第3話
ジルクニフ第一王子がおこしになった。
今はお嬢様とお二人で、お茶を飲んでいる。
俺は執事としてお嬢様の後ろで控えて、カップが空になったら紅茶を告げたす係だ。
これが案外難しかったりする。音を立てて会話の邪魔をしてはいけないし、あんまり注ぎ過ぎると時間が経って冷めてしまう。まあ、俺は問題ない。前世でやっていた執事喫茶のバイトが役に立った。
そういえば前世と今世の世界では、執事というものは大分違う意味を持った役職らしい。
俺がいた国には執事なんていうのは、執事喫茶だとかそれこそドラマの中にしかいない存在だった。
他国にはいたらしいが、やはり、昔に比べると少ない。
しかも居たとしても執事はかなり偉い役職で、主人が留守の間は家を任されることもあるのだとか。
それが今の世界ではメイドの男ヴァージョンみたいなものだ。
だいたい仕える主人と行動を一緒にしている。
多分だが、攻略対象を増やしやすくするためだろう。
攻略対象に執事がいるが、家に引き篭もられるとイベントが起きないからな。
攻略対象を増やすといえば、そのこともあってかこの世界は無茶苦茶な作りをしてる。
俺たちが住むこの国は、金脈があり装飾品の有名な産地で、一年中穏やかな気候をしている。そのお陰か森から取れる恵も多い。
それなのに隣の国は砂漠が広がっていて、褐色のイケメンがいる。
反対側には永久凍土があり、銀髪碧眼のイケメンがいる。
意味不明な世界地図だが、一応理由はある。
国境が、文字通り国の境なのだ。
魔法壁が地下深くから天まで伸び、一部のゲートを除いて完全に遮断している。
だから季節風が通らない。
植物の種子なんかも遮ってるので、植生もまったく別の物になる。
太陽光も一部遮断しているらしく、砂漠や永久凍土があちこちに点在しているのはそれが原因らしい。
「……」
「……」
さて、暇だ。
お嬢様はふんぞり返って紅茶を飲んでる。本人的には優雅で気品のある立ち振る舞いのつもりだろうが、どう見ても悪役だ。負けヒロインだ。
一方の王子も、お嬢様がまるで見えていないかのように、完全にいないものとして扱っている。
こんな空気の中で一体なにをすればいいのか。
とりあえず、お嬢様と王子の中を進展させなくちゃいけない。
好感度を少しでも上げておくことは、この先きっと役に立つはずだ。
「(お嬢様、お嬢様)」
「(……なによ)」
「(会話をなさらないと。せっかくのジルクニフ様とのお茶会なんですから)」
「(……あなたは、それでいいの?)」
どういう意味だろうか。
いや、そうか。
きっと俺が「負けヒロイン」と言ったことを気にしてるのだ。お嬢様の言葉を補うと「あなたはそ(ういう方向性の)れ(い嬢)でいい(と思う)の?」だろう。
うむ、完璧な推理だ。
流石は前世で探偵のバイトをしていた俺だ。
「(もちろんです。お嬢様は完璧なご令嬢ですから。ジルクニフ様も、きっと好きになると思いますよ)」
「(あぁ、そう。そうなのね。あなたはそれでいいのね。もう、知らないわよ! それで、なにをしろですって?)」
こういう時は前世の知恵を借りるに限る。
確か主人公は、最初は王子からあまりよく思われていないのだ。
しかしある時、とある行動をしていた主人公を見て、王子は気にかけるようになる。
その行動とは。
「(とりあえず、ジルクニフ様をなんでもいいので打ち負かして下さい)」
「(とりあえずですることじゃないわよそれ! 政治が荒れるわよ! ジルクニフ様にも嫌われ――はっ! そう、そういうことね。いいわ。やってやろうじゃない。あなたはそこで見ていなさい!)」
どうやら伝わったようだ。
流石に何年も過ごしてきただけのことはある。今日も俺とお嬢様は以心伝心だ。
主人公は物凄く頭がいい。
最初の学年テストで、王子を抑えて一位に躍り出る。そこで王子は、元平民なのに頭がいい主人公に興味を持つのだ。
だからお嬢様がここで王子に勝てば、ルートに乗れるかもしれない。
「ジルクニフ様!」
「……なんだ?」
「勝負いたしましょう!」
「勝負、だと。ふぅん……まあ退屈していたし構わないぞ」
負けず嫌いで勝負が大好きなジルクニフ様はやはり乗ってきた。しかし、でなにで勝負するのだと、お嬢様に鋭い目つきを向けている。
「そ、それは……」
「それは?」
不味い。
お嬢様はアッパラパーだった!
