第1話:聖剣の永久機関
都市〈灰燼街〉の裏通り。
表通りの喧騒から少し外れただけで、道は急に薄暗くなる。
煤けた石壁の間を、魔導車の排気と湿った魔力が流れていた。
その一角に建つ、古びた雑居ビルの三階。
ドアには、歪んだ真鍮プレートがねじ止めされている。
『オルダス解呪事務所~その呪い、仕様の範囲内かもしれません~』
◆ ◆ ◆
「……で? これがその〈呪われた聖剣〉か」
俺は灰皿に煙草の灰を落とし、机の上に置かれた長剣を見下ろした。
鞘の隙間から、紫色の魔気が細く漏れている。
それだけなら珍しくもない。
問題は、その剣を持ってきた依頼人のほうだった。
金ピカの鎧を着た若い勇者。
鎧自体は立派なのに、本人の顔色は土気色で、目の下には濃いクマができている。
椅子に座ってからも落ち着かず、片足がずっと小刻みに揺れていた。
テーブルの上の聖剣に目を向けるたび、肩がぴくりと動く。どうやら、剣を見ることすら嫌らしい。
「先週のダンジョンで拾ったんです……!」
勇者は剣を指差した。
「最初は、すごい掘り出し物だと思ったんですよ。古代文字が刻まれてましたし、魔力の質も普通の剣とは全然違った。鑑定屋に持っていったら、聖剣か、それに近いものだろうって」
そこまで話して、勇者は一度口を閉じた。
思い出しただけで気分が悪くなったのか、青ざめた顔で剣を見る。
「だから……拾ったときは嬉しかったんです。これで次のダンジョンは楽になる。仲間にも自慢できる。そう思って……」
「で、握った」
「はい」
勇者の指が震えた。
「握った瞬間から脳内で『お前の魂を喰らう』とかずっと大音量で叫んできて……」
声が次第に小さくなる。
「最初の夜は、まあ、そのうち止まるだろうと思ったんです。でも止まらない。寝ようとすると『眠るな』『我を恐れろ』『貴様の魂はあと三日だ』って……」
勇者は両手で顔をこすった。
「二日目には、もう何をしてても聞こえるようになって。食事をしてても、風呂に入ってても、仲間と話してても、ずっと横から叫んでくるんです。しかも、こっちが無視すると余計に声が大きくなる」
「面倒な性格だな」
「夜中なんか最悪ですよ……。静かになると思ったら、耳元で急に『起きろ』って叫ぶんです。飛び起きると、今度は『眠れぬか、愚かな人間よ』って笑って……」
勇者の目が遠くを見る。
「昨日なんて、宿屋の隣の部屋の人に壁を叩かれました」
「お前じゃなくて?」
「剣にです」
「……そうか」
三日間まともに眠れていない人間の顔というのは、なかなか見られるものではない。髪は乱れ、頬はこけ、立派な鎧にもところどころ食べ物の跡がついている。食事もろくに取らず、剣の声に振り回されていたのだろう。
それでも剣だけは手放せなかったらしい。
「ここ三日、一睡も……」
「声がでかい呪具はウザいな」
「頼みます、オルダスさん! 解呪してください! 五万ゴールド払いますから!」
「見せろ」
俺は革手袋をはめ、柄を掴んだ。
瞬間、頭の中へねっとりした声が響いた。
『グハハハ! 愚かな人間め! 我が名は血塗られし魔剣バルバトス! 我を握りし者の精神を侵食し、三日三晩で狂死させて――』
「ログを吐くな。スタックオーバーフローする」
『……は?』
「くどい。引っ込んでろ」
声が止まった。
完全に消えたわけではない。
頭の隅のほうで、何かがぶつぶつ文句を言っている。
さっきまでの大音量が嘘のようだった。
俺は魔導ルーペを取り出し、目の焦点を切り替えた。
視界の中で、剣身を流れる魔力の経路が浮かび上がる。
紫色の魔力が、刀身へ向かって流れている。
そこまでは普通だ。
ただし、その魔力を生み出している場所がおかしい。
柄を握った人間の精神から、一定量の魔力が抜かれている。
それが刀身へ送られ、刃先の魔力密度を異常なほど高めていた。
メモ用紙に簡単な図を書きながら、俺はしばらく構造を追った。
魔力の流れ。
精神力の消費。
刀身の自己修復。
そして、また精神力の消費。
なるほど。
三分ほどして、俺はペンを置いた。
「おい、勇者」
「は、はい!」
「これ、呪いを完全に消したら、ただのナマクラになるぞ」
「えっ?」
勇者が身を乗り出した。
「刃も脆くなって、一発で折れる」
「そんな……。でも、精神汚染の呪いが……」
「これ、呪いじゃなくて『自動研磨機能』のエネルギー源だ」
俺は剣を机の上で軽く回した。
「持ち主の正気を削って、その分の魔力で刀身を研いでる。精神力を使う限り、刃は勝手に修復される。しかも魔力効率がいい」
勇者は剣を見た。
今まで自分を苦しめ続けた相手を、まるで初めて見るような顔だった。
「……つまり?」
「無駄にエコな永久機関だな」
「…………」
勇者の顔から、さらに血の気が引いた。
