは、手にしたままの遮光瓶のふたを乱暴に開ける。途端にリリアンの香りを上書きするように、己の調香した香りが漂い始めた。
だがこれだけでは足りない。そう考えてヒオリは目の前で自分たちを遮っている太い蔦へ向かって、遮光瓶の中身を勢いよく傾ける。
大粒のそれがぼたぼたとリリアンに降りかかった刹那───びくりと蔦の壁全体がショックを受けたように揺れた。
「きゃあっ!何よ、何よこれぇっ!何をしたのよ!」
アロマが付着した部分からみるみるうちに蔦が赤茶色に変化し、枯れていく。
隙間から見えるリリアンがぎょっと目を見開き、金切り声を上げてこちらを睨みつけていた。
同時に蔦の壁の隙間にゆるみが生まれ、隙を逃さず手を入れてヒオリとニールは思い切り横に引く。
肩が抜けられるほどの大きさの穴が開いたのを見計らい、まずはニールが、そして彼に手伝われヒオリが向こう側へ抜け出す。
続いてヴェロニカが穴を抜けようとした瞬間、甲高いリリアンの悲鳴があたりに響いた。
「来ないで!しつこいわね!!!あっちに行っててよ!!!」
「あっ!!!」
壁となっている蔦の一本がびくりと波打ち、その拍子にヴェロニカが足を滑らせる。
ふらついた彼女を支えようとヒオリは手を伸ばしたが、隙を逃すことなくリリアンは赤毛の女性博士の足を蔦で絡める。
「……いたっ!」
悲鳴を上げて倒れるヴェロニカ。歪む彼女の顔に長く黒い影が迫る。
鞭のように蔦をしならせ、リリアンが高速でその体を打ち付けようとした───と、思った瞬間だった。
「ヴェラっ!!!」
誰かを呼ぶ声、伸びる腕、ヴェロニカに覆いかぶさる白い影。
そして蔦が打ち付けられる音と、何かが砕けるような鈍い音。
ヒオリがはっと呼吸をした後に蔦の壁の向こうに見たものは、クロード所長にかばわれて倒れているヴェロニカ女史だった。
「ヴェラ……、大丈夫かい……」
「クロード様?」
優雅なる女帝にしてはあまりにも微かな声が、ヒオリの耳に届いた。




