四十九話
チャゴの一言で、天幕内は殺気に包まれる。この天幕内が帯剣できる場なら、チャゴはすぐさま斬られていたかもしれない。
「ははは、商人のお前にも判るくらいに、か?」
最奥の男はチャゴの言葉に嗤うと、「笑い事ではありません」傍らの男が釘をさした。天幕内の緊張は和らいだが、チャゴを睨みつける眼は減らない。
「ここまでくる途中の路にも噂がヒラヒラと漂っておりましたよ」
チャゴが言うと、最奥の男は嗤い、一頻りすると真顔になった。
「で、叢屋、この俺を笑いにきたか?」
「いえいえ、滅相もない」
チャゴは慌てて最奥の男の言葉を否定する。チャゴは最奥の男の言動に驚いていた。
──王家というのは、もっと尊大と思っていたけれど……
深呼吸をしてからだしたチャゴの声は、天幕内に響いた。
「私……『叢』は、鴛鴦と小麦にて金貸を営んでおります」
「ほぅ」と男が声を出した。天幕内の数人が反応する。
──やはり
チャゴの推測通り、この派閥は、金がない。
「それで、殿下、いかほどご利用でしょうか?」
「おい」とゼレフ侯爵の後ろの代官が思わず声を出す。それをゼレフ侯爵は咎めるような視線を向け、押し黙る代官。その顔は苦々しそうだ。
「面白いな、叢屋」
最奥の男がニヤリと嗤う。
──まるで人の皮を被った野獣のような笑い方をなさる
「お前が営む街の金貸しとは、まるで違うぞ?」
「存じております」
「いくら出せる?」
「即金で宜しければ、五百」
その場が嘲笑に満ちる。天幕内に陳列する貴族たちは、たかだか街で金を貸す商人程度に何が出来るのか、という顔だ。
声をださず嗤う貴族たちは醜悪にチャゴの眼には映った。それでもチャゴの愛想笑いが途切れることはない。
「なるほど。たった五百か」
そんな空気の中、最奥の男は嗤わずチャゴを値踏みするように見続けている。
「足りんな」
と、一言。その言葉にチャゴは愛想笑いを少し抑える。チャゴの眼の奥に力がこもる。
チャゴはまっすぐ最奥の男の眼を見続けていた。
最奥の男の一言で、兵士が二人チャゴの真後ろに立つ。貴族の内の誰かが気を利かせて、呼んだのだろう。
チャゴの逃げ場がなくなった。
慌てふためくと思っていた天幕内の数名は、面白くなさそうに鼻を鳴らす。
それでもチャゴの愛想笑いは消えない。
「では、いかほどご入り用でしょうか?」
笑みを浮かべたままチャゴは、最奥の男に問うた。
「二千」
チャゴの問いに最奥の男は刹那で応える。チャゴは眼を閉じて、小さく息を吐いた。
ここで商談しているチャゴは、ゼレフ侯爵の御用商人だと偽って天幕にはいった。面識はないにも関わらず、ゼレフ侯爵の温情か代官の配慮か判らないが、どうにか話を聞いて貰っている。
二千すらも貸せぬと言えば、チャゴは疑われて、たちまち捕縛されてしまうだろう。
天幕の中は、「二千」という言葉に緊張が高まっていた。チャゴの思案は、金賃借よりも別のところを迷っていた。
──二千あれば、この戦をどうにかできるのか?
チャゴは最奥の男の眼を見つめ返す。
「一つ、ご質問がございます。お許し願いますでしょうか?」
答えを出さぬまま思案顔のチャゴが問いかけると、天幕内が悪意にあふれる。
「許す。なんだ?」
最奥の男の言葉で悪意がおさまるのを待ってからチャゴは言葉をはく。
「それは、眼前への対処への融資になりますか? それとも身中の虫への?」
最奥の男は感嘆な眼をチャゴに向けてから、獣のように嗤った。
天幕に一つの大笑い。
「両方だ」
笑い終わるとぽつりと言った。
──大した自信家でらっしゃる
「判りました」
とチャゴ。一拍。
「三千ご融資いたしましょう」
最奥の男が声なくにんまりと嗤う。
「決まりだな、叢屋」
「よい商談をありがとうございます。金貨三千の証として、……」
チャゴがそう言うと、グラディオとカンタートが荷馬車に乗せてきた小樽の一つを天幕に運んでくる。
それをチャゴが開けると、金貨が詰まっていた。
「先ほど言った五百ご用意いたしました」
「ご確認下さい」とチャゴは、跪き頭を下げた。
代官の屋敷から帰ってきた森鼠は、幾つかの手紙や帳簿を覗き見たとチャゴに示しながら尻尾を揺らしていた。
チャゴは疲れて眠る幼い小邪鬼の腹が冷えないように毛布をかけてやりながら、ため息をつく。
──話が大きくなってきたな
森鼠は小邪鬼騒動は、代官が引き起こしたものだと示した。「“暗い森”で飼っていた小邪鬼どもが逃げ出して、上司……ゼレフ侯爵に指示を仰ぐ下書きも、指示する手紙も見つけた」何処か人間を小馬鹿にするような思念がチャゴに届く。狼を放てと指示したのはゼレフ侯爵だ、とアングイスは付け加えた。
──ゼレフ侯爵は叛乱でも起こす気?
ぢゅ。
鼠は一鳴きしてチャゴの質問を否定した。
ゼレフ侯爵は忠臣だろう、代官屋敷の武具の増加は見ていない。小邪鬼で血石造りは第一王子を皇太子にするための資金源という結論をチャゴに伝える。
おそらく第一王子の派閥には金がない。と、チャゴに続けて示す。
──血石の薬で儲けているじゃないか
逆だ。そういう物にまで手を出さないと金銭を稼げないところまで来ている。と、火守女の眷属の森鼠アングイスは嗤う。
──なら、……第一王子に金を貸すのか?
軍隊……、武力は金食い虫だ。持っているだけで金がかかる。と、鼠は嗤った。




