四十五話
森鼠アングイスがチャゴに融資を許した店の条件は、商人組合『黄金の卵』で貧民窟近くの裏通りに店を構え、店主が錬金術を修めているというものだった。
アングイスに条件に当てはまる店を探してもらい二件しかなかったというのが現状だったが、チャゴとしては上々だった。
チャゴが釈放金を貸した“侏儒人の鋳塊”は、金属錬成の工房だ。若い侏儒人が親から店を引き継ぎ、日用品の鍛冶、彫金、それに受注生産ながら合金の錬成まで行う個人の工房としては手広いというのがチャゴの印象だ。
チャゴの目の前に座る侏儒人は、落ち込んでいた。
若いと言っても、侏儒人での年齢なので、チャゴよりも年を食っているのだが。
金属錬成専門の工房にも関わらず、この裏通り界隈の商人組合『黄金の卵』に加入していたため、睡眠蝶騒動で捕縛されていた。
「うちは薬を扱ってねぇ」と事情聴取にきた兵士に反論して、問答になったのが拙かったのだろうとチャゴは思う。
落ち込む侏儒人を励ます事もせずチャゴは愛想笑いを浮かべたまま話をきりだした。
「今日は金の催促で伺ったわけでないですよ。実は、ですね……」
チャゴは懐から羊皮紙を取り出して、机の上に広げた。
「これは?」という顔をした侏儒人にチャゴは愛想笑いをうかべた。
「作っていただきたい商品です」
侏儒人が不思議そうな顔をする。「売れるのかい、こんなものが?」と不思議そうな顔のままだ。
チャゴが侏儒人に見せた羊皮紙に描かれていたのは、喫煙具だ。金属製の喫煙具をみて侏儒人は疑問に思った。「いや、普通この部分は木製だろ?この部分も短すぎないか?」ブツブツと言っているが、チャゴは無視して話を続けた。
「これにいずれ細工を凝らしていただきたいんです」
「かまわないけどよ、この寸法だと火皿の口部分が少し狭くねぇかよ?葉っぱが入れにくいだろ」と言った。
「本当はもっと小さく、えっと煙を逃がさないようにしたいらしいんですけど、そうすると色々と拙いので」
難しい顔のチャゴのを見て「何だ?煙草の葉でも売るつもりなのか?」と侏儒人は疑問を口にした。
「いいえ、中身は売る予定はありませんよ。これだと、一日にできますか?」
「まぁ一日に三つってとこだな」侏儒人が思案しているところをチャゴが遮る。
「あぁ、工房の普段仕事の邪魔にならない程度でしたら、どうですか?」
言われた侏儒人は「なら、二日で一つだ」と返す。
「では、そのようにお願いします。あぁ、あと単価の高い金属は使わないでください。五十用意できたら、引き取りにきますので」
「おうよ」そう言う侏儒人の声は、金属製の喫煙具の製作に心を躍らせているのか、楽しげに聞こえた。
“侏儒人の鋳塊”で商品製作を依頼して数日後のこと。
裏道をチャゴは歩く。
特に急いだ様子はないが、チャゴが見つめる先には走り逃げる人間の男がいた。
男は振り返ってはチャゴとの距離を気にしている。その形相は恐怖に染まっていた。
チャゴはため息をついた。
──ただ一言伝えるだけなのに
状況は簡単な話だ。逃げている男はチャゴに金を借りたが約束の日を迎えても返済せず、事情を聞こうとチャゴが家を訪ねると逃げ出してしまったのだ。だからチャゴは、彼を追いかけている。
チャゴが追いかけるのに急がない理由は、森鼠アングイスが男を追跡してチャゴに居場所を知らせてくれるためだ。
他から見ればチャゴが散歩しているように見えなくもない。
──かといって、今日は取りいって急ぐ仕事もない
チャゴとしては、男と契約を記した羊皮紙を十一神教会に売り渡す旨を伝えたいだけなのだが、男は取り立てにきたと勘違いしてしまったのだろう。
──まぁ、三人と一匹が急に訪ねてきたらそう思うかもしれませんね。今後、気をつけることにしましょう
そうして逃げ出され、仕方がないので追いかけることになったが、誤算としては男が悲鳴をあげながら逃げたせいで街でちょっとした騒ぎになり始めた。「銭のためなら地の果てまで追いかける叢屋」「銭の悪魔」「守銭奴」「雑草からも儲けをだす」冗談混じりに聞こえてくる声にチャゴは恥ずかしさと頭痛を感じ始める。見知った顔や馴染み客が、笑っていた。
──よし、今後は迅速に確保できるようになろう
そう決意をあらたにしてもチャゴは走らなかった。
数刻後、男はすっころんで道の真ん中で倒れ込んでいた。疲れ切って起きあがれないのだろう。
──まぁ、あれだけ走り続ければ、倒れるでしょうに
チャゴは寝ころぶ彼の頭の方に立つ。
「こんにちわ、ギル様。返済日は十日ほど過ぎております。返済の意志はまだありますでしょうか?」
愛想笑いを浮かべたままチャゴは、丁寧に尋ねると男は「ある」と息も絶え絶えに答えた。
「では、今日は利子分だけでもお納めください」
チャゴに何か言おうとして男は、口をパクパクとしているだけだった。
「あぁ、喉が渇かれたのですね」
チャゴは愛用している水妖馬革の水筒を取り出して、男に差し出してやる。
男は飲み終わると、あろうことか水筒をチャゴに投げつけてきたが、チャゴの傍らにいた小邪鬼カンタートが盾でそれを防ぎ、アングイスが水筒を尻尾でつかんだ。
そのまま逃走しようとした男に、傍ら控えていたもう一人矮人のグラディオは、魔術【穿】を唱えて、男の足下に大きな穴が空けた。
「たた、助けてくれ」と男が悲鳴を上げながら、道ばたに落ちている小さな小石を投げつけてくる。カンタートはそれがチャゴに当たらないように盾で防いでいた。
「返さないという意志なのであれば、契約の羊皮紙を教会の方にお納めしますが、それでよろしいでしょうか?」
愛想笑いのままチャゴが、男に言うと投石がやんで「それだけは」と男が叫んだ。
「おそれいります」
チャゴは、優雅に一礼した。




