四十七話
“侏儒人の鋳塊”にて、チャゴは代官から受け取った羊皮紙を広げる。
チャゴの横から侏儒人が羊皮紙をのぞき込んだ。
「作れますか?」
チャゴの問いと同時くらいに侏儒人は、絵柄を見るなりそっぽを向く。先ほどまでは俄然やる気だったのに、その豹変ぶりにチャゴは驚くが、侏儒人の感情の起伏など理解できるはずもない。
「そうですか、この彫金はできませんか……」
チャゴは侏儒人のそんな様子を見てガッカリしていた。
──職人として食指がのびなかったのか
これでは釈放金の金貨七枚半が無駄になってしまう、侏儒人への別の仕事を思索しながらチャゴは頭の中のそろばんを弾いていると、「子供がそんなもんを真顔で…ひろげるんじゃねぇ」侏儒人が語気を荒らげた。
チャゴが見ると侏儒人を見ると顔が真っ赤になっている。「出来る出来ないの依然の問題だ、……それに、この程度ならもっと巧くできる……あ、えっと、そうじゃねよ……」と何やら恥じらっているようだが、チャゴは理解できなかった。
ただ侏儒人が出来ると言った、そこは聞き逃さなかったチャゴは頭を下げる。
「えっと、よく分かりませんが、どうぞよろしくお願いします」
「おうよ。前からあの代官は気にくわなかったんだよ、……みてぇな色ボケ貴族は、これだから……」と侏儒人はぼやいているがチャゴは聞き流す。
顔を赤らめてまで怒る内容なのかと思いながら、もう一度羊皮紙の絵柄をチャゴが確認しようとすると、侏儒人が慌てた様子で取り上げてしまった。
──まぁ、いいか。彫金は出来るようだし
と、チャゴは胸をなで下ろすことにした。取り繕って愛想笑いを浮かべて侏儒人に向き直る。
「では、えっと、三十ほど出来たら引き取りにきます」
「おうよ」とすこし恥ずかしそうに侏儒人は胸を叩いた。
代官への彫金した喫煙具の納品を無事に終えて、二ヶ月と少したったある日。
商人組合『夫婦鳥』に顔を出すと、知り合いの商人に呼び止められた。
「……商いは難しい、とよく言われるけれど、……一番難しいのは、代官や領主に目を付けられないように……」と、いつも通り商売の蘊蓄や私論を淡々と語られる。
定期的に顔を繋いでおかないと商いもままならない、と番頭が言っていたことを思い出しながらチャゴは知り合いの商人の話に適当に相づちを打っていた。もちろん、愛想笑いをしながら。
話の途中に別の商人が「聞いた? 聞きましたか?」と、話の骨を折ってきた。
話していた商人は、むっとした雰囲気になったが顔には一切現れていない。
──さすが、この街で大店をもつだけはあるな
「また、なにかの商いのタネですか?」チャゴは笑いながら探りをいれた。この商人の話は、大抵与太話や噂話の域を出ないものばかり、チャゴの気が少しゆるむ。
今日も「まぁ聞いてくださいよ」と自信満々だ。
──話自体は面白可笑しいんだけどな
「儲け話なら一口のらせて下さい」
チャゴの冗談めいて、その場を静かに離れる算段を考えていた。
しかし興奮気味に話し始めた商人は「王都で鉄鉱石やら、武具が売れてるらしいんですよ」と言葉が聞こえチャゴは話す商人を注視してしまった。
「おや、叢屋さんが目ん玉ひんむいたってことは、これは儲けの種でしたかね?」と意地悪く言う商人。大店の商人は、そのことを知っていたようだった。
「そうですね、儲け話でもあり、そうでもないですね」
曖昧な返事と愛想笑いをするチャゴ。「なんです、そりゃ?」と苦笑する商人にチャゴは笑顔のままで何も発しない。
肩の上で静かにしていた森鼠が小さく鳴いた。
ぢゅ。
商会『叢』の金貸業は、この街で注目の的だ。
別の組合のとある商会長は、人知れず稼ぎを増やしているチャゴを屋号にかけて“雑草”に例えた。「知らない間に勝手に増えている。抜いても、別のところで生えて稼いでいる。叢商とは、まさにアレだ」
そんな陰口がたたかれるほど、もっとも勢いのある商会として認知されている。が、従業員は殆どおらず、どのように稼ぎを増やしているのか、漏れ聞こえてこない。少しでもかすめ取りたい同業者が、こうやってチャゴに近寄ってくるのだ。
「何ですか、なんですか」
と、柔らかい笑顔の組合長が三人の顔ぶれを見て、嬉しそうにやってきた。
「組合の三傑が集まって喋っていると、なにやらお金の匂いがしますね」
「そりゃ香ばしい」と大店の商人。
チャゴが喋らないのが面白くなかったのか茶化した商人は、誰かの反応をよほど見たいのか組合長に先ほどの話をした。「組合長も聞いてますか?王都で武具やら鉄鉱石がやけに売れてるって話を……」それを聞くなり組合長の笑顔が凍りつく。あぁこの人はそういう演技をしているとチャゴは思った。
「それは大変だ。衣料品と食料品を扱ってる商会に連絡を取らないと」
大店の商人は組合長の言を聞いて、控えさせていた授業員を呼び指示を出して店へと走らせる。
話好きの商人は、三人の様子を見て、ようやく自分が話した事は三人とも既に知っていたことを思い知って、少し機嫌が悪くなった。
と、黙り込んでいたチャゴが組合長に申し出る。
「組合長、すいません。しばらく街を離れようと思います」
「これから忙しくなるんですが……」組合長は残念そうにチャゴを見つめる。
「差し出がましいですか、どちらへ向かわれるか尋ねても?」
チャゴは森鼠を見る。鼠は眠るようにただ尻尾を器用に揺らしていた。
「……王都か、……おそらく、国境ですね」
組合長にはチャゴの眼に妖しさが宿っているように見えた。




