三十五話
炎の中で焦げていく干し肉、焚き火の煙が黒く濁る。
その前ではしゃぐ小邪鬼が一匹。
気怠い体は、火の温かさと暗闇のせいだろう、目を瞑れば簡単に意識を失えそうだった。
空はまだ明るくはない。
──そうだ
「名前を決めなくちゃな」
悪戦苦闘しながら干し肉を食べる小邪鬼を見つめながら、チャゴは言った。
「ぐー?」
小邪鬼らしくない小邪鬼は、何を言われているか分からないのか首を傾ける。
「お前の名だよ」
ぢゅ。
アングイスの気が立っているのがわかったが、チャゴはその鼠の背を撫でて落ち着かせた。
チャゴの言葉に「また何かくれるのか?」と解釈したのかチャゴの傍にとことこ寄ってきて坐る。
「まぐ」
──まるで幼児だ
実のところ小邪鬼の子供なんて見たことがないチャゴは対処に困っていた。
──街に連れて…
チャゴの常識では小邪鬼とは、生まれてすぐに人を襲うような魔物だ。果たして門兵が通すだろうか?とチャゴは自問する。カンタートから小邪鬼特有の邪悪さ、あの嫌な感じをチャゴは感じない。小邪鬼と言われればそう見えるが、混血種だと言われればそうにも見える。
「ぐーまー、ぐ。ぐー、まぐぐ」
手をブンブンと振り回し、何かを伝えようとした。チャゴはそれから目線をずらす。
──いや、わからん
「げー。ぐげー」
伝わっていないことに小邪鬼が申し訳なさそうにする。苦笑いをしてチャゴは干し肉を一枚渡してやると、小邪鬼は、また歌うように干し肉を焼き始める。
ぼんやりと眺めていると、チャゴの脳裏に言葉が浮かぶ。
「カンタート」
「ま?」
「お前の名前は、カンタートだ。よろしくな、カンタ」
「ぐ」
小邪鬼のカンタートは嬉しそうに返事をして、やはり干し肉を焚火の中に落とした。
──まぁ、従魔ってことで押し通すか…
チャゴの体力が回復を待って、森をぬけ街道にでて街へと歩く。
休んでも体の気怠さは、あまり変わりなかった。
街道の傍には麦畑が並び食用の牛や動物の牧場が、ようやくぼんやりと明るくなって見えてくる。
──暗い森”から帰ってきたときは、そんな余裕がなかったなぁ
そして魔術の使用のために森へは人目につくことを嫌がって街道を通らずに一直線だったせいで、この風景は見れていない。
──まぁ、そもそも暗くて見えないか
チャゴは立ち止まり振り返る。
とことこ、足音が近づいてきた。
この小さな小邪鬼は歩幅が小さく、チャゴが待ってやらないと遅れるようだった。
急ぎ足で追いついたカンタートが、チャゴを申し訳そうに見上げた。
「げー」
チャゴは無言でカンタートに手を差し伸べる。
「ま?」
カンタートはチャゴの手を不思議そうに見て首をかしげた。
──やはり、魔物には思えない。小邪鬼なのか?
一度しゃがんでからチャゴは、カンタートの手をつなぐ。
「ぐ!」
手をつないだカンタートがはしゃぐと、チャゴの肩に乗っていたアングイスがカンタートの頭の上に移動する。
ぢゅ。
「げ」
重たそうにするカンタートを尻目にチャゴはついた汚れが気になった。ところどころに血の汚れが残っている。
──ため池、あったよな…確か
街の城壁の外には、街道脇を畑と牧場が暫く続く。この畑の生産物と肉は町で消費され、そして交易商品としてこの地域の生活を支えている。
その農業用のため池が近くにあったはずだと思い出しそちらに向かう。
チャゴは自身の衣服、袖近くについた少しの血の汚れとカンタートの体を洗った。自主的に、アングイスも呼吸が確保できるところまで水に浸かっている。
ぢゅぅ。
「清潔さは大事だ」と主張するが、チャゴには理解が追いつかない。チャゴの手から離れたカンタートはため池の浅瀬で水を踏みつけたりすくい上げ遊んでいる。そんな森鼠と小邪鬼をチャゴは見つめ額を抑える。
──【造】は、成功したんだろうか……?
ペポパとダスに聞いていた出来上がる小邪鬼とは何処か違う。彼らから聞いたのは、単純な命令しか理解しないものだったからだ。
──ペポパさんとダスさんに一度見せるか…
考え事をしながらチャゴは再び焚き火を起こす。
「ま?」
ぢゅ。
いつの間にか水遊びで上向きに浮かぶカンタートとその腹にのるアングイスを呼ぶ。
「アンク、カンタ、乾かしたら街に帰るよ」
陽が登り始めた頃、街をぐるりと囲む城壁の門をくぐったチャゴとカンタートに門兵は怪訝にした。
──まぁ予想通り
ぢゅ。
──うん、堂々としていれば通れる。堂々としていれば大丈夫。堂々としていればいい
門兵は五人いて、そのうち一人は現場監督で他四人は大型馬車対応に二人、歩行者対応に各一人ずつで動いている。
チャゴの対応をした門兵は「それは何処から連れてきたんだ?」そう言わんばかりに見てくるが、チャゴは堂々として愛想笑いで返す。
「新しい従魔です」
「ぐー」
カンタートが門兵にへらへらと手を振る。
人攫いを疑った門兵は「いや、人の子に見えるんだが」と詰め寄ったが、カンタートは「ぐーげ」「まーげー」「げ」などとしか言わない。
ぢゅぢゅ。
嗤われたと思った門兵がチャゴの肩、森鼠アングイスを見ると、笑みを浮かべたままのチャゴがいた。
「通っても宜しいですか?」
発する言葉は柔らかなのに圧に門兵は戸惑う。門兵はチャゴを服装年齢を見て何処か名のある商会の丁稚…もしくは跡取りだろうと判断していた。一時的に外出するために発行する木札も持っている。
門兵は思う、果たしてそんな身分が人攫いなどするだろうか。もし人攫いなら、この小邪鬼?のような子を保護して、この丁稚を捕縛せねばならない。が、堂々としてやましさがあるように感じない。この小邪鬼らしき子がもし、奴隷として売り払われる人ならば、その分の税をとらねばならない。しかし人として言葉が通じない以上、どうしようもない。
門兵が悩みながら本当に小邪鬼で従魔なのだなと念押して訪ねると、チャゴは呆れたように言った。
「アンク…森鼠はよくて小邪鬼は駄目なんですか?前回、森鼠が危害を加えないかとか、散々お尋ねなさったのに、今回はお尋ねにならないのは何故でしょうか?」
終始笑顔を浮かべそう言いはったチャゴと順番待ちの人々が徐々に増えていく事に門兵は、苛立ち始めた。
チャゴは目に見えて雰囲気が変わっていく門兵をみて「しまったやり過ぎた」と思っていた。暗い森”から死に体でチャゴが帰ってきた時、不審がられ散々詰問されたので厚顔な気持ちと復讐心で歯止めが利かなくなっていたのは否めない。
ぢゅ。
アングイスにも窘められる。
「さっさと通れ」と門兵はそういうとチャゴたちから視線を外していた。
彼には次の仕事がたまっているのだ。
チャゴは丁寧に頭を下げて去っていった。




