本編20話 10秒のコスト:時間の次元が違う少女 4話
「なんですか?
ハヤミさんをかばおうとして、ついでに私をおだてようとしてるんですか?
仮にそれがユーキさんの本心だとしても、その『客観』が間違っていない保証がありますか?」
「保証か。いい質問だ。
……だがノアくん。
『悪魔の証明』を俺に求めるのは、それこそ非論理的だよ。
俺が提示できるのは、観測事実に基づく推論だけだ。
君はロバスト統計の『10秒の再発明』を『10万人に1人なら当然のこと』だと思い込んでいる。
……これは、エベレストの頂上に立っている人間が、地上で息を切らしている人々を見て『なぜみんな、あんなに低い段差で躓いているんだろう?』と不思議がっているのと同じだ。
君の『客観』は、君自身の圧倒的なスペックという先入観に汚染されているんだよ」
// ※バイアスとは、先入観、偏見、思考や判断の偏りのこと
「……」
ノアは30秒ほど、顎に手をやり考え込んでいた。
「……では、ユーキさん。
あなたの言ってることが仮に真実だとして、私にどうしろと言うんですか」
「仮に」ね。
なるほど。
つまり彼女は俺の話を信用していない。
人の話を「身内である俺の、ひいき目による過剰な賞賛」として処理しているのだ。
俺が読んできた「なろう小説」の無自覚チートキャラは、周囲がどれだけ事実を突きつけても、頑なに「自分は普通だ」と言い張り続ける。
それは物語を停滞させないための、あるいは読者を焦らすための「お約束」だと思っていた。
現実の世界では、論理的なエビデンス(証拠)を提示すれば、即座に自分の異常性を理解するはずだ――そう確信していた。
だが違った。
知能が高いということは、それだけ「他者の言葉を鵜呑みにしない」ということでもある。
論理的思考力に比例して、反証を組み立てる能力も、疑う力も肥大化していく。
つまり、この世に「素直な天才」など存在し得ないのだ。
彼女を説得するには、圧倒的な物証と、ぐうの音も出ないほど緻密な論理構築が必要だ。
だが、ただの治療事務員に過ぎない今の俺には、彼女を上書きできるだけの強力な外部エビデンス(証拠)も、対抗コード(論理)も持ち合わせていなかった。
普通の人間なら「そんなに凄いのか」と鵜呑みにする賞賛も、彼女の脳内にある厳格なファイアウォールを通過する過程で、「根拠薄弱な主観」として破棄されてしまう。
さらに厄介なのは、ノアがなろう小説の無自覚チートキャラと違い、「10万人に1人」という絶妙に高く、それでいて彼女にとっては「説明可能な範囲」の壁を盾にすることだ。
ノアの凄さを証明するための論理が、皮肉にもその「ノア自身の凄すぎる論理」によって「根拠がない、客観性を欠いた熱狂的な信者」として処理され、潰される。
このパラドックスを前にして、俺はただ立ち尽くすしかなかった。
そして俺は、改めて確信した。
なろう小説の「無自覚チートキャラ」は、単なる物語の都合ではない。
多少の違いこそあれど、現実世界の「無自覚チートキャラ」が辿る不可避の論理を、かなり正確にトレースしていたのだ。
かつてノアに熱弁した、なろう小説の無自覚チートキャラ「ライナス」が陥る「知識の呪い」。
俺自身のセリフが今、脳内を駆け巡った。
『周囲が「これは偉業だ」と驚愕しても、当人の中では「あまりに自明な、ただの前提条件」としか処理されない。
だから、外部からの賞賛というデータ入力を、正常な価値評価として認識できなくなる。
どれだけ褒められても、「何を当たり前のことで騒いでいるんだ?馬鹿にしているのか?」という歪んだアウトプットになってしまう。
この小説のライナスは、その呪いの極限状態にある。
彼にとって【絶対至善の即時裁定】はあまりに当然の、息をするのと同じレベルの基礎回路だからこそ、それが自分だけのユニークスキルだなんて考えも及ばない。
だから彼は『周囲が自分をからかっている』と感じて信じられない。
知識の呪いによって、彼は周りの「無知」という暗闇をもはや視認できなくなっていたのさ。
極めて精密な、高知能ゆえの心理シミュレーションだと俺は思うがね』
半ば意地になってひねり出したその理屈を、実は自分でも半分は信じていなかったのだ。
だが、彼女という存在そのものが、俺の言葉が真実であったことを何よりも雄弁に物語っていた。
おそらく彼女の脳内にある「大海」は、空想上の超天才たちで満たされている。
そして自分の能力が上がれば上がるほど、その比較対象である「空想の天才」たちのスペックも自動的に更新されていくのだ。
自分にできることは他人もできるはずだと思い込む「知識の呪い」は、どんなに知性が上がっても、変わらず存在し続ける。
その事実を今、俺は骨の髄まで理解させられた。
いや待てよ。
彼女は、むしろ知識がないのだ。
それがあるから抜け出せない「知識の呪い」の定義からは、微妙に外れている。
ノアは「知識がないこと」がどれほど問題解決を困難にするか、まったく理解できていない。
凡人にとって未知の難問を解くことは「暗闇の中でスイッチを探す」ような手探りの作業だ。
だが彼女は、目を開けた瞬間に、そこにある正解が「見えて」しまっている。
あのレベルの難問の解答を乱発する事が凡人にとってどれほどの奇跡か、彼女には想像もつかないのだ。
彼女の状態を形容するなら、「エベレストの頂上に立ちながら、そこを近所の公園の砂場だと思い込んでいる」ようなものだ。
『地図なき登山者効果』――。
自分の立っている高度を客観視する術を持たない、彼女の異常性をそう名付けることにした。
と、おもむろにノアがぶつくさ小声で呟いた。
「たかがVBAで……?
