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「騎士団長の任命式?」
その日もいつも通り、仕事へ向かうクラウドの見送りのためエントランスにでる。
朝食後、支度を終えて現れたクラウドは、白地に金の刺繍が入った軍服を着ており、肩からは真紅のマント。胸元にはじゃらじゃらと勲章までぶらさげている。
そのいつもと異なる出で立ちに疑問を投げ掛けた。
「怪我で療養していた前任者が、まだ長引きそうという理由で辞職したのです。いつまでも空席にしておくわけにもいかないので、その後任として、副団長であるわたしに声がかかったという経緯です」
「毎回、騎士団長任命式後に行われるパレードは地方からもたくさん見物にくるんですよ」
そう繋げたのはマリアだった。
「そのパレード、私も見てみたいです」
クラウドはぱちぱちと目を瞬き、少しだけ困ったように笑う。
「残念ですが、了承できません」
「…どうしてですか?」
「パレードの最中はわたしが貴女の傍にいられないからです」
パレードは国民への紹介の場である。
いわば主役。
ただの田舎娘の傍にいることはできない、わかる。
「でも危機なんてそうそう…」
「お願いですリディ。聞き入れてください」
右手を左胸に当て跪き、乞うように左手を取られる。
そのまま見上げられれば、リディアナは白旗をあげるしかなかった。
なによりマリアやその場にいる使用人の生暖かい目が恥ずかしかったからだ。
「わか、わかりました…」
「ありがとうございます、夕食までには帰るので一緒に食べましょう」
そういって、クラウドは立ち上がる。
―――――――
リディアナはクラウドの言い付けの通り、ちゃんと家にいた。
先程までは。
いつも通り危険のない程度のお手伝い(用意された花を花瓶に生けたり、クラウドの執務机に申し訳程度に置かれた本を片付けたり)をし、庭園を散策し、読書のために図書室へ向かおうとしたとき。
エントランスで言い争うような声が聞こえ、足を向けた。
そこでは鼻下に髭を蓄えたダンディーな男性がメイドのひとりと話していた。鬼のような形相で。
その男性の後ろには黒髪を綺麗に結い上げた女性が口元を扇で隠すように立っており、ツンとすましているが相当腹を立てているのだろう。扇を握る手にへし折らんばかりの力が込められている。
「お嬢様はこのままお部屋へ――」
そこで男性がこちらへ気づく。
「そこの!お前たち!」
顎で来いと示す男性に随分横暴だと感じるが、貴族とはこういうものかと納得した。
「決して後ろからお出になりませんように」
マリアがため息をつきながらリディアナを部屋へ戻すことを諦める。
「お久しゅうございます、公爵閣下、公爵夫人」
「遅いぞ!これに話しても無理の一点張り。通じなくて困っていたのだ!」
「それは大変失礼を致しました。恐縮ではございますが、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ふん、ようやく騎士団長の任を受ける気になった息子に会いに来たのだ。とはいえ今は任命式、いないのはわかっている。帰るまで待たせてもらおう」
さっさと案内をしろ、と高圧的に言い放つ男性。
(公爵閣下と公爵夫人ということは、クラウドさんのご両親ね)
リディアナがマリアの後ろから観察していると、急にリディアナに声がかかる。
「おまえ、初めてみる顔ね。もしかして、あの子が言っていた"勉強のためしばらく預かることになった令嬢"かしら?」
「お初にお目にかかります、リディアナと申します」
慌てて挨拶をすると、夫人が汚いものをみるように目を細めた。
「そう、あの子は昔野良犬だとか野良猫だとか薄汚い獣を拾ってきては世話をしていたけれど、今度は野良の小娘を拾ったのね」
まったく、困ったものだわ。と夫人は続ける。
「でもかわいい我が子のする事だもの。わたくしも協力は惜しまなくてよ」
スッと夫人が紙を差し出す。
「これをすべて用意なさってね。揃えるまでは帰ってきてはいけないわよ」
リディアナが紙を受け取ろうとした瞬間、夫人がぱっと手を放す。
ひらりと床に落ちる紙。
マリアが拾おうとすると夫人がそれを制する。
「駄目よ、本人にやらせないと。これも勉強だもの」
リディアナがそっとしゃがみ手紙を拾い上げると、夫人が嘲笑を浮かべる。
「あら、地べたがお似合いですこと」
(すごくきれいな人なのに、醜く見えるなんて不思議だわ)
何も言い返さないリディアナに満足したのか、夫人はマリアに視線を向ける。
「さあ、早く案内してくださいな」
「…では、応接間にご案内いたします」
もうひとりのメイドにその指示をだすが、再び夫人が口を出す。
「ふふ、おまえも来るのよ。おまえはこの娘に肩入れしているようだし、手助けなんてしたら成長できないでしょう?」
そしてもう一度、リディアナに視線を向ける。
「ほら、早くなさらないと日が暮れましてよ」
そうして、公爵家の門から叩き出されたというわけだった。




