エピローグ・カーテンコール
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◇最期の進行◇
『虫』ダンジョンの通路は、じめっとした空気に満ちていた。
壁は粘膜のようにうねり、足元には黒い殻が散らばっている。
五人は、言葉少なに、ただ上へと進んでいた。
歩きながら、彼女たちは記憶の回廊をも歩いていた。
『あの時』、『あの言葉』、『あの選択』。
いろいろなことが思い出される。
『語る』べき事柄がいかに多いかに気づいて、足が鈍りそうになる。
それでも、歩いていた。
彼女たちのリーダーが『進む』と言っていたからだ。
止まったところで、意味はない。
進むことだけが、彼女たちを肯定する。
誰も口にしなかったが、出口が近いことを感じていた。
でも、それは『外』ではなく、『奥』だった。
先頭の子が、ふと足を止める。
「・・・床、変わった?」
見下ろすと、粘膜のような地面が、いつの間にか乾いた木の板に変わっていた。
踏むたびに、ギシギシと音が鳴る。
壁も、節のある木材に変わっている。
それは、まるで語りの場が彼女たちを迎える準備を始めたようだった。
「これ・・・校舎?」
誰かがつぶやく。
でも、見覚えのあるはずの廊下は、どこか歪んでいた。
天井が低く、窓は曇り、飾り付けは色褪せている。
それでも、確かに『懐かしい』と感じる空間だった。
その瞬間、後ろの子が小さく息を呑む。
「ねえ・・・手、冷たくない?」
彼女の指先は、白く、細く、まるで霧のように輪郭が曖昧になっていた。
他の子たちも、自分の体に違和感を覚え始める。
声が風に混じる。
影が遅れてついてくる。
問いが、胸の奥で形を持ち始める。
彼女たちは、迷宮で『灯』になりつつあった。
逆さ言葉の子は、足音が逆に響く。
沈黙の子は、誰かの声を背中で聞く。
冷静な子は、壁の痕跡を指でなぞる。
年少の子は、飾りの紙を拾って微笑む。
そして、最後の一人が言った。
「・・・ここ、知ってる。昔、来たことある」
その言葉に、誰も返さなかった。
でも、誰も否定しなかった。
廊下の先に、一つの扉が見えた。
その扉には、かすれた文字でこう書かれていた。
『受付』
誰かが、そっと言った。
「・・・行こう。もう、戻る意味はない」
青いリーダーが促す。
誰も、否定しなかった。
それは、迷宮の出口ではなかった。
記憶の奥にある、『始まりの場所』だった。
彼女たちの荷物の中、スマホが明かりをともしていた。
『選択権が行使されます。妖怪化プロセススタート』
『変化先を検索』
『適合する個体を確認』
『天邪鬼、二口女、油取り、座敷童、青行灯』
『肉体の再構成が開始されます』
システムチャットがロールしていく。
それは、彼女たち自身の脳内でもそうだった。
だけど、誰も確認はしなかった。
先頭を行くリーダーが青くなり、二番手の子は後ろ向きに歩き出していた。
前を見て、黙って歩く子は後頭部にできた口で歌を口ずさんでいる。
冷静な子は、自身から滲む油を少し煩わしそうに、でも丁寧に集めていた。
最後の子は、楽しそうに軽やかに歩く。
その手は、白い手に引かれていた。
優しく導く『白い手』。
その腕に、肩はなかったけれど・・・。
スマホの画面に最後の通知が流れた。
『原点の場に接続完了』
それを誰も見なかった。
もう、見る必要はなかった。
廊下の空気が静かに変わる。
木の壁が、彼女たちの問いを吸い込み、床が、彼女たちの足音を記憶する。
青くなったリーダーが、ゆっくりと扉の前に立つ。
『受付』と書かれたその扉は、もう何度も開かれてきたはずなのに、今は、まるで初めて開かれるかのように静かだった。
それは、かつて『誰も訪れなかった』ことの名残。
いま、再び『誰か』が通る場所として機能を取り戻す。
彼女たちは、扉の前で立ち止まる。
誰も手を伸ばさない。
それは、主を迎えるための『間』だった。
廊下の奥、風が吹く。
遠くで、足音がひとつ、近づいてくる。
カルマが、旧校舎の入り口に立っていた。
カルマは『人間バージョンの妖怪』たちを引き連れ、とある学校の旧校舎にいた。
彼にとっては『故郷』とも呼べる、『聖域』だ。
廊下の先、少し戸惑った様子の『妖怪』たちを見つけ、静かに頷いた。
「・・・来たんだね、君たちも」
わずかな動作で、一緒に来るように促す。
少し後ろで真梨華が何かした気配があった。
彼女たちも小さな会釈を返して、従った。
カルマは慣れた様子で入っていき、とある教室で足を止める。
「おかえり」
椅子に座ったまま、男のシルエットが迎えてくれた。
かすれた文字が『受付』と読める。
色褪せた飾り付けが、カサカサと音を立てた。
『?!』
妖怪たちが息を呑む。
「これからどうしようか?」
カルマと、たくさんの妖怪たち。
双方に手を差し伸べて迎えてくれたシルエット。
『戸脇駆馬』が愉しげに笑いかけた。
全員が椅子に座った。
誰も言葉を発さず、始まりの場に静寂が満ちる。
そのとき、扉がもう一度、ギィ・・・と音を立てて開いた。
「遅れてごめん。始まってる?」
制服姿の少女が、何食わぬ顔で入ってきた。
その目は、どこか懐かしく、でも深く澄んでいた。
駆馬が、ほんの少しだけ目を伏せる。
「・・・母さん」
誰も驚かなかった。
ただ、最初から空いていた椅子に、彼女は当然のように腰を下ろす。
その背中に、暗い羽根色の翼があったが、誰も驚かなかった。
制服姿の少女は、カルマを見て、駆馬を見た。
どちらも『息子』だった。
でも、今は『仲間』として、そこに座っていた。
カルマの目がわずかに開き、指先が、ほんの少しだけ震えた。
妖怪たちは『欠けていた何か』がはまるのを感じていた。
ずっと、存在していた『カルマから見た世界の不完全さ』が、彼女によって埋まったのだと気づいたのだ。
教室には、椅子のきしむ音すらない静寂が満ちていた。
誰もが座っている
誰もが、いまここに『いる』。
戸脇駆馬が、もう一度、問いかける。
「・・・で、これからどうしようか?」
その言葉に、誰もすぐには答えなかった。
でも、誰も目をそらさなかった。
迷宮の灯たちが、静かに顔を上げる。
『学園祭』は、ここから始まる。
『妖怪』が取り仕切る、人間を客とする『学園祭』。
『ダンジョン』で繰り広げられる『祭り』の始まりだ。
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