第五十一節 高利貸しや人身売買に手を染める者だらけの京都
「京の都を、焼き討ちにするのじゃ」
この織田信長の命令は……
居並ぶ者たちに大きな衝撃を与えた。
「何と!
京の都に、火を?」
「驚く必要がどこにある?
実力ある者が、実力を磨く努力を怠らない者が、真に報われる世を作るには……
今、権力や富を独占している者どもから力ずくで奪い取るしかないではないか」
「そ、そうは申しましても」
「まさか。
そちたちは……
権力や富が、恵みの雨のように天から降ってくるとでも思っているのか?
それとも。
誰かが贈り物のように与えてくれるとでも?
そんな『甘い』考えだから、権力者や裕福な者どもに利用されるのじゃ!」
信長は畳み掛けた。
「そちたちは、どこまで他人に利用されれば気が済むのか?
いい加減に目を覚ませ!
権力が欲しいのなら、己の力で権力者を引き摺り下ろして掴み取れ!
富が欲しいのなら、裕福な者から力ずくで奪い取って我が物とせよ!
それだけの『覚悟』もないのなら、さっさと家に帰って母の乳でも飲んでいろ!」
さらに畳み掛けた。
「このことをよく覚えておけ。
盗人は、そちたちではない。
真の盗人は……
今、権力や富を独占している奴らのことよ。
なぜか分かるか?
相続という制度が……
実力ある者から、実力を磨く努力を怠らない者から、権力や富を掴み取る機会[チャンス]を『奪い取って』いるからじゃ!」
「確かに……
盗人は、奴らの方じゃ!」
「実力ある者が、権力や富を持つ資格のない奴から力ずくで奪い取ることの何が悪い?
むしろ『正しい』ことではないか!」
「そうじゃ、その通り!
権力や富を持つに値しない奴から遠慮なく奪い取ってやるぞ!」
京の都に住む人々から権力や富を奪い取る残虐な行為を『正義』へと変えることに成功した信長は……
長く続いた演説を終えて出発を決める。
「全軍、出撃!」
未曾有の大軍が京の都を目指して整然と行進を始めた。
◇
その後。
「日ノ本の中心として、千年の長きに亘って繁栄を極めた京の都を……
灰になさるおつもりですか?」
「千年も経っておらんがな。
せいぜい800年ほどだろう」
「そうだとしても。
京の都を焼き討ちにするなど……
あの比叡山焼き討ちを超えるほどの暴挙ですぞ!」
佐久間信盛、林秀貞、柴田勝家などの重臣から次々と反対意見が上がった。
一方で明智光秀と木下秀吉に限っては、なぜか反対の立場を取ろうとしない。
「猿[秀吉のこと]」
「はっ」
「そちの意見を申せ」
「では、恐れながら」
「うむ。
さっさと申せ」
「それがしは、こう考えております。
これほど長い年月の間……
京の都が帝都であり続けたのは、『どうして』なのかと」
柴田勝家が反応した。
「どうして、だと?」
「はい」
「そこに帝[天皇のこと]がずっとおわしたからではないか」
「果たして、それだけでしょうか?」
「他に何かあると?」
「『銭[お金]の力』だと思います」
「銭の力?」
「柴田様。
日ノ本各地へモノを運んで売り歩く行商人ならば……
誰もが知っていることですぞ。
京の都が、何で一番儲けているかを」
「何で儲けているのじゃ?」
「土倉[モノを担保としてお金を貸す業者のこと]です。
京の都だけでも土倉を生業とする集団が数百も存在しているとか」
「『高利[高い利息のこと]』で銭[お金]を貸す薄汚い集団が……
そんなにもいるのか」
「いかにも。
土倉を生業とする集団で最も有名であったのが……
あの比叡山延暦寺でしょう。
随分と高い利息で人に銭[お金]を貸し、利息を払えなくなれば武装した者に踏み込ませて家の中の物をことごとく奪い、足りなければ家を取り上げ、妻や子供までも奪う暴挙に出るのだとか。
勿論。
奪い取られた妻や子供は、男の欲を満たす道具として売られる運命が待っています。
南蛮人[スペイン人とポルトガル人のこと]にも売り飛ばしていたらしいですな」
「何っ!?
あの南蛮人にも?
同胞を他国へ売る『売国奴』どもが!」
「薄汚い者『だらけ』の京の都など……
焼き討ちにされて当然でしょう」
「し、しかし!
