五十話
チャゴが聞き及んだ第一王子の事柄は、初陣は十四の頃で、その時に一部隊を率いて三人を自ら殺したということ。そのことで一部から血塗られ王子とあだ名がついていること。
そんな経歴と精悍な顔つきからか社交界で淑女からは人気があるらしいということ。
今年で二十四になる、ということ。この十年間、出陣して負け戦をしたことがないこと。“常勝”というあだ名があるが、それを嫌っていること。
最大の政敵である第二王子とは、仲睦まじく後継者争いは起こらないのではないだろうか、ということだった。
その天幕は先ほどとは違い埃っぽいなとチャゴは感じた。
外は騒がしい。
「即金があると、やはり傭兵もやる気が違うな」
男がポツリとこぼす。
実務的な机の配置、地図と駒。数字の書かれた書類、おそらく収支表だろうとチャゴは思った。
「戦場となると、いつも初陣を思い出す」
机の上をぼんやりと眺めながら男がこぼした。
「さすが武勇誉れ高い殿下だけありますな」
「常勝の、か?あれは酷かったぞ。何せ、一人殺す度に漏らしていたからな、いや、一人目は殺す前に漏らしていたな」
「私も初めての商談は失敗しました。そもそも相手が何者か、それすら見誤りました。相手が何を欲しているかを知ろうともしなかったのです」とチャゴ。「そうか、お前もか」と男。「しかし、結果ここに立てているということが、重要かと思います」とチャゴは笑った。
「さて叢屋、聞いておかなければならないことがある」
ようやく、ここへ連れてきた男が振り返った。先ほどの天幕の最奥にいた男、第一王子がチャゴに向き直った。
「何で御座いますか?」
起立を許せれているため、チャゴは立ったまま返答する。儀礼的な行動を嫌い実務的なものを好むという噂は本当のようだ、とチャゴは思った。
「なぜ、俺なのだ?」
チャゴはその王子からの問いを理解して、返答に困った。
──さすがに鼠に言われて、とは言えん
「いやはや、勘違いをされておられる。私めは守銭奴で御座います。あなた様が勝っても負けても、儲けれるようにしております」
「答えになっておらんし、それが本心なら叩き斬る」
互いに冗談と判っていても緊迫した空気、王子の凄みのある嗤う顔をチャゴは愛想笑いで受け流す。
「貴方様の政敵を、第二王子……としましょう。彼の方には十一神教会の後ろ盾がありましょう」
「それだ、叢屋。“教会”には、物の流れや情報の集めやすさ、人の豊富さがある。商人なら、向こうについた方が得だろう。なのに、俺だ。それが納得できん」
子供の駄々のような物言いにチャゴは内心で微笑んでしまう。
アングイスに「第一王子に荷担すべし」と諭されたとき、チャゴも王子と同じ事を思った。そして多くの商人たちは第二王子に賄賂、心付けして御用商人になろうと今も必死だ。
「うまみがないのです」
チャゴはアングイスに言われたことを、そのまま王子に伝えることにした。
「もしも第二王子が王位につかれたとして、おそらく大半の商人に返ってくる物は少ないでしょう。その原因は、大多数だからこそです」
王子は思案顔をする。
「なるほど俺についておけば、そういう心配はないと?」
「まぁそういうことになりますね。……それに第二王子につかなくても、“教会派”に親睦は深めれるでしょう?」
チャゴの言葉に王子が歯を乱暴に見せた。王子は納得したようだった。
──つくづく王族らしからぬお人だな
「さて、もう一つ」
と、チャゴの前に地図をのせた机を引きずり寄せる。
「“向こう”と“こちら”、どちらを先に商談した?」
王子が地図の中の侵攻しようとする砦を指で叩いた。愛想笑いが少し強ばったが、チャゴは隠さずに言うと決める。
「“こちら”が、後でございますね」
チャゴは侵攻される隣の国の陣営で商談、金を貸してから、ここにいる。王子はその事に驚かず怒りもせず冷静にじっとチャゴを見る。
「殿下、申し訳ありませんが、お客様の不利になるようなことは例え殿下でも言えません。お許しください」とチャゴは陳謝した。
「ならば、俺は勝てるか?」
