青い瞳の記憶02
嘘を言っているようには見えない。あの胡散臭い、感情を押し隠すような笑みを浮かべているわけでもない。
彼の言うことは真実なのだろうと感じながら同時に、納得もしていた。
この研究所も所属している魔法協会には、過去の魔法を扱うことの出来る魔術師たちも所属しているという噂を聞いたことがある。
眉唾な都市伝説だと自分も笑っていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。
魔術師は過去には確かに存在した者たちなのだし、先ほどのリリアン女史の例もある。
なるほどと頷いた後彼の目を見据えて、沸いた疑問を返す。
「不正と言うのはクロード所長とリリアン女史のこと?それとも、この夢のこと?」
「……彼らにも関係あることなのですが、私の目的はヴィクトル前所長です。先日、この研究所の関係者からその情報が持ち込まれたのです」
魔法協会上部曰く、不正の内容は不明瞭ながら前所長に関することで、無視の出来ない相手からの情報らしかった。
だからまずここで何が行われているかを調べるために、ニールが斥候として送られてきたというわけだ。
「ここに何かの魔法……しかも強いものがかけられていることはすぐにわかりました。だから私はその魔法を探った。そうしてリリアン殿の夢の世界にたどり着いたのです」
「やっぱり、ここは魔法で出来た世界なのね」
確認するとニールは頷き、「夢を操り、自由な世界を作るのは非常に強い魔法です」と続けた。
「私はまずこの世界を調べることにしました。どうやらここがリリアン殿の作り出した世界だとわかった時、貴女が現れて」
「ああ、あの日のことね……」
初めて出会った夜のことを思い出して頭をかくヒオリに、ニールは唇にほのかな笑みを浮かべる。
何かを隠すものではない、心のまま浮かび上がって来たかのような柔らかい笑みであった。
「貴女を巻き込みたくは無かった。この魔法は危険なものだとわかっていましたから」
「……まあ、確かに。さっきのあれは、流石に命の危険を感じたわ」
魔法協会の人間なら、博士とは言え一般人を巻き込みたくなかろう。
しかも彼自身の調査の足手まといになる可能性もある。
己の存在はさぞ鬱陶しかっただろうなと苦笑しながらニールを見るが、彼は柔らかい笑みを浮かべたまま呟くように言った。
「貴女が無事で良かった。巻き込みたくない一心で何も話しませんでしたが、打ち明けるべきでしたね。そうしたら怖い思いをさせることも無かったのに……」
「……いいえ、そう言うわけにはいかないでしょう。貴方にも立場があるんだし」
面食らってヒオリが首を傾げると、ニールは笑みを深めた。
深い海のような彼の瞳を見つめていると、何ともむず痒いような、気恥ずかしいような気持ちになる。
この空気を甘受しているのがとてもたまらなくて、ヒオリは視線を逸らした。
同時に、いまだに彼と手を繋いでいたことに気付き、慌ててほどく。
何故だか名残惜しそうに自分の手を見つめているニールを横目で見ながら、「そういえば」と話題を変えた。
「さっきの劇場で、リリアン女史はヴィクトル前所長に脳を改造されて魔法の力を得たのだと知ったんだけど……そんなことはあり得るの?」
この質問にニールは笑みを消すと大きく目を見開き、そしてあごに手を当てて何かを考え始める。
しばらく彼はそのままの体勢だったが、やがて自分の考えを整理するようにぽつりぽつりと語り始めた。
「二十数年前、魔法協会では魔術師を現代によみがえらせる計画が行われたことがありました。過去の力を使い、更なる発展を目指そうと」
「よみがえらせる?過去の文献でも漁ったのかしら?」
「もちろんそれもありました。ですが彼らが一番力を入れたのは、魔法を扱える人材の確保です」
人材。
その言葉にまじまじとニールを見ると、彼は苦笑して「ええ」と頷く。
「私はその計画で集められた人材の一人です。遠い血筋に魔術師がいたらしいのですが」
「ああ、なるほど。過去に魔術師がいればその子孫も才能があるのではと考えたわけなのね」
「ええ。そして概ね彼らの予想は間違ってはいませんでした。しかし、それでも数が少なすぎたのです」
眉間にしわを寄せながら「数?」と問うと、ニールは説明を続ける。
「魔術師の家系を調べるのに苦労しましたし、しかも子孫の中にも魔法を扱える者と扱えない者がいた。幸運なことに私は魔法の才能があったようでしたが」
「……まあ、そりゃあそうね。簡単にはいかないでしょう」
ヒオリは肩を竦めながら納得した。
過去の魔術師が書き残した魔法の指南書は数あるが、それを実行できたと言う声は聴かない。
魔法には卓越した頭脳と特殊な才能が必要だと言われており、たとえ子孫にその可能性があったとしても一般人より僅かに高いレベルだろう。
そこで一旦ニールは何かを思うように言葉を切り、ふと目をつむった。
小さく吐息をもらして再び話し始めたその口調は、酷く重々しかった。
「計画は難航しました。しかしここでとある魔法脳医学の博士がある実験を行いたいと申し出たのです」
魔法脳医学、と言う言葉にヒオリの心臓がどくりと跳ねた。
表情を強張らせてニールを凝視すると、彼は真剣な面持ちで伏せていた目を開けて続ける。
「それは魔術師の子孫の脳を改造し、人工的に魔術師を作り出すという危険な実験でした……」
予想はしていたものの、いざ言われるとひやりとしたものが背中を伝う。
自然とヒオリは、拳を強く握りしめていた。




