四十六話
朝。
その日は、チャゴにとって転機だといえた。
なにせ代官に再度呼び出されたのだ。目論見通りだとしても、上手くいけば大口の商いになるかもしれない、とチャゴは意気込んでいた。そのための仕込みもすんでいる。
あとはどうやって若輩となめられずに、足元を見られずに商談をまとめるかだ、と思案しながら支度をすませる。
「いってらっしゃいませ、チャゴ様」
宿を出ようとすると、無表情の仲働きが挨拶をする。突然のことでチャゴの思考は疑問符で一杯になった。
代官への商いに意気込んでいたので、なおさら、そうなってしまったのかもしれない。
「えっと」
狼狽えるチャゴを尻目に、仲働きはチャゴが落とした荷物を手渡した。財布代わりに使っている染色された革袋だ。今日は大した額は入っていなかったが商人として財布を落とすとは致命的な失敗だな、とアングイスが鳴いている。
チャゴが知る限りただの宿の仲働きが、連泊する上客とはいえ、ここまでの事をすることはない。動揺は当然だった。
──まるで専属の使用人みたいだ
頭を振って目を瞬かせた。
「あぁお気になさらないで下さい。先日からチャゴ様の専属になりましたので」
「へ?」
寝耳に水の話は、チャゴの思考を完全に停止させた。もう一度荷物を落としかけるが、それはアングイスが受けとめる。
「では、部屋の掃除がありますので」
仲働きが深々と礼をする。
「い?」
宿の扉がゆっくりと閉まって、仲働きの姿が見えなくなるのをチャゴは呆然と見ていた。
「店主!」
我に返ったチャゴが発した言葉は、宿屋の主人を探す言葉だった。
昨晩にやってきた使者は、まるで死に神のような出で立ちだった。黒く染め上げた革の外套に黒い帽子、外套からのぞき見れる下の服装黒かったとチャゴは記憶している。
チャゴが泊まる宿の一室に無表情の仲働きが、静かに連れてきたのだ。入ってきた瞬間は亡者か何かだと見間違った。
「これは申し訳ありません」
身構えたチャゴ達だったが、すぐさま謝罪をした。
今回も仰々しい使者がくると思いこんでいたため、人目を避けるように夜に、使者が封蝋された手紙を携えきただけで、少々拍子抜けしてしまった。使者は手紙を渡すと、チャゴに急ぎ返答を求めてきた。
「少々おまちください」
と、愛想笑いを浮かべながら急いで手紙を読み、この街の「代官」に再び喚び出されたと分かったとき、チャゴは思わずアングイスを見た。
──ことごとく、この鼠の言う通りになっていく
鼠は不貞不貞しく寝ていたが、チャゴにはその顔が嗤っているように見えた。
手紙の無いように返答すると黒い使者は、去り際に手紙を燃やすようにチャゴに指示した。
どうやらよほど内密な商談らしい、と商談内容を推測しながらチャゴは眠りにつくことにした。
絨毯が敷かれているとはいえ石畳に跪くと少し冷たく感じた。
通されたのは、前回通された部屋だった。違うと言えば、部屋には代官とチャゴしかいないということだろう。
「叢屋、コレを作れと指示したのはお前か?」
そう言いながらチャゴに近寄り、代官は何かを投擲した。が、簡易礼をして跪き床を見続けるチャゴには、それを避けることはかなわない。
手心を加えた投擲は、チャゴの近くに落ちる。
石畳の床と敷かれた絨毯のせいで、落ちる音は鈍っていた。
下を向いているチャゴの視界の端に叢屋傘下の錬金術工房で作らせている金属製の喫煙具が転がってくる。チャゴは頭を下げたまま、目線だけでそれを確認した。
予想通りの件で、内心チャゴは胸をなで下ろす。
「はい、これは叢屋で造っている喫煙具ですね」
「煙草屋でも始めるのか?」
「はい。叢という屋号にかけようと思いまして」
「煙草は、薬師組合の専売だぞ」
「えぇ承知しております」
「……それで喫煙具だけでもと?」
「はい、喫煙具は専売ではありませんでしたから」
代官は、チャゴの言葉の真意を勘ぐるような口調だった。
「売れたか?」
「えぇ、お陰様でそこそこには。金属製は強度がありますから、長持ちします。そういう木製のように熱や水に弱いという弱点がありませんから」
「持ち運びには向かんだろう」
「そうなのです、重さを減らすために、部分を短くしたり、火口を小さくしたり工夫しましたが、まぁ焼け石に水という奴でした」
「なるほど、つまり屋内用か?」
「おぉ、それは面白いですね、売り文句にさせていただいて宜しいですか?」
よい売り文句にチャゴは思わず顔を上げそうになった。
「ならん」
と、冷たく拒絶される。代官の拒絶がなければ、顔をあげていただろう。
「し、失礼しました」
「いや、いい。叢屋、その喫煙具に装飾は出来るか?」
「えぇ。できます、ただ時間がかかるということで省いていまして……」
チャゴが申し訳なさそうな声をだすが、「手間賃で単価も上がってしまいます」とチャゴの言に代官は反応せず続ける。
「絵柄はこちらから指定できるか?」
「もちろんです。独りで造らせているので時間はかかると思いますが」
「ふむ」
ゆっくりと歩んで代官は用意をしていたのだろう羊皮紙の二巻きをチャボの前に置いた。
「絵柄はこれだ?」
「中を拝見しても?」
「構わん」
一枚目は少女にからみつく蛇、チャゴは知らなかったが何処かの物語の一場面なのだろう。もう一枚は、剣と鞘が主体の絵柄だったが裸婦がそれを振りかざしている。
チャゴが羊皮紙を広げマジマジ見ているのを代官は嗤っていた。
「なるほど、承りました」
チャゴはそう言いきると、代官に退出を命ぜられる。礼をして部屋をでた。
招き入れられた裏口から城を出て、門兵が見えなくなるとチャゴはニヤリと嗤った。
その笑顔は邪悪にみちていた。
宿に戻ったチャゴは、泊まっている宿の店主に愛想笑いをしながら、仲働きの件について抗議した。




