第78話 呼び声 ~本音の紳士たち~
2/2
中央部にいた者たちで、未だ無事でいられたものは男が二人。
「チッ! どうせばらけるなら、女子と二人きりがよかったぜ」
「悪かったな、野郎で。つか、お互い様だろ!」
「野郎相手じゃ、その気にならねぇや」
「なられても困るが、まぁ女子ほど気合が入らんのは同感だ」
守り甲斐がない。
守りたいと思えない。
女性が見ていてくれればこそ、男は紳士になれるのだ。
それなのに・・・。
仲は悪くない二人だったが、今回ばかりは恨めし気に顔を見合わせていた。
「こんな辛気臭いとこさっさと出ようぜ」
「女子もいないしな。てか、なんで誰もいねぇの? そろそろ誰かと出会えていていいはずなんだがな」
「・・・なんか、静かすぎねぇか?」
彼らはかなり歩き回ったあとだった。
誰か一人くらい見つかりそうなものなのに誰も見つかっていない。
「——が——」
風が音を運んできた。
「誰か呼んでる?」
「こっちだ、急げ」
二人が呼び声を目当てに走り出す。
「——いねがー」
声がだんだんとはっきりしてくる。
「——こは、いねが—」
言葉もハッキリ聞き取れるようになってきた。
「女の声だな?」
「ああ。でもなんで、こんななまってんだ?」
『いねが―』、とは「いないか?」という意味だ。
「無事な者はいないか、誰か近くにいないか」と、そう呼び掛けている。
「あの角の先だ!」
「おい。抜け駆けするな!」
誰かはわからないが女子がいる。
いいところを見せようというのだろう。
二人は競うように加速して、角を曲がった。
彼らが、その先で見たものは・・・。
星と、永遠の闇。
自らの沈黙、だった。
彼らはもう、なにも見ることはなかったのだ。
壁には二人の輪郭をなぞるようなシミが残っていた。
床に積み重なった制服の上を、人影がまたいでいく。
「わるいこは、いねがー」
二人の上を、呼び声が通り過ぎて行った。
彼らが求めた『女』は、そこにいた。
ただし、それは——鬼だった。
背中に棘付きの金棒を背負って立つ。
赤銅色の肌の鬼。
残り、12人。
◆
ダンジョンを『鬼』が歩いていた。
彼女が配置され、現れた瞬間、空気が変わる。
赤銅色の肌が、夕焼けのように燃えていた。
筋肉の輪郭は、まるで戦場に刻まれた意志そのもの。
短く刈り込まれた金髪が風に揺れ、黒く湾曲した角が空を裂くように伸びていた。
その姿は、まるで『怒り』を纏った彫像。
虎柄の衣装は、野性と誇りの象徴。
肩に担いだ棘付きの金棒が、彼女の『裁き』を予告していた。
花が舞っていた。
淡い桃色の花弁が、彼女の周囲を漂っている。
それは、かつての『優しさ』の記憶か。
それとも、今から散る『命』の前触れか。
彼女は、ただ立っていた。
風も、音も、彼女の前では息を潜めた。
建物の影を背に、緑がかった空を背負いながら。
その瞳には、迷いも、憐れみもなかった。
あるのは、ただ一つ——『終わらせる者』としての覚悟。
童子丸らうら。
かつて鈴谷涼香だった少女は、今や『鬼』として、戦場に立っている。
その姿は、恐ろしくも美しく、そして——哀しかった。
◆童子丸らうら(鈴谷涼香)視点◆
足音が、重い。
でも、それは疲れじゃない。
迷いでもない。
ただ、踏みしめているだけだ。
『人間だった頃の道』を。
焼け焦げた記憶が、まだ足元に残っている。
仲間の声。
魔法の光。
叫び。
そして、沈黙。
あたしは、あの場で終わったはずだった。
でも、終われなかった。
終わらせてもらえなかった。
「・・・なら、やるしかないじゃん」
誰かに言い訳するつもりはない。
誰かに赦してもらうつもりもない。
ただ、あたしは『鬼』になった。
それが、今のあたし。
金棒が背中で揺れる。
その重さが、あたしの『罪』の重さだ。
でも、背負える。
もう、背負う覚悟はできてる。
「誰かが、やらなきゃいけないなら——あたしがやる」
それだけだった。
誰かを守るためじゃない。
誰かに褒められるためでもない。
ただ、『終わらせるため』に。
あたし自身の、罪と罰と、命の続きを。
この手で、終わらせるために。
「わるいこは、いねがー」
その声は、もう『涼香』のものじゃない。
でも、あたしの『意志』は、まだそこにある。
だから、行く。
誰も守れなかったあの日の続きを、今度こそ、あたしの手で終わらせるために。
「わるいこは、いねがー」
◇
その声は、もう『涼香』のものじゃなかった。
でも、どこか懐かしい響きが喉の奥に残っていた。
それは、怒りでも、悲しみでもない。
ただ、命令でもない。
『問いかけ』だった。
——誰か、まだ生きてるか?
——誰か、まだ抗ってるか?
——誰か、まだ、終わらずにいるか?
誰か、あたしを見てくれる者は——いないか?
足音が近づく。
軽い
浮ついている。
その音だけで、わかる。
この者たちは、まだ『死』を知らない。
角を曲がる気配。
らうらは、金棒を背に、ただ立っていた。
何も言わない。
何も構えない。
ただ、そこに『在る』。
そして—— 終わった。
光も、音も、叫びもなかった。
ただ、沈黙だけが残った。
制服が静かに横たわっていた。
その中に、かつて自分が守ろうとした誰かの色が混ざっていた気がした。
でも、らうらは振り返らなかった。
「・・これで、いい」
そう思った。
何も感じなかったわけじゃない。
でも、感じる必要がなかった。
彼らは、戦場を知らなかった。
誰かを守る覚悟も、誰かを背負う痛みも知らずに、 ただ『女』を求めて走った。
それが、命を落とす理由になるのは、理不尽かもしれない。
でも、ここは『ダンジョン』だ。
理不尽が、理そのものだ。
「・・・あたしは、鬼だ」
その言葉が、胸の奥で静かに響く。
誰かを守るために、誰かを殺す。
それが、あたしの『罰』であり、『役目』であり、『存在理由』。
「わるいこは、いねがー」
もう一度、声を放つ。
それは、警告でも、誘いでもない。
ただの『確認』。
——まだ、あたしが裁くべき『命』は残っているか?
誰か、もういい、充分だと言ってくれる者は、いないか?
——まだ、罪を知らない者はいるか?
誰か、罪を乗り越える方法を教えてくれる者は、いないか?
——まだ、終わっていない者はいるか?
誰か、あたしを止めてくれる者は、いないか?
ほんの少しでも、あたしの手を引いてくれるなら——それだけで、救われる気がした。
金棒が、背中で重く揺れた。
それは、罪の重さであり、命の重さであり、あたしが背負った誓いの重さだった。
それが、あたしの『答え』になる。
読了・評価。ありがとうございます。