C++とか言う、勉強が必要な凄い言語ならともかく……」
その呟きを聞いた瞬間、俺の脳内に一つの仮説が組み上がった。
多分、彼女の脳内に広がる「雑な大海」は、あまりに幼稚な記号で埋め尽くされている。
漫画やネットが垂れ流す「ステレオタイプな超天才」
……C++を魔法のように操る銀髪のハッカー、といった手垢のついたイメージだ。
その認識の幼さは、フィクションと現実の区別がつかない中学生のそれと大差ない。
だが、ノアの真の異常性は、言語の難易度や学習時間といった「外部変数」にはない。
その核にあるのは、対象が何であれ瞬時に最適解へと収束させる、純粋な論理回路そのものなのだ。
彼女は根本的に勘違いをしていた。
努力して手に入れた「知識」の量で序列が決まると思っている彼女は、呼吸をするように「真理」を掴み取ってしまう自分自身の初期値が、軽く1億人を超えるレベルの希少性があることに、まだ気づいていない。
VBAを「たかが」と表現した時点で、彼女が「知識がある=凄い」「知識がない=あんまり凄くない」という単純な物差しに依存しているのは明白だった。
結局のところ、ノアは「情報のラベル」に騙されているのだ。
C++という難解な記号の羅列には「凄み」を感じるが、エクセルという事務用品の上で動くVBA、そして自分が直感で導き出した最適解には「凄み」を感じない。
彼女にとって、苦労して覚えた公式は「価値ある知識」だが、呼吸するように導き出した真理は「ただの当たり前」でしかない。
自分の頭脳という「超高性能なブラックボックス」から出力される答えを、彼女はあろうことか「10万人に1人なら当然備わっている機能」だと誤認している。
これこそが、彼女が陥っている究極のバグ――あるいは盲点だった。
そして、ノアが再び口を開く。
「なんかユーキさんって、なろう小説でよくある、漢字を書けただけで大げさに騒ぐ人みたいですね」
ロバスト統計の再発明を「漢字の書き取り」レベルにまで貶める暴言。
ノアの思考プロセスからは、凡人が正解にたどり着くまでに要する「発想の苦労」や「試行錯誤」が完全に排除されていた。
数十年かけて磨き上げられた学問の結晶を、まるで道端の石ころを拾い上げるような軽やかさで提示してみせる。
脳の限界が生んだハヤミの「手抜き」と、ノアの「瞬間収束」。
仕組みは同じ「省略」でありながら、一方はバグを産み、一方は奇跡を紡ぎ出す。
同じ言葉で括ることすら憚られるその圧倒的な出力差を前に、俺はただ立ち尽くすしかなかった。
加えて、自分がその「なろう系」のテンプレど真ん中に居座っている自覚が皆無なまま、あろうことか俺を「過剰反応するモブ」の枠に当てはめる厚顔無慈悲さ。
しかも、ノアの分析に対して「アナロジー思考とヒューリスティック思考」という名前を出しただけの俺を、彼女は称賛した。
『漢字が書けただけで大騒ぎしているのはどこのどいつだ』
――喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
そして彼女は専門用語を使いこなす俺を「知識があって凄い」と誤認し、その俺が自分を賞賛する様子を見て、「ユーキさん、頭はいいのに客観性がバグっているな。客観的に物事を見れる私と違って」と、あべこべな結論を導き出している可能性すらある。




