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京都焼き討ちが、比叡山焼き討ちよりも有名ではない謎

1573年4月3日夜。

現在の京都市二条通より北側に当たる上京(かみぎょう)を、未曾有(みぞう)の惨劇(さんげき)が襲った。


この惨劇を目撃した宣教師のルイス・フロイスは、こう語っている。

「恐るべき戦慄(せんりつ)的な情景が展開された。

上京のすべての神社、寺、家屋もろとも焼失し、それらを焼き尽くす轟々(ごうごう)たる炎は最後の審判の日さながらであった。

加えて織田軍の兵士たちによる凄まじい略奪が始まった。

所持品や衣服を奪われたのみならず、虐待と拷問によって隠した財産の場所を白状させられた者たちもいた。

こんな光景を見るのは、あまりにも嘆かわしい……」

と。


この上京焼き討ちによって焼失した家屋は6,000~7,000軒にも及んでいたらしい。

1軒に数人住んでいると計算すれば、犠牲者は『数万人』規模となる。


運良く焼け落ちる家屋から逃れられたとしても、これで地獄が終わったわけではない。

上京の人々が逃げた先には……

上京を厳重に包囲した織田軍の兵士たちによる激しい略奪が待っている。


所持品や衣服を奪い取られて裸にされた挙句、喉元に刃を突き付けられ、こう脅されるのだ。

「うぬらの財産はどこにある?

財産の在処(ありか)を吐け!

何っ?

家屋と一緒に焼け落ちただと?

そんな嘘を、誰が信じると思う?

うぬら上京の奴らは、己(おのれ)がいかに富んでいるかを常に自慢し合っているらしいではないか。

富むことばかりに執着している、うぬらが……

財産を捨てて逃げるわけがなかろう!

さあ。

財産をどこに隠したか吐けっ!

吐かぬなら、この指の爪から剥(は)いでやろうか?

さっさと吐かんかっ!」

と。


殴られ、蹴られ、爪を剥がされ、手足の指を斬り取られ、用が済んだら最後は殺される運命が待っている。

上京に、まさに『終末』のような光景が広がったのだ!


 ◇


ところが。


大抵の歴史書には京都焼き討ちの記載すらなく、それよりも2年前に起こった比叡山(ひえいざん)焼き討ちの方を強調してこう書いている。

「1571年。

織田信長は比叡山延暦寺(えんりゃくじ)を包囲し、一斉放火の暴挙に出た。

建物という建物を焼き尽くし、無抵抗の僧侶をはじめ女性や子供まで『数千人』を殺害した」

と。


《《数万人が犠牲となった京都焼き討ちが、数千人が犠牲となった比叡山焼き討ちよりも有名でないのはなぜだろうか》》?


 ◇


京都焼き討ちについて、こんな興味深い表現を見付けた。


宣教師のルイス・フロイスが後に本国へ伝えた内容である。

「上京の人々は、富んでいるだけでなく『傲慢(ごうまん)』でもあった。

その傲慢さゆえに信長の邪魔ばかりしていた。

銀1,300枚を差し出ても、その振る舞いには何の変化も見られなかった。

《《彼らはその傲慢さゆえに信長の激しい憤りを買ったのだ》》」

と。


もう一つは、京都市上京区役所のホームぺージである。

「『富裕』を自認する上京の人々は明らかな反信長行動を取った。

激怒した信長は、将軍・足利義昭(あしかがよしあき)との間の不和を理由に、京の都を焼き討ちにするという威嚇(いかく)を行った。

上京と下京の人々は信長に銀を贈り焼き討ちを逃れようと努めるが、上京のみは聞き入れられず、焼き討ちにされ、焼失した家屋6,000~7,000軒という被害を受けた。

《《まさに,富裕なるが故に自らを過信した上京の人々の敗北であった》》」

と。


『不思議』なことに……

どちらも、焼き討ちの原因が信長でなく上京の人々の方にあったと表現しているのだ。


 ◇


さて。

数万人が犠牲となった京都焼き討ちが、数千人が犠牲となった比叡山焼き討ちよりも有名でないのはなぜだろうか?


理由は2つに絞られると思う。

まず1つ目。

《《織田信長の死後に天下人となった豊臣秀吉、次いで徳川家康が、京都焼き討ちを悪いと思っていなかったからである》》。


「歴史は『勝者』によって書き換えられるもの」

この法則に従うと……

秀吉や家康が京都焼き討ちを悪いと思っていたならば、歴史書に信長が犯した悪事の一つとして残すはずだ。


2人にとっては信長の悪事というよりも、やられた側の『自業自得(じごうじとく)』であるとの認識であったのだろうか?


 ◇


そして2つ目。

《《豊臣秀吉や徳川家康も、京都焼き討ちと同じような焼き討ちを行ったからである》》。


そう……

自分も『やった』からこそ、他人を非難できないのだ!


そうならば……

秀吉や家康は、一体『どこ』を焼き討ちにして大勢の人々を虐殺したのだろうか?

なぜ、そこまでする『理由』があったのだろうか?


この答えは、いずれこの小説で明らかになっていくが……

ただし!

わたしは歴史小説を描くに当たって一つのルールを儲けており、そのルールを曲げることはしないつもりである。


「いかなる理由があろうとも。

《《わたしは決して、戦争を、人を殺す行為を、美化することはしない》》」

と。


 ◇


大罪人の娘・前編の最終章となる……

第伍章と第陸章は、別のタイトルを付けたいと考えています。

『大罪人の娘・前編 最終章 乱世の弦(いと)、宿命の長篠設楽原決戦』として継続して出すので、是非とも拝読頂けると幸いです。



大罪人の娘・前編 終わり

いずもカリーシ

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