藤吉郎[秀吉のこと]よ。
全員が薄汚いわけでもないのに、焼き討ちまでする必要がどこにある?」
「ところで……
柴田様。
高い利息で銭[お金]を貸す集団のことを、なぜ『土倉』と呼ぶかご存知でしょうか?」
「担保のモノを貯める目的で、奴らが築いた土色の倉[倉庫のこと]からそう呼ばれていると聞いた。
それがどうした?」
「そして。
その倉の中には、何があると思います?」
「だから、銭[お金]を貸すための担保としたモノであろう」
「どんなモノでしょうか?」
「どんなモノ?
開けてみなければ分からんわ」
「柴田様。
今は戦の世ですぞ?
戦の世で大量に流れるモノといえば、まず兵糧や武器弾薬……
違いますかな?」
「そうだとして、それがどうした?」
「要するに。
京の都にある倉の中には、莫大な兵糧や武器弾薬があるということになります」
「それで?」
「その莫大な兵糧や武器弾薬を……
京の都の武器商人が、勝って欲しいと思う側に流したらどうなりますか?」
「何っ!?」
「兵糧や武器弾薬を得られた側は圧倒的な優位に立てます。
当然、戦の決着に大きな影響を及ぼすでしょう。
あるいは……
争っている両者に軍資金の銭[お金]を貸し、戦そのものを起こすことさえ可能です。
まさに『戦争の黒幕』の誕生ですな」
「……」
「戦の決着を己の欲する方向へ持っていけること。
必要に応じて、戦そのものを起こすこともできること。
これが銭[お金]の力の正体なのです。
天下布武を掲げる我らにとって憂慮すべき『脅威』であり、脅威は早めに取り除いておく方が良いと存じますが」
「ちょっと待て。
藤吉郎よ。
倉の中にあるモノは、あくまで担保であろう?
勝手に流して良いものではあるまい?」
「『だから』、高い利息で銭[お金]を貸しているのです」
「だから高い利息で?
おぬしの申している意味が分からん」
「高い利息にすれば、利息を払うだけで精一杯となるではありませんか。
担保の元となっている『元金』を返す余裕などないでしょう」
「それは、つまり。
土倉を生業とする集団は……
最初から元金が返済されないのを分かった上で、銭を貸しているということか?」
「そういうことです。
万が一、元金が返済された場合は……
買って補えばいいだけ。
担保のモノすべてを眠らせておくよりもずっと効率的では?」
「……」
「土倉を生業とする集団は、薄汚いやり方で一石二鳥の儲けを出しているわけです。
1つ目は、相手に高い利息を払わせ続け、己は甘い汁を吸い続けること。
2つ目は、兵糧や武器弾薬を使って戦争の黒幕となり、さらなる荒稼ぎをすること。
しかも。
儲けの一部を裏で幕府に収めているのだから……
『質が悪い』」
「何っ!?
あの室町幕府が、儲けの一部を裏で受け取っていると?」
「まさか。
ご存知なかったので?
権力者も、裕福な者も、腐り果てて膿が出ているのですよ。
この機会に。
両者とも徹底的に始末しては如何?
そうすれば……
この日ノ本も多少は『清潔』になると思いますが」
「……」
「要するに。
土倉を生業とする屑どもを殺し、そいつらの倉を灰にすることは……
我らのため、人のため、世のためになることです」
「藤吉郎よ。
おぬしは、無関係な人を殺すことに何の躊躇いもないのか?」
「無関係な人とは?」
「京の都に住む人々の中で……
誰が土倉を生業とする集団で、誰が無関係な人なのかをどうやって『区別』するのじゃ?」
「はっきり申しますが。
区別など、できるわけがないでしょう。
どうせ土倉で富を築き上げた屑どもは、『わざと』貧しい格好をして我らの目を欺こうとするでしょうからな」
「ならば。
無関係な人を巻き込んででも、京の都のすべてを灰にせよと申すのか?」
「さて……
『どちら』の数が多いですかな?」
「どちら、とは?」
「焼き討ちに巻き込まれて犠牲となる無関係な人の『数』と……
武器商人を放置することで、今後も出続けるであろう犠牲者の『数』です」
「少ない方を取るべきでは?」
◇
鶴の一声が掛かった。
「猿[秀吉のこと]!
もう良い。
止めよ」
「はっ」
「権六[勝家のこと]が申した通り……
京の都をすべて焼き討ちにするのは、ちとやり過ぎかもしれん。
『半分』だけと致そうぞ」
「……」
「どうじゃ?
これならば、納得できそうか?
権六よ」
「はっ。
承知致しました」
【次節予告 第五十二節 将軍殺害という大罪を犯した京都の武器商人】
『半分』であったとしても、京の都を焼き討ちにすることで主の評判が落ちることを心配する万見仙千代に対し……
織田信長は、こう返しました。
「京の都に、大罪を犯した過去があることを知っているか?」
と。




