三十四話
刹那の闇の中、温かさがあった。ぼんやりと、そこに。
──あぁ、あの女性の匂いだ
深淵に近いと理解しながら、チャゴは確かにそれを感じた。
意識がとんでいた。アングイスが下衣の袖を咬んでいる。どうやら起こそうとしていたらしい。
──あぁ火を焚かないと
アングイスの身体を優しく叩いて立ち上がる。
ぢゅぢゅ。
森の匂いと肌寒い感覚に、ぼんやりとしている頭は焚き火をすること欲していた。チャゴは暗闇がまだ居座る森の中で、手近で薪を集めていく。
小枝、小枝、小枝。強い風や獣、魔獣魔物の体に触れ、折れてしまったのだろう。
太い枝。太い枝。木こりが運び忘れたのか?それともやはり動物が当たって折ったのだろうか。樹皮がはがれた太めの枝、草食の動物が皮を食って、朽ちてしまったのだろう。
小枝を重ね、枯れ葉を二、三枚小枝の隙間に入れる。その上に太めの枝を一本置いた。
燧石と火口用の布を取り出して火をつけると、一度で火が宿った。
──やはり…加護?なのか
森の中で見た夢の中の女性に出会ってから、チャゴ自身の異常だと感じている。街に戻っても色々と試したが、どうやら火に関する体質が変わったようだった。
「おそらく少年も加護持ちでありまする」ペポパに言われたことを思い出す。
火口を小枝に近づけ息を吹きかけると、小枝に火が燃え移り、チャゴは火種を重ねた小枝に放り込む。
手に持つ火口布はぼんやりと早く燃え尽きていく。小枝に火をつけ火種にして、小枝の山に放り込むのを数回繰り返した。
──なんか、魔術に似てるな…
指の近くまで燃えた火口布を焚火にくべた。
焚火は、小さい火が重ねた小枝に燃え移り、幾つかの火がまとまって太めの枝に絡みついて、包んで、燃えうつる。
チャゴは、枝に火がうつるのを確認して、太い枝を重ねる。
──火は確保したから、次は水…、それから食べ物…。水筒はあるし、食べ物は…干し肉あったけ…?あれ…、なんで此処にいるんだっけ?
火が太い枝を包んで飲み込むと、火は大きくなった。段々と頭のの中がはっきりとして、身体の気だるさを思い出していく。
──あぁそうだ、魔術…
チャゴはようやく肉塊の方を見た。
頭と身体は出来上がっている様だった。手足が伸びていく様を目撃して、チャゴは眼を伏せてしまった。
「…ぐ」
声が聞こえる。ジタバタとしているのだろうか、チャゴからは身を捻るのがわかった。
しばらく地面を這う音が聞こえ、ぺたぺたと足音が焚き火に近づいてくる。
焚火で浮かび上がったそれは、小邪鬼だった。
森でチャゴを追いかけてきた小邪鬼とは違い、体格は一回り小さく何処か人に近い。身長はチャゴの腰当たりまでしかないだろう。
濡れたように深い灰色髪と油っぽくない緑色の肌、赤い瞳。それに小邪鬼にはないはずの幾何学模様入れ墨が顔半分に現れていた。
──ジャスは儀紋人だったのか…?
素体の影響なのかもしれない。と考えていると目の前の小邪鬼が焚火に近づきたそうにしているが、アングイスが警戒姿勢をしているせいかなかなか近づいてこない。
「ぐ」
小邪鬼は唸る。寒そうにしている小鬼に手招きをしてみるが、小邪鬼は首を傾けて理解できない様子だ。
チャゴは近づいてみようと考えたが、アングイスの思考がそれに反対する。
手持ちの干し肉を一枚放り投げてやり、一枚を小枝に刺して火で炙った。
「ぐーま?」
小邪鬼は投げられた干し肉とチャゴを交互に見ている。
「食べていいよ」
「ぐぐ」
小邪鬼は火の近くにやってきてチャゴの真似をして干し肉を炙り始める。
寒かったが暖をとれて嬉しかったのか、焼けていく干し肉に高揚しているのか身体を左右に揺らしだす。
「まーぐーぐ。ぐーぐ、ぐぐ。まま、げー」
唄うように炙り始めたが、小枝が細すぎ重みで干し肉が落ちそうになる。
「げ。ま、まげ。まげ」
どうやら小枝に刺した干し肉を応援しているようだった。
応援のおかげで干し肉が持ち直すと、また歌い出し落ちそうになると応援する。
が、数回目の応援で焼けた小枝が折れて、干し肉は焚き火の中に飛び込んでしまう。
「げぇ!…まま、げ。ぐーげー」
崖に恋人が落ちていった如く、炎にむかって手を伸ばす小邪鬼。
が、熱さで手を引っ込めた。
小邪鬼は、落ちてしまった肉を取ろうと挑戦するが、火に阻まれ手を引っ込めての繰り返しが始まる。
干し肉が焦げていくのを目の前にして焦ったのだろう小邪鬼は諦めずに素手で焚き火に手を入れようとして、アングイスの長い尻尾に叩かれた。
小邪鬼は一瞬、きょとんとアングイスを見て、涙を流し始める。
ぢゅぅ。
アングイスはやれやれといった様子で一鳴き。
「げ!まま、げ」
小邪鬼は焚き火を指さしながら、アングイスに抗議しているようだった。
生み出した小邪鬼の声に獰猛さも凶悪さもないせいだろうか、なんとも迫力も緊張もない場面だった。
そんな雰囲気にチャゴは微笑んでいた。
「これをお食べ」
そう言って小枝で焼いていた干し肉を差し出す。
「まま?ぐぐ!まー、ぐぐぅ~ぐぐ~」
小邪鬼は先端についた干し肉に齧りつく。
「…、まー、…ぐぐ。…ぐーぐ」
焼きたての肉の熱に驚いて手で掴むが、熱さで左右で持ち替える。右も左も熱さの限界に達すると咥えて手をぶんぶんと振り回して冷ました。
それを見ていたチャゴは、微笑んでいた。
文章としては、三語まで。
ぐ=YES
ま=指示「これ、それ、あれ」
げ=NO
ぐー=私
まー=あなた
げー=ごめんなさい
以下、前後に句点句読点、必須。
ぐぐ=ありがとう
まま=食料・水
げげ=睡眠




