四十話
街を出て四日目。
「ぐーま」
カンタートは驢馬の上ではしゃいでいた。背の低い、小邪鬼が騎乗するには丁度良い高さなのだろう。
その驢馬はカンタートをいないものとして振る舞っているようだ。
森鼠のアングイスは、カンタートの頭の上にお目付役として鎮座している。
三匹の様子見しながらチャゴは辺りを見回して、その暗さを再度驚いていた。
“暗い森”は、変わらずの暗さだ。
曇りの昼でもないのに薄暗い。
自分がここで彷徨っていたのかと思うと、チャゴはぞっとする。
茂みや少しの暗がりが恐ろしく感じながら歩を進めた。すぐそこのあの茂みに何か潜んでいるのではないだろうかと、あの木の陰に、と妄想に取り憑かれた感覚に陥っていた。
チャゴの鼓動は次第に早くなっていく。
そういえば森から出れて街道を歩いていた時ですら、後方の森から小邪鬼や狼が追いかけてくるんじゃないかと悪い想像がついて回っていたことを思い出した。
──この森の“暗さ”は、どこか異様なんだ
チャゴは驢馬の隣を手綱を握って街道を歩く。
手に力が入る。
驢馬が、小休憩を入れずに歩き続けてくれるおかげで予定よりもはやく進んでいる。荷が軽いのも理由の一つだろう。
想像していた予定より順調だ。アングイスの言うとおりに立ち回り、自分で立ち上げた商会も、商売も、この状況に陥れた原因究明も、今歩く道程も何もかも思い描いたとおりだ。
──不安に駆られるのは、何故なんだろう
と、アングイスの尻尾がチャゴの頭に当たる。チャゴはアングイスを見るが、鼠は小邪鬼の相手を続けている。
少し笑ったチャゴが息を吐いた。
森の中をしばらく行くと、道を塞いでいただろう大樹が処理された跡や、小邪鬼を焼却した燃え滓が邪魔にならないように整地されていた。
やはり一連の騒動の対応、後始末が早いようにチャゴは感じる。
街道の整備がされておらず商隊用馬車に載せていた商品が傷物になっていて、大損したという先輩や商会長の愚痴を思い出していると、道端に足枷を見つける。
──あぁ強行に作業したのか……、いや、させたのか
おそらく小邪鬼と狼を各組合に雇われた荒事専門の人間に排除させ、賦役を課せられた農奴、刑の軽い囚人が使われたんだろう。
──商会長に拾われなかったら、そうなっていてもおかしくなかった
もしもそうなったらと思考してチャゴが感じたのは恐怖だった。
ぐっとそれを堪えたチャゴはもう長い年月たった気分に陥ったが、まだ一ヶ月と数日前の話だと思い出して、今度は感傷的になった。
──はやく遺体を運ぼう。この森はやっぱり苦手だ
チャゴが商会長の遺体を埋めた場所にたどり着くと、兵士たちが辺りを整地を行っていた。
荷を置いてアングイスを肩にのせると、チャゴが商売用愛想笑いで近づいた。現場を指揮しているだろう恰幅の良い男を見つけ、話しかける。
「ご苦労様です。この辺りに遺体を一時安置した者なのですが……。失礼しました。叢屋のチャゴと申します。隊長さんでしょうか?」
男はチャゴに驚いていたが、チャゴが事情を説明すると仮に埋葬した場所まで案内してくれた。
兵士たちの手によって掘り起こされた遺体は、破損が酷かったらしい。加えて亡者化を防ぐために、それらしい処置を施されていた。
四肢は切断され、首も胴とつながっていない。
“暗い森”は、土地柄的に奇妙なことが起こる場所で、処置した遺体も安心できないらしく専門の知識を持つ処理人に遺体を処理してもらうことになっているらしい。
「そうですか」
チャゴそう言って、遺品の一部を引き取りたいと申し出ると、兵士は快く了承してくれた。
先輩二人の遺品と商会長が身につけていた片眼鏡を受け取る。
──そういえば、商会長の身寄りってあるんだっけ?
受け取った片眼鏡を手で触りながら、思い出そうとしてみるが、チャゴの記憶の中にそれらしいことを聞いたことがなかった。
それを知っているだろうルルベに手紙を出そうにも、新大陸に行ってしまった彼に手紙を届ける方法がチャゴには思いつかない。
ぢゅぅ。
「組合で尋ねろ」とアングイス。あぁそうかとチャゴが得心する。
帰ろうとすると隊長とは別の兵士が呼び止めてきた。「この森で何か見たか?」と尋ねてくる兵士に愛想笑いで対応しながら、「何かとは何でしょうか?」とチャゴは謝罪してから答える。
兵士は「解らないなら構わない」といった態度で作業に戻った。チャゴは首を傾げて、来た道を戻ることにした。
幾つかの怒号。哀願の叫び。
レノの首が胴から切り離されたのだろうと推測される歓声と悲鳴が入り交じる広場の端、鳴き声とともに思考がチャゴに流れる。
「このままでは危険だ、街を離れるべきだ」とアングイスが強く主張した。森鼠は調べた結果、今回の騒動を有耶無耶にするために、大きな力が働いていることが覚ったらしい。
──大きな力って?
「少なくとも代官よりもさらに大きい」とアングイス。
それに対してチャゴは街を離れるのを嫌った。順調に儲けが出始めている金貸し業を中断してしまうことになるし、明日にもまた回収しなければならない。
──見逃してもらえるかもしれないだろ?
チャゴは楽観的に考えていた。犯人は捕まって処刑されたのだからこの事件は終わり、と、そんな簡単な話ではないとアングイス。
──それに長期に街を離れる理由がないだろ?
「遺体の回収を理由にしろ、いい機会だ」と森鼠が鳴く。チャゴはその場で反論できなくなった。
──そのために荷車を買えと言ったのか?
アングイスは鳴いたがチャゴへの問いかけの答えは流れてはこなかった。
代わりに「急げ、贖罪の山羊にされたいのか?」と、言われて断頭台に意識が向かった。