「じゃあ……この三日間……」
「剣はずっと切れ味を上げてたわけだ」
「俺が眠れなかったことにも意味があったんですか?」
「ある」
「俺の精神を削って?」
「そういう仕様だ」
勇者は両手で顔を覆った。
指の隙間から、かすかな呻き声が漏れる。
「そ、そんな……。五万払って解呪したら、剣はただの鉄クズ……」
「そうなるな」
「じゃあ、この大声に耐えながら戦うしか……」
「別に、耐える必要はない」
俺はため息をつき、椅子から立ち上がった。
引き出しを開ける。
中から精密ドライバーと、安物の防音ルーンが印字された銀テープを取り出した。
「強力なコードを書き換えるのは面倒だ。運用でカバーする」
「運用……?」
俺は答えず、剣の柄頭にある小さな宝石へドライバーを当てた。
カチリ。
内部の魔力回路がわずかにずれる。
そこへ銀テープをベタリと貼り付けた。
『な、何をする! 我は魔剣――むぐ……むぐぐ……!』
「よし」
頭の中に響いていた声が、一気に遠ざかる。
隣の部屋で誰かが小言を言っている。
その程度の音量だ。
「精神汚染の出力を『遠方の工事の音』レベルまでミュートした。あと、溢れた魔力が余ってたから、足元を照らすライト機能としてリバースプロキシを張っておいた」
「ライト……? リバース???」
「持ってみろ」
勇者がおそるおそる柄を握る。
一瞬、身を固くした。
三日間の記憶があるのだろう。
だが、いつまで経っても叫び声は聞こえてこない。
勇者は恐る恐る目を開けた。
「……あ」
剣先が、淡い紫色に光っている。
足元の床がぼんやり照らされていた。
『……人間……貴様……』
遠くから、かすかに声がする。
『……呪……』
「……」
勇者が耳を澄ます。
『……死…だ…』
「本当に遠くで誰かが何かを言ってる? 声かも? くらいだ……」
「それなら気にはならないだろう。戦闘中ならなおさらだ」
勇者は剣を何度か振ってみた。
そのたびに剣先の光が床を滑る。
「夜のダンジョンでも使える……」
「切れ味はそのままだ」
俺は煙草をくわえ直した。
「『切れ味永久保証』と『夜道用懐中電灯』がついた良装備だ。呪いじゃない、仕様だな」
勇者は剣を見つめたまま、しばらく動かなかった。
それから、ようやく顔を上げる。
「……すごい」
「三千ゴールド。設定変更の手数料だ」
「安い! ありがとうございます!」
勇者は懐から金貨を取り出すと、ほとんど投げるように机へ置いた。
そして聖剣を抱えるようにして、今度こそ嬉しそうな顔で事務所を出ていった。
閉まったドアの向こうから、階段を駆け下りていく音が聞こえる。
その途中で、
『……足音がうるさい……』
と、かすかな魔剣の声がしたような気がする。
「元気になったな」
俺は残った煙草の煙を吐き出した。
◆ ◆ ◆
机の上の金貨をポケットに放り込み、新しい煙草に火をつける。
ようやく静かになった事務所で、一服する。
さっきまで勇者が座っていた椅子には、まだ少しだけ鎧の匂いが残っていた。
足元に何かがある。
見ると、勇者が「お礼に」と置いていったらしい魔導書が一冊、床に転がっていた。
表紙には、失われた文明の古代文字がびっしりと刻まれている。
『……おい。人間……聞こえるか……』
「はいはい」
俺は煙草をくわえたまま、足元の本を見下ろした。
『我は禁忌の魔術書……開く者に……死の災いを……』
「お前はなんだ? ページをめくると指が切れる呪いか?」
『……いや、我は読者の寿命を奪う……』
「寿命か」
俺は魔導書を拾い上げた。
表紙を開こうとしたところで、魔力の流れを確認する。
確かに、本を読んでいる間だけ生命力を吸い上げる構造になっている。
普通なら厄介な呪いだ。
だが、仕組みが分かれば使い道はある。
俺は煙草の煙をゆっくり吐き出した。
「読むだけで猛烈に生命力を消費する。つまり、読むだけで痩せる画期的エクササイズ本だな」
『は?』
「ダイエッター向けに売るか」
『魔導書だぞ!? 尊厳のない改変をやめろ!!』
「知らん」
俺は魔導書を麻縄で手早く縛り上げた。
『やめろぉぉぉ!』
赤ペンを取り出し、値札の横に小さく書き加える。
『※リバウンドなし』
魔導書が、しばらくの間じたばたと動いていた。
寿命も削れるが……まあ、ダイエットとは得てしてそういうものだ。
俺は煙草を灰皿に押しつけ、次の依頼書へ手を伸ばした。
◆ ◆ ◆
AIイメージ画像
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初投稿です!
しばらく、イメージイラストのバディによる1話完結コメディです。
ガリ〇オ、ト〇ックの雰囲気で以下のオチを目指しています。
・一休さん
・星新一
・カオス




