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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第102話 風雷の沈黙 ~えいゆうたち~ 前編

1/3

 


 ──風は、止まっていた。

 いつもなら、彼女の髪を揺らすはずの空気が、あの日だけはぴたりと動きを止めていた。

 葉隠霞は、屋上の手すりに両手をかけ、遠くの会議室から漏れ聞こえる声に耳を澄ませていた。


「彼がいれば、間違いなくできる」

「アイツの能力は、このためにある」

 ガラス越しに届くその声は、はっきりと彼の名を指していた。


 霞にはわかっていた。 彼らが何をしようとしているのか。

 そして、彼がその計画の中心に据えられていることも。


 胸の奥が、熱くなった。

 息が詰まり、喉がきしむ。


「やめろ」と言いたかった。

「そんなことは許されない」と叫びたかった。

 でも、声は出なかった。

 口を開いても、ただ空気が漏れるだけだった。


 霞は、ただ見ていた。

 彼の背中が、廊下の向こうに消えていくのを。

 仲間たちの目が、彼を『仲間』ではなく『道具』として見ているのを。

 そして、自分の胸の奥に芽生えた、あの黒い感情を。


『これが成功すれば、私はもっと上に行ける』

 その考えが、頭の中で何度も繰り返された。

 耳元で誰かが囁いているようだった。

 その声は、風よりも強く、彼女の良心を押し流していった。


 止めなかった。

 止められなかった。

 その瞬間、霞は自分の中にあった“風”を見捨てた。


 彼がいなくなったあと、風は戻ってきた。

 でもそれは、頬を撫でるような優しい風ではなかった。

 髪を乱し、肌を刺すような、冷たく乾いた風だった。

 その風の中で、霞は小さく呟いた。


「・・・あたしが、見殺しにしたんだ」


 ──歓声が、耳に刺さる。


「やったぞ!」

「これで道が開ける!」

 仲間たちの声が、屋上のドアから漏れてくる。

 その声は、まるで爆竹のように弾けて、霞の耳に突き刺さった。


 霞は、その輪の外にいた。

 屋上の隅で、紙コップを両手で包み込むように持っていた。


 中には、コンビニで買った安い炭酸飲料。

 甘いはずなのに、喉を通るたびに舌の奥に苦味が残った。


 眉間にしわが寄る。

 笑おうとしても、口元が引きつるだけだった。


「これでよかったんだ。これで、もっと上へ行けるんだ」

 そう自分に言い聞かせる。

 何度も、何度も。


 霞の視線は、誰にも向いていなかった。

 ただ、夜空の隅を見つめていた。

 そこに、彼の姿が浮かんでいるような気がして。


 でも、風は何も運んでこなかった。

 雷も、まだ沈黙していた。


 仲間たちは、未来を語っていた。

「こんな田舎から、もっと都会へ。いや、世界だって目指せるさ」

「あたしたちならやれる」

 その言葉が耳に入るたび、霞の胸の奥で、何かが軋んだ。


 彼女は、紙コップを口元に運びながら、心の中で呟いた。


「・・・あたしは、風を裏切った」

 でも、口に出すことはなかった。

 この場では、風も雷も、心の揺れも、すべて隠しておかなければならなかった。


 紙コップの中で、炭酸の泡が弾ける。

 その音が、誰かのすすり泣く声のように聞こえた。

 霞は、眉を寄せたまま、その音に耳を澄ませていた。


 ──夜の風は、静かだった。

 胸の奥に残るざらつきは、まだ消えていない。

 祝杯の泡の苦味も、喉に残っている。

 でも──それでも、霞は前を向いた。


「・・・あたしが選んだんだ」

 誰に言うわけでもない。

 ただ、夜空に向かって、そして自分自身に向かって。


「だったら、背負って進むしかない」

 風を裏切ったなら、風に償うしかない。

 雷を呼んだなら、その雷で道を切り開くしかない。


 霞は、髪をかき上げた。

 赤と金に染めたメッシュが、月明かりに照らされてきらめいた。

 その色は、過去の過ちの証。

 でも同時に、彼女が選んだ力の象徴でもあった。


「彼の分まで、あたしが進む」

「この手で、風を正す」

「この足で、雷を導く」

「この心で、乙女を貫く」


 それは、誰にも聞かせない決意の言葉。

 自分自身への、静かな誓いだった。


 風が、そっと吹いた。

 今度は、背中を押すように優しかった。

 霞は、目を閉じてその風を受けた。

 そして、静かに歩き出した。



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