第30話 往路から末路へ ◇とある四人パーティの話◇ ③ 後編
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◇観察者2(カルマ視点)◇
「お、起動確認。魔力生成、良好。反応速度、問題なし。うん、いいね。『一号』は優秀だ」
機嫌よくモニターに頷いたカルマだが、ふと首を傾げた。
「作ってけしかけてはみたものの、人間に寄生させるって、精神的ダメージ以外に意味あるのかな?」
『異物の魔力を利用できるため、追加コストなしでモンスターを生成可能です。ステータスも高めになります』
「・・・なるほど」
カルマは静かに頷いた。
「それなら、積極的に利用したくなるよね」
『コストパフォーマンス的には優秀です』
「よし、その方向で進めよう。あ、それとシステムの『異物』って呼び方、変えてくれる?」
『名称変更は可能です。どう呼びますか?』
「魔力をくれて、ポイントもくれて、モンスターまで育ててくれる――『お客様』が妥当じゃない?」
『了承。今後、『異物』は『お客様』と呼称します』
「そうして。では、『お客様』のためにもう少し演出に凝ってみようか。満足のいく舞台にしないとね。『観客』としても「役者」としても、そして・・・『小道具』としても。かな?」
◇数時間後◇男子B——イケダ視点◇
「【ヒール】」
乾いた声が聞こえる。
自分の声なのに、遠くから響いてくるようだった。
手足は治っている。
高級ポーションと回復魔法で、自分でくっつけた。
目の前には、ウノとアイコ。
二人とも、不要なものを処理され、巨大な虫に体を押さえられていた。
『蚊』と『ウスバカゲロウ』らしい。
人間並みの大きさ。
なにより――
「痒いっ、痒いっ、痒いんだよっ!」
「掻いて、掻いて、お願い!」
ウノとアイコは、半狂乱で叫んでいた。
体を押さえつける巨大な虫の脚が、皮膚を押しつぶすたびに、その下で『何か』が蠢く感覚が走る。
皮膚の内側。
筋肉のすぐ下。
そこを這い回る、細くてぬるりとした感触。
「う、うごいてる・・・! 中で、動いてるの・・・!」
意識と記憶の変化だけでは無視できない感覚的な刺激。
掻こうとしても、届かない。
掻けば掻くほど、奥へ逃げていく。
まるで、わざと『痒み』を操っているかのように。
魔力の乱れが、皮膚の下で波打っていた。
その波は、一定のリズムで移動し、 神経を撫でるように刺激してくる。
「やめて・・・やめてよ・・・! もう、やだ・・・!」
アイコの目は涙で濡れ、ウノは歯を食いしばっていた。
だが、どちらも逃げられない。
『痒み』は、彼らの中にある。
そして、それは成長していた。
痒みが、熱に変わり、熱が、圧迫感に変わり、圧迫感が、やがて“何か『生まれる』予感に変わっていく。
そんなわけで、ものすごく痒がっていた。
そりゃそうだろうな。
無感動に考える。
最初は頼まれるまま、彼らの体を掻きむしった。
爪が皮膚を裂き、赤く腫れた線が浮かび上がる。
服の上からでは効果が薄く、仕方ないからほぼ全裸の状態だ。
肌という肌に、蚯蚓腫れが縦横に走っていた。
まるで、体の中から何かが這い出ようとしているようだった。
それは、魔力の乱れによって生じた『痕跡』あるいは『呪い』。
だが実際には、『何か』が皮膚の下を這い回っていた。
暗く湿った場所で発生した魔力の塊が、体内を移動している。
その動きが、神経を撫で、引っかき、耐えがたい痒みを引き起こしていた。
「掻いて、掻いて、お願い・・・! 動いてるの、わかるの・・・!」
でも、大丈夫。 痒みはもうじき収まる。
魔力が形を変え、外へと放出されるから。
中にいた『何か』が、外に出るから。
そこまでが役目だから。
『ふたりをいやせ』
地面に、普通サイズのハエが並んだ。
俺への指示だ。
「【ヒール】」
俺の役目は、彼らの魔力の乱れをリセットすること。
『痒み』が収まるのは、魔力の塊が『成長しきって』体外に出た証拠。
癒された体は、再び『利用可能な存在』として機能する。
つまり、次の『痒み』を受け入れる準備が整ったということだ。
「お願い・・・もう、終わらせて・・・」
「ひと思いに・・・」
二人の声は、涙と絶望に濡れていた。
初めは、『道具』のように大人しかったのに。
痒みで半狂乱になってからは、ずっとこの調子だ。
でも、俺には選択肢がなかった。
地面に並ぶ蠅が、文字のように並びを変える。
まるで迷宮の筆記体。
俺の運命は、そこに書かれていた。
『ふたりがいなくなれば、おまえも不要』
俺は、リセットするためだけに存在していた。
癒すだけ。整えるだけ。
それが終われば、俺も『整えられる側』になる。
「は、ハハッ・・・『リセット』か。『リセット』って、なんだっけ?」
『癒す』なら、かろうじて覚えている。
誰かの痒みを消す。
誰かの魔力を整える。
それが『癒し』なら、俺はそれをしてきた。
でも、『リセット』って何だろう?
元に戻す? 戻した先に、何かが変わるのか?
「戻ったって、同じ場所に立ってるだけじゃないか・・・」
わからない。
わからなくていい。
知る意味なんてない。
わかっているのは、この『仕事』をしていれば、俺は俺でいられる。
『俺』って、なんだっけ?
まぁ、いいや。
だって――
「俺は痒くなんてない」
そう言い聞かせながら、目を逸らす。
痒みがないのは、何も動いていない証。
何も育っていない証。
何も『生きていない』証。
命を失えば、痒みもない。
彼も、彼女も痒いのは、生きているからだ。
俺は、そのためにいる。
「頑張れ。心の底から応援してる」
平坦な声で、エールを送り続けた。
それは、かつて誰かに言われた言葉だった。
でも今は――誰のために言っているのかも、わからない。
ただ、その言葉だけが、俺の中で生きていた。
言葉だけが、俺の『痒み』だった。
◇観察者3(カルマ視点)◇
「いいね。『マナポイント』も『ソウルポイント』も、ガンガン溜まってるよ!」
カルマは満足げに手を叩いた。
その瞳は、冷たく澄んでいた。
まるで、あの教室の窓から見た雨のように――静かで、濡れて、誰にも気づかれないまま流れていく。
その横顔を、カエル座りでじっと見つめる女の子がいた。
声は出さない。
動きもしない。
ただ、目だけが、カルマの『奥』を見ていた。
「・・・磨くべき? 濁らせるべき? どっちがいいんだろう?」
その言葉は、誰にも届かなかった。
でも、迷宮の空気が、わずかに揺れた気がした。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




