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エピローグ 未来

 夏休みは終わったが、それは夏の終わりと同義ではない。

 残暑というよりも夏が長くなったと言うべきだろうと最近思う。少なくとも九月まではこんな気温が続くだろう。


 新学期が始まって二週間が過ぎた。この頃になれば、さすがに休みボケした連中の目も覚めてくる。

 一応は私立という体裁を重視してか、教師たちも学内の雰囲気を徐々に進学モードへ切り換えようと躍起になっている。

 もちろん、就職希望の生徒に対しても歓迎ムードだ。進路を決めてない奴には居場所がないので、さっさと進学にでも落ち着けと言ってやりたい。


 休みが明けてすぐに出された進路希望調査票に、俺は迷わず彼女の大学を書きこんだ。

 ぼちぼち個別面談なんてのも始まるみたいだが、何を言うかは決まっている。あの大学なら知名度はあるし、最高学府に届かないまでも偏差値は高い。

 本当の動機を伝えると落胆間違いなしなので、やりたいことがあるから、と理由はぼかしてみようか。


 そもそも、無駄に学力高いところに行く奴って明確なビジョンを持っているんだろうか。学歴というチケットが欲しいから行くんじゃないか。

 だから、教師も深くは切りこんでこないんじゃないかと思う。


 まあ、進路指導を担当しているのは守護神高田だから、何を言っても無駄の可能性が高いけどな。

 今から多少身構えてはおくが、最後には背中を押してくれると信じている。

 そう。何度も言うけど原因よりも過程や結果が大事なんだ。


 ホームルームが終わって騒がしくなる教室から足早に抜け出す。

 今日はこれから大切な用事がある。踊り場にも寄らずに駅へ真っ直ぐ向かわなければ。

 待ち合わせ場所は、前にも行った赤砥駅構内の喫茶店。あの中途半端な雰囲気が、意外にも集中するにはもってこいだった。


 待ち合わせの時間までは余裕がある。けれど油断は禁物。彼女のことだから、早めに行ってコーヒーの批評なんかをしているかもしれない。大学には休講ってのがあるからな。

 連絡は来ていないようだが、念のためこれから向かう旨をメールで伝えておく。


 こうして気軽に連絡を取り合える関係って、なんか居心地がいい。

 それに相手は年上の女性だ。客観的に考えたら、これはとても羨ましいことに違いない。

 あの小池宏美と俺がこんな関係になっているなんて、もし知られたら解散した親衛隊が再結成しかねない。活動内容は俺の撲滅で決まり。


 喫茶店に着いたが、まだ彼女は来ていないようだ。先に準備だけでもしておこうと鞄から教科書やノートを出す。今日は日本史を教えてもらうことになっている。

 どうにも室町幕府あたりが怪しくなっており、彼女の教えを頼ろうというわけだ。


 ……とまあ、適当な言い訳や名目を立ててはいるが、結局のところデートみたいなものだったりする。

 まずは俺が進学してしっかりすることが先決。路上でいちゃつくような浮ついた空気を堪能するにはまだ早い。


「おっ、準備万端だ。やる気になってるねえ」


 いつの間に来ていたのか、後ろから彼女が覗き込んでいた。わざわざ回り込んだりしなくてもいいのに。

 ……距離が近い。いい匂いがする。

 きっとワザとやっている。


「びっくりさせないでくださいよ」

「あれっ、もしかしてドキドキしちゃった? ねえねえ、どうなの?」


 この上なく楽しそうに俺を使って遊んでいる。まるで弟をからかうお調子者の姉みたいだ。

 もし願いが叶うなら、もうちょっと静かな雰囲気の方がいい。優しく見守ってくれて、おまけに包容力もあると完璧なんだが。


「するに決まってるじゃないですか。他の人だったらこんなになりませんよ」


 そして俺は小細工なしの正直な心境を繰り出す。

 なぜって、そうすることで一石二鳥の成果を得られるからだ。


「そう、なんだ。私だけか……えへへ」


 彼女は特別視されていることに満足を覚え、俺はそのふやけた表情を見て幸せに浸れる。どちらも損をしない有用な瞬間。

 それに、想いを打ち明けた男は強いってことを教えたいってのもある。

 可能なら、だけどな。彼女は手強いし。


 頃合いを見計らったかのように、彼女が注文したコーヒーが届く。

 まるで泥水だと痛烈に批判した割には気に入っているらしい。嫌よ嫌よも好きのうちってやつか? 女心は難しい。


「さて、じゃあ始めようか」


 彼女の一声で勉強会が始まる。教師を目指しているだけあってか、彼女の教え方は目を見張るものがあった。教科書を読むだけではなく、試験問題特有の対策も絡めてくれる。

 このために調べてくれたのかと思うと、また変な意識をしてしまうので今は考えないようにする。


「ん? どうしたの啓介くん」

「いえ、なんでもないです」


 勘付かれたのかもしれないが、俺は素知らぬ顔で勉強を進める。今は叶えたい目標に向かって歩いていくのが優先だ。

 でも、少しくらいは幸せに浸ってもいいよな。

 彼女がこうして俺に協力してくれるってことが、何よりの証なんだから。


 やっぱり、こんな世界も悪くない。平行世界なんていらなかった。

 元々そんなのあるわけないけどな。

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