その迫力にチャゴは言葉に詰まった。
「勝って貰わねば困ります、私は貴方様に全財産を賭けたといっても過言ではありません」
チャゴの答えに王子は不服そうだ。
「もう一度尋ねるぞ。俺は勝てるのか?」
「さぁて、どうでございましょう?私ども商人は武器の売買をいたしますが、戦争は取り扱っておりません。それに私は金貸しが専門ですので」
「そうだな。なら、尋ね方を変える。いくら貸した?」
「明確な金額は、お答えできかねます」
「ならば俺に貸した半分か?」
──それなら、答えれる……か
「殿下にお貸しした半分以下でございます。……口約束だけで」
「二百か?」
「お答えできかねます」
王子はチャゴの顔色を探っているようだったが、チャゴの愛想笑いは何一つ変わらない。
「三百か?」
「お答えできかねます、お客様との信頼関係が重要な商売ですので」
「百か?」
「申し訳ありません、お答えできかねます」
チャゴは立礼で陳謝すると、王子は尋ねすぎたことを後悔している様だった。
「そうか」
王子は小さく唇をかんで、思案しだす。
「三百か、……二百」と王子が呪文のように唱えながら天幕を歩き回った。「口約束……?」数えるほど歩んだ先に立ち止まって、チャゴを見る。
「叢屋……、お前は博打を打つのが好きなのか?」
「いえいえ、確実に儲けられるようにしているだけで御座います」
「そうか、ならば、俺が勝つな」と目を見開いて嗤う王子。
「そう、ですね」
突然、笑いかけてくる王子に少したじろぐチャゴ。誤魔化そうと言葉を吐き出した。
「私という商人は博打はいたしません。そう貴方様と同じです、勝てると判っている勝負しかしません。勝てると確信しているものにしか、全額を賭けたりしません……それが商人という生き物」
語る口調に熱が籠もり始めたチャゴに王子は終始笑顔だ。
天幕の外から、鼠の鳴き声が聞こえる。
「森鼠か、騒がしい」
と、チャゴが我にかえった。
──この方の前では自分をよく見せたいと思える、なるほど、これが王というものか?
チャゴに鼠の鳴き声が聞こえる。
頭が冷えて、すこし語りすぎたと反省したチャゴは、咳払い一つして話を変える。
「それにしても、まだ金も払わず雇ってもない傭兵団を砦から見えぬところに待たせるなんて、恐ろしい胆力ですね」
子供のように嗤う王子。「ではお前も首をとって“向こう”の砦に持って行くか、それとも人質にして“こちら”から身代金をかすめ取るかでもするか?」と言ってまた笑う。チャゴはゆっくりと首を振って「殿下に尽き従うような傭兵団です、特殊な方々なのでしょう」と返す。
「あそこの団長とは竹馬でな。しかし、金貸しが来るなんて、実に丁度いい頃合いだったわ」
「失礼ですが、殿下」とチャゴがその笑い声に水をさす。
「なんだ?」
「私が来なければ、王都の金貸しに幾らほど借りられるおつもりでしたか。おそらくお喚びになさっているでしょう?」
「喚んでいた。ただ、先に“こちら”にきて“向こう”に行くと判ったから射手に射抜かせた。情報を売りに行かれては困る」
「さすが、“血塗られ”の二つをお持ちなだけはありますね」
王子が真顔になった。
「いやはや商人とは恐ろしいな、叢屋。いや、その年齢でその慧眼と度胸……なんなら俺の下で、文官をせんか?」
丁寧に頭を下げるチャゴ。その顔には愛想笑いという名の仮面が張り付いていた。
「大変ありがたく思いますが、辞させていただきます」
「そうか」と王子。続けて、
「それで、褒美はなにがいいのだ?」
と先ほどまで嗤っていた人物とは思えないくらいに厳しい顔をした。
チャゴはその愛想笑いのまま口を開く。
「この度はおめでとう御座います」
チャゴは言祝ぐと跪いて礼をする。
「うむ、お前にそう言われると何かむず痒いな、叢屋」
それを床を見つめながら聞きながら愛想笑いをするチャゴの顔は、笑い皺が刻まれている。
「“代官”様……いえ、もう“ユデ男爵”様でらっしゃいますね、貴方様とは二十数年のつき合いになりますから」
代官だった男が笑う。