ここは助け舟を出すしかない! だが、お嬢様が王子に勝っているところなんて、ほぼ無いに等しい。それも今この場で出来る勝負なんて、大分限られてくる。
だから、ここは。
「恐れながら、お嬢様」
「なによ」
「ここはひとつ、お菓子の早食い競争で雌雄を決めてはいかがでしょうか?」
「本当に恐れを知らないわね、あなた。その口上で失礼なことをいう人を初めてみたわよ! それにそんな下品なこと、ジルクニフ様がよいと仰るわけないでしょう!!!」
「よいぞ」
「仰ったわ!!」
「仰られましたね」
どういうわけか、王子は結構乗り気だ。
後ろのメイドが俺を睨みつけているが、気にしない。
「それでは、私が合図をさせていただきます」
「頼むわ」
「お前、主人に贔屓するなよ」
「もちろんでございます」
手を鳴らして、合図する。
王子は意外にもがっついて食べだした。幼い頃からマナーを叩き込まれているはずなのに、思ってたよりワイルドだ。
確かゲームでも、主人公が学食でお昼ご飯を食べているとき、お嬢様が「オーホッホッホッ! 平民上がりの小娘はお食事のマナーも知らないようですわ。豚小屋の豚だってもっとお上品に召し上がりますわよ!」と突っかかったところ「それじゃあ俺も豚だな」とか言いながら主人公に合わせてたな。
なるほど、それなりにはやるようだ。
しかし、舐めないでもらおうか。
お嬢様の食い意地を!
「ごちそう様でした」
「!?」
王子が四枚目のクッキーに手を伸ばしたところで、お嬢様は完食。
余裕な顔で口をぬぐっている。すごい。すごい食い意地とすごく悪役の仕草だ。王子がドン引きしてる。ここは何かを手うたねば。
「お嬢様、失礼したします」
お嬢様からナプキンを奪い取り、顔を拭う。
ふきふきふきふき。
「ちょ、あなた、いつまで……」
ふきふきふきふきふきふきふき。
「いい加減に……!」
ふきふきふきふきふきふきふきふきふきふきふき。
「いい加減になさい!」
「はい、お嬢様」
ふう。
指圧師のバイトをしてた甲斐があった。お嬢様の表情筋をほぐしたので、これでいい顔になるはずだ。
「ば、馬鹿な……。俺が負けるだと!」
見ると、王子が怒りに震えていた。
これは、いい感じだ。
確か主人公にもこんなリアクションを取ってた気がする。
「いや、これも計算尽くか。なるほどな!」
ん?
「お前、面白いな」
ひえ。
この王子、なんで主人公に言うセリフを俺に言ってんですかね(震え声)。
「今回は負けてやる。明日も来るからな。覚悟して待っておけ」
なにを覚悟すればいいんですかねえ……。
今のセリフも全部、王子が主人公に言うセリフだ。なぜ俺が王子を攻略してるのだろう。
たしかに俺はルートを変えさせようと色々した。
何かしらの変化が起こって当然だ。
しかしこれは変化が起こりすぎじゃないだろうか。
その後、王子は帰っていった。
お嬢様は俺のマッサージのお陰でよく動くようになった表情筋を使って「オーホッホッホッ! 王子に勝ちましたわ! みてらしたチャールズ?」と最高に悪役な顔で高笑いしている。
このままだと俺と王子のルートのライバルになりそうだ。
最悪である。