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魔法香水は秘密の香り06

 レコーダーのせいか、聞こえて来た声が多少キンキンと響く。

 うるさいなと心のすみで考えながらヒオリは、ニールとリリアンの会話に耳を澄ませる。


『それで今回の件なんですけど、ヴェロニカさんが悪いんです。あの人は悪い人です!この研究所を狙っています!私、わかるんです!!』

『なるほど……。それは大変ですね。どうしてそう思われるんですか?』


 ここでニールは暴言をたしなめたり非難することを選ばず、リリアンに同意して話をさせることを選んだ。下手に反対意見を述べると話がこじれると考えたに違いない。

 だが彼女はニールに同情してもらえたと思ったのか、ワントーン高い声を出して続けた。


『ヴェロニカさんはいつも皆に小言ばかりおっしゃるし、何を考えているかわかりません!それにクロード所長とは政略結婚じゃないですか!この研究所を狙ってるんです!あの植物も、きっとヴェロニカさんが植えたんだわ!』

『そうなのですか?』

『ええ、そうです!それにわたしがクロード所長と温室を使っただけで怒るし……何か企んでるんだわ!』

『……ですが所長とヴェロニカ殿は婚約者ですよね。だったら彼女のお怒りはもっともなのでは?』

『でもわたしとクロード所長は不貞を侵してなんていません。ただクロード所長はわたしの信念に同意してくれるだけで、やましいことはないんです!』


 あまりにもきっぱり言い切るリリアンに、呆れを通り越して乾いた笑いをもらしてしまう。

 婚約者のいる男が人目をはばからずよその女に優しくするのがいけないのだと、まったく考えていない口調だった。


(何ていうか、子供みたい。まだ成人していない……いや、10歳の子供だってもう少ししっかりしている気がするわね)


 博士号を取る人間は変人が多いし、ヒオリだって人のことは言えないが、これはなかなかの問題児である。

 取り調べをしていた時のニールも己と同じように感じたのか僅かに間をおいて(苦笑するような気配があった)、冷静な声で話題を変えた。


『そうなんですね。そう言えばリリアンさんは、お人形の研究をなさっていると聞きました』


 そう問いかけるや否や、リリアンは『はい!』飛び上がっているのではと疑いたくなるような勢いで頷く。

 がたりと椅子と机が揺れる音が聞こえたから、立ち上がりかけたのかもしれない。


『わたしお人形が大好きで!だからいっぱい研究をしているんです!わたしのお人形、凄いって皆言ってくれるんですよ!クロード所長も、玩具部門の皆も!』

『ほう……』

『だからわたし、皆のお人形作ってあげたんです!このお人形を躍らせると、本当に皆が躍っているみたいで面白いんですよ!』


 その言葉を聞き、ヒオリの背筋にぞくりと寒気が走る。

 思い出したのは、昨夜の夢だった。


 夢に出てきたリリアン、正確にはスタッフルームの扉の向こうから聞こえたリリアンの声は、ニールの「人形を作ってあげる」と言っていた気がする。


 現実でも彼女の得意分野は人形作成。

 これは偶然の一致ではない。そう察してヒオリの眉間に僅かなしわが寄った。


 その後の録音に何か更なるヒントがあるのではないかと思ったが、続いたのはリリアンの拙い自慢とニールを褒める言葉だけ。

 やがて時間は過ぎて、ニールが何とか聞き取りを強制終了させた。


「これで終わりなの?」

「ええ、終わらすのに苦労はしましたが……何か気になる点はありましたか?」

「ううん……」


 あると言えば、あった。恐らく件の夢の存在を知っているニールも、彼女の言動に疑問は持っているだろう。

 それを問いかけるべきかとしばし考え、しかし不意に先ほどのヴェロニカ女史の言葉が脳裏に過る。


 あの夢のことと言い、彼女の言葉と言い、確かにこの男は怪しい。

 果たして唐突に現れたニールと言う優男は、今回の事件に関係があるのか。


 ヒオリは唇を幾度か開き、閉じを繰り返し、男の目を見つめる。

 深海のように青く美しい彼の瞳は、穏やかに己のことを見下ろしていた。


「ニールさん、貴方はどうしてこの研究所に……」

「ヒオリ殿?」


 問いかけようとしてしかし、ヒオリは言い淀む。

 ヴェロニカの言うように個人的な感情で、疑惑に目をつむっているわけではない。同時に、ニールに対する警戒が弱まっていたわけでもない。

 この男の笑みに隠れる胡散臭さはいまだに薄れていない。


 ただヴェロニカに言われるまま彼に疑問を投げかけることが、研究者として許せなかった。


(他人の言葉を鵜呑みにして疑うのは愚かだわ。詰問するなら、自分で調べてその後でも遅くは無いもの)


 そう結論付けて、ヒオリは「いいえ、何でもないわ」と首を横に振る。

 ニールはもの言いたげに青い瞳を真っ直ぐにこちらに向けていたが、じきに「そうですか」と微笑む。


 納得は仕切れていないが、言葉は飲み込んだ様子だった。

 お互いに言いたいことがあることを歯がゆく思いながらも、ヒオリは平静を装って口を開く。


「ところで私はヴェロニカ女史の聞き取りをしたんだけど、オフレコで少し気になることをおっしゃっていたわ」


 そう前置きをして、ヒオリはヴェロニカから聞いたリリアンの実家に生えていた植物のことを語った。

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