人形劇は夜にうごめく06
開いた扉から漏れる風圧に目を細めながら、劇場内を観察する。そこにあったのは扉と同じくやや小さく古いスクリーンと音響機材だった。
映画館と言うには小さい、家庭向けのシアタールームである。スクリーンの前にはソファのような座席がいくつか並べられている。
先日の舞台と同じような場所を想像していたために、ヒオリは少し呆気にとられた。
「ヴェロニカ女史、ここは?」
「しっ。席に座りましょう。そろそろ始まりますわね」
何処となく楽しそうなヴェロニカに促され、ヒオリは近くにあった座席に慌てて座る。それに続き、赤毛の令嬢も己の隣に優雅に腰掛けた。
程なくして劇場の何処かからか、演目開始を告げるブザーが響き渡る。
やがて部屋の中の照明が落とされ、スクリーンにぽっかりと映像が浮かび上がってきた。
少し色あせ懐かしさを感じる、独特の映像である。
映し出されたのは幼く愛らしい少女であった。どうやらエレメンタリースクールのお遊戯会で使うような、小さい舞台に一人立っているらしい。
『どうしてお父さんもお母さんも先生も!私の言うことを信じてくれなくなったの!!あの子が悪いのに!だって私を数に入れ忘れたのよ!!』
ぎゅっと顔を歪めた少女は、スクリーンの中で怒鳴るように言い放つ。
子供特有の甲高く耳障りな声だった。
プラチナブロンドを綺麗にまとめ、レースとフリルがたくさんついた服を着ている上品な少女である。
しかしそんな可愛らしい少女が発するのは、まるで破鐘のような声。否、耳を塞ぎたくなるような騒音であった。
最初は聞き取れていたものの、やがて彼女の言葉がぎゃあぎゃあと意味をなさなくなり、ヒオリは眉間にしわを刻んでヴェロニカに問う。
「……ヴェロニカ女史。あれは、まさか」
「そうよ。リリアンさんですわ。ふふ、面白いですわね。昨日あそこに立っていた時は、もう少し幼かったのに」
「……」
言葉通り面白そうに笑って、赤毛の令嬢はそこで口を閉ざす。ヒオリも再びスクリーンへと視線を転じた。
流れる映像の中ではぎゅっと強く拳を握った少女が手足を振りながら、癇癪を起し続けている。
『悪人は裁かれるべきでしょう!どうして皆私の言うことを信じてくれないの!!』
ダン!ダン!とリリアンは床を踏み鳴らした。
その激しさはとても演技とも思えず、子供のしていることだと言うのに恐怖を覚えるほどであった。
『皆私の言うことを聞いていればいいのに!わたしの言うことを聞かせたい!聞かせたいぃっ!!悪人をやっつけなければいけないのに!!』
子供が言うにしても聞き苦しい自分勝手な言葉に顔を歪める。
再びヴェロニカに問いかけようとした瞬間、スクリーンの端から黒い影が飛び出してきて、ヒオリは口を開けかけたまま停止した。
『やあやあ!悲しみに暮れる少女よ!憐れむべき魔法の子よ!君はそんなに特別が欲しいのか!!』
歌劇的なポーズと口ぶりで登場したのは、スーツ姿の背の高い、一見すると紳士である。
歳は40半ばほどに見えるが、精悍な顔立ちできびきびと歩いているため、青年だと勘違いしてしまいそうだ。
しかし彼の顔をよくよく観察して、ヒオリの口はさらに大きく開いた。
髪は白髪が少なく顔立ちもずっと若いが、その人物が誰なのか察してしまったのだ。
「……ヴィクトル前所長?」
「あら、ここでお義父様が出てきますのね……」
隣に座るヴェロニカも目を見開き、スクリーンを凝視している。
ただ彼女の口調にはどことなく楽しそうな気配があり、これから何が起こるのか期待しているのかもしれない。
ヒオリはリリアンとともに劇に出演するのなら、以前のようにクロードだと思っていた。
しかし今スクリーンに映し出されているのは、気弱な所長ではなくその父親のヴィクトル。
これが意味することはいったい何なのか。映像の展開がどうなるのか恐ろしく、しかしだからこそ目が離せない。
様々な二人の感情をよそに展開は進む。
爛々と目を輝かせる少女リリアンに紳士は近づくと、ゆっくりその右手を差し出した。
『いいだろう!君に魔法を授けよう!そうすれば君は皆を自由に出来る力を手にすることが出来るはず!』
『本当!本当にわたしは正義の味方になれるの!?』
『もちろんだとも!ただしそれは少し痛く、苦しみを伴うかもしれない!その覚悟はおありかな?』
ヴィクトルの問いかけに、リリアンはびくりと体を震わせ戸惑う様子を見せた。
怯えなのか視線をあちこちに彷徨わせたが、それは一瞬のことですぐに目の前の紳士へ顔を向ける。
『構わないわ!この世の悪い人を正せるのなら!私が正しいと証明出来るのなら!!!』
言ってリリアンはヴィクトルの手を取った。
その時ヒオリの目には、紳士の顔がまるで悪魔のように歪んで見えた。




