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誕生日から数日後。
リディアナは王都へ向かうため、公爵家の家紋が入った馬車の中で頭を抱えていた。
座席の向かいにはクラウドが座っている。
「リディ?どうしました?」
恨めしそうなリディアナにきょとんとした視線を送ってくる。
「…クラウドさんが、公爵家のご子息だなんて、知らなかったです…」
「すみません。公爵家だと分かったらよそよそしくなってしまうと思ったのです」
(…そうかもしれないけど)
「今からでも、クラウド様って呼んでも良いですか?」
「なぜ?」
教えてもらえなかったことがなんとなく面白くなく感じ、リディアナはちょっとした意趣返しのつもりで言った。
それに対し、穏やかな(ように見える)笑みを崩さぬまま、間髪いれずにクラウドが問う。
その笑顔に得も言われぬ圧力を感じて、リディアナは焦る。
「やっぱり、ほら、外聞が良くないんじゃないかなぁ、なんて」
「ふふ、お忘れですか?」
馬車の揺れが小さくなったところでクラウドは素早く席を立った。
リディアナの座る座席の背凭れ、そのちょうど顔のすぐ横に右手を置き、右耳に唇を寄せる。
「貴女の方が、貴き生まれではないですか」
ひそっと耳元で囁かれ、耳をくすぐる吐息にリディアナは手で隠すように耳を覆った。
赤面しながらクラウドを見ると、しれっと何事もなかったように向かいに腰をかけ直していた。
「外聞を気にするのであれば、わたしもリディアナ様とお呼びした方がよろしいでしょうか」
「く、クラウドさん…」
「ああ、それもいけませんね?さんなんて付けずに、そのまま呼んでください」
ね?と良い顔で追い詰められ、リディアナはぐったりと白旗をあげた。
「…今まで通りで、お願いします…」
「貴女が望むのであれば、そうしましょう」
―――――――
そうして、馬車で揺られること数刻。
馬車は王都へ入り、クラウドが口を開く。
「リディ、もう一度お願いしますが、王都ではそのブレスレットを外さないようにしてくださいね」
リディアナは頷き、自身の左手についたブレスレットを見る。
金色の鎖にところどころパールのついた可愛らしいものだ。
識別阻害をかけられたそのブレスレットを着けることで瞳の金色を隠せる代物だった。
着用中は、今まで通りの深い緑に見えている。
クラウドが帰った後にそれを見たサルティアが微妙な顔をしていたのを思い出す。
『また随分と洒落たプレゼントだね。こんなものどこで手に入れたんだか』
『おばあさま?』
サルティアが言うには、識別阻害など五感に働きかける魔術は難しいらしく、技術をもつものは国内でも数名。それでも空間にかけるのがやっとであり実用性はないに等しい魔術である。
それを物質にかけるなど前代未聞であり、そのうえ探知不可となると国宝といっても過言ではないほどの代物らしい。
貰えないと返却しようとするもクラウドは頑として受け取らなかった。
そんな価値の高いものを不用意に外したりして落とすなどあってはならないし、この目を隠すために用意してくれたのだからそれを無下にしてはならないと恐々としながら身に付けている次第だ。
「森を立つ前にも言いましたが、これから行くのは公爵家の別邸です。知り合いのご令嬢の勉強のため公爵家でしばらくお預かりするというのが名目ですが、屋敷の中では好きなように過ごしていただいて構いません」
それから、とクラウドは続けた。
「わたしの我儘で王都へ連れ出してしまい、すみませんでした。なれない場所で暮らすのは不安かもしれませんが、必ずお守りいたします」
「いいえ、私のことを案じてくれてのことですし、感謝しています」
今回の王都行きはクラウドの希望だった。
誕生日の翌日、一旦王都へ戻ったクラウドから"王都へ来ませんか?"という手紙が届いたのは2日後のことだった。
曰く、契約を結んだ主を、ひとり森の中に置いてはいけない。
(わたしもいるぞ!とサルティアが憤慨していた)
それに母親について何かわかったときに、王都にいるほうがすぐに伝えられる、と。
(お母様のことは聞いてすぐ動けるようにしておきたいもの)
それに、
「私、王都の記憶があまりないので、楽しみでもあるんです」
そう言うとクラウドは申し訳なさそうにに笑う。
「一人で外を歩かせることは出来ませんが、休みの日はお出掛けもしましょう」
「楽しみです!」
正直、お母様のことを考えるとやっぱり心配だけれど。
(後ろばかりを振り向いていたらきっと転んでしまうもの。前を向いて、今できることをしよう)
リディアナは心新たに決意を固めた。




