第209話 校長、そして祖父 ~孫との邂逅~
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校長は、中継拠点の一角に身を潜めていた。
かつては指示を飛ばし、全体を統括していた場所。
だが今は、誰も彼を探さず、誰も彼に従わない。
その仄暗い通路に、校長は腰を下ろしていた。
呼吸は浅く、目は虚ろ。
彼の世界は、静かに沈み始めていた。
彼の手は震えていた。
薬の切れた体か、責任の重みに潰された心か。
それを知る者は、もういなかった。
そこへ、カルマが現れた。
目は澄んでいた。
まるで、誰よりも深く潜って、誰よりも遠くを見てきた者の目だった。
校長は、その姿を見て、何も言わなかった。
言えなかった。
言葉は、もう彼の中に残っていなかった。
ただ、震える指でカルマを指し、かすれた声で言った。
「・・・弁護士に・・・・・・伝えろ」
それだけだった。
カルマは、眉をひそめた。
何かを言いかけたが、校長はもう目を閉じていた。
その言葉が何を意味するか、カルマにはわからなかった。
だが、彼は頷いた。
それが、唯一の『孫への言葉』だったから。
校長の死は、静かだった。
誰にも看取られず、誰にも惜しまれず。
カルマだけがその場にいた。
妖怪たちは遠ざけられていた。
◇旧校舎にたたずむ女性◇
同時刻、旧校舎では女性が佇んでいた。
その手は『ナニカ』をしっかりと捕まえている。
もう二度と、離しはしない。
そんな決意を示すような力強さがある。
「そう・・・亡くなったのね」
呟く声が静かに風に溶けた。
あまり、感情の乗っていない声だった。
まるで、『知らない人』について話しているような冷たさがあった。
「『わたしの知らない世間』の一番の人なのよね」
顎を指先でつまんで、首を傾げる。
『大人』の女性だというのに、仕草は幼く見えた。
「でも、『私』は知ってる。『お義父様』が何を残したかを」
そう言って、女性は目を上げた。
『最近』まで『彼氏』と会っていた旧校舎がある。
学生時代の思い出の場所。
『駆馬』の『父親』との思い出の場所。
それは、校長にとっても『息子』と、そして『孫』ともつながる大切な場所。
「息子との思い出もある『ここ』をそのまま保存するために、買い取った・・・いえ、先祖伝来の土地と交換した話を聞いていたもの」
旧校舎の通路。
その先に、『校長室』がある。
そっと手を触れさせて、寂しそうに笑った。
「そんな気持ちがあるのなら『私』にもう少しだけ、手を差し伸べてくれればよかったのに。そうしていれば・・・というのは意味ないわね」
呟きに答えるように、『カチリ』と音がした。
閉じられていた扉が、開いていく。
木の軋む音。
長く閉じ込められていた空気の匂い。
そんなものが、通路へと染み出した。
校長室へと女性は足を踏み入れた。
『ナニカ』も一緒だ。
そして、見つける。
大量の写真を。
学校行事の度、どこかで写された生徒たちの写真。
よくある写真の数々だ。
だけど・・・。
「素直になれないって罪よね」
哀しそうな呟き。
写真には『必ず』、特定の人物か入っていた。
中心にはいない。
『誰か』または『何か』を写した時に、端にいた。
そんな写真ばかりだ。
『ナニカ』が身じろぎをする。
慄くような気配。
そして、足元が震えた。
乾いた木の床が、湿り気を帯びる。
そんな中、写真立てが目に入る。
校長が何かの行事で挨拶をしている。
その後ろ、なにかを片付けようとしている生徒の背中。
「・・・珍しいわね。お義父様が、誰かと一緒に写っているなんて」
『ナニカ』は気が付いた。
それが『誰の』背中かを。
写真の中の背中が、今の自分と同じ角度で首を傾けていた。
震える手が写真を出す。
そして、そっとノートに挟み込んだ。
「出ましょう。『彼』が戻ったら、弁護士を呼ばないとね」
それまでは、正式には手を出せないのだから。
女性は、毅然とした態度をとろうとして失敗した。
「メイク、まだ慣れてないのに」
『大人』になったばかりの少女は息を吐いた。
メイク直しが大変だと、嘆く声は震えて、湿っていた。
◇
こうして、山形県内にある某高校は全校生266名のうち、『レイドに参加させてもらえなかった1名』を除いて全滅という史上最悪の結果を残した。
歴史に名を残すという野望は果たせたが、そのことを喜んだ者は誰一人いない。
後日、『カルマ』の到着を待って、『駆馬』から弁護士に連絡が入る。
遺言書の存在が確認され、手続きが始まる。
その筆頭には、確かに——『駆馬』の名が記されていた。
それは、校長が忘れたふりをしていた過去。
切り捨てたはずの血の記憶。
そして、最後に残した『唯一の手紙』だった。
『駆馬』は、遺言書を受け取った。
何も言わず、何も問わず。
ただ、静かにそれを胸にしまった。
迷宮の奥で交わされた、たった一言の再会。
それが、すべてだ。
彼は、『レイドに参加させてもらえなかった1名』だった。
公式には、そう説明されている。
◆
レアアイテム=『空蝉』。
蝉の殻、その背に鏡が隠されている。
使用すると『使用者がもう一人生み出される』。
『蝉』と『鏡』。
それぞれに意味はあったのだ。
『殻』ではなく『蝉』ではあったけれど。
鏡に触れたとき、空気が裂けた。
鏡の中で、オレは笑っていた。
笑わなくなったオレの顔で。
「オレが代わろう」
誰も来ない教室で、『カルマ』が言った。
「オレは『感情』が薄いから耐えられる」
『駆馬』は黙ってうなずいた。
『駆馬』はそれからずっと、旧校舎で暮らしていた。
今にして思えば、校長が『ここ』を守ったことが『駆馬』の居場所を守ったことになる。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




