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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
R15版。暴力・性的ニュアンスありバージョン

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第25話 往路から末路へ ◇とある四人パーティの話◇ ① 中編

3/7

 


(回想終わり)


 それは、数日前のことだった。


 今、彼らは63階層にいる。

 64階層への挑戦は、主力でなければ許されない。

 生産系のスキルも持たない彼らにできるのは、せいぜい採取作業くらいだった。


 だから、彼らは油断していた。

 自分たちが『選ばれない側』であることに、安心していた。


 襲撃が始まるとも知らずに。

 オレの中が、まだ空のままだということも。

 そして、その空白を埋めようと、何かが静かに満ちてきていることにも。


 それが何かは、まだわからない。

 名前も、形も、感情もない。


 けれど、冷たくて、静かで、確かに『誰か』が、オレの中で目を覚まそうとしていた。



『ここにいる』『まだ終わっていない』『まだ、始まってもいない』


 そんな気がしていた。


 そして、迷宮は静かだった。

 まるで、その目覚めを待っているかのように。


 ◇


 〈幸運な男子Å——アオキの場合〉


「う、うわぁぁぁぁ!」


 悲鳴が響いた。

 それは、誰に届くこともない、ただの音だった。


 目の前に迫るのは『アイアンマンティス』。

 鉄の鎌を構えた、体高2メートルの巨大なカマキリ。

 その姿は、まるで処刑人のように静かだった。


 かつて8階層で主敵だったモンスター。

 武装さえ整っていれば、戦闘職なら難なく倒せる相手。


 だが、彼は寝間着姿だった。

 安全ポイントだと信じて、無防備に眠っていた。


 武器も防具も、毛布の下に埋もれて見つからない。

 手を伸ばすたびに、布の感触しか返ってこない。


「ひっ、ひぃぃぃぃ!」


 思考は逃げろと叫ぶ。

 だが、体は寝起きで動かない。

 まるで、夢の中のように。


 足元に広がる水たまり。

 それは、恐怖が限界を超えた証。


 その瞬間、視界がくるりと回転する。

 何が起きたのか、理解する前に、世界が裏返った。


 意識は、床に落ちた水たまりの中で止まった。

 静かに倒れ込む身体。

 その周囲に、赤い液体がじわじわと広がっていく。


 水と赤が混ざり合い、鏡のように揺れる。


 その鏡の中で、彼の耳に残ったのは──誰かの笑い声だった。


 それは、かつて誰かを踏みつけた時の、自分の笑いに、よく似ていた。


 ◇


『あ。ダメだろ。いきなり終わらせるのはなし!』


 ウィンドウ越しに見ていたカルマが、眉ひとつ動かさずに指示を飛ばす。


 決定打は、最後の一手にしたかった。

 驚きは一度きり。

 だからこそ、使いどころを誤るのは『演出ミス』。


「もったいない!」


 あれは、もっと引き伸ばせた。

 恐怖の余韻が、まだ熟していなかった。

 観客の心が震えるまで、あと数手は必要だった。


 カルマは、モンスターへの行動指示を簡潔に、確実に行う。

 それは、まるで舞台監督のような手際。


 画面越しに『舞台』を見守る目は、感情ではなく、構成を見ていた。


『悲鳴のタイミングが早すぎる』『足元の水たまり、もっと広げて』『照明、暗く。影を強調。』


 次の『演出』を練ることに余念がなかった。

 人間の死は、ただの素材。

 その使い方次第で、迷宮の『価値』が変わる。


「死ぬのはいい。でも、『どう死ぬか』が重要なんだよ」


 カルマは、そう呟いた。

 誰に向けた言葉でもない。

 ただ、迷宮に響かせるための独り言。


 画面の中で、探索者が震えていた。

 その震えが、どこまで持つか。

 どこで崩れるか。

 どんな音を立てるか。


 それが、カルマの関心だった。



「…………」


 その背後で、あられもない格好の女子が、カエル座りのまま、じっと彼の背中を見つめていた。


 視線は合わない。

 でも、確かにそこにいた。


 彼女の目は、どこか焦点が合っていなかった。

 まるで、現実と記憶の狭間を漂っているように。


「私が・・・私たちが、そう、させたんだよね?」


 誰にも聞こえない問いかけ。

 答えを求めているわけじゃない。

 ただ、口に出さずにはいられなかった。


 相手が誰かを思い出した時、胸の奥に、冷たい何かが落ちた。


 彼を、自分は──自分たちは、昨日『殺した』のだ。


「あの時、笑った。あの時、見下ろした。あの時、何も感じなかった。」


 今さらではあるが、体が、勝手に震えた。


 寒さではない。

 恐怖でもない。


『取り返しのつかなさ』が、骨の奥を叩いていた。


 彼女の指先が、わずかに動いた。

 何かを掴もうとして、空を切った。


 そこにはもう、何もなかった。


 第26話 往路から末路へ ◇とある四人パーティの話◇ ① 後編


 〈ちょっと運が足りなかった男子B——イケダの場合〉


「え? なに、ナニコレ!?」


 ワタワタと手足を動かすイケダの前で、アオキの姿が、崩れていた。


 ヤバイ! ヤバイ、ヤバイ、ヤバイっ!


 慌てて後退り、背中を向けて逃げ出す。

 とにかく、遠くへ。

 誰か、戦えるやつの後ろに逃げないと。


 意志に反して震える手足を必死に動かし、遠ざかろうとする。

 だが、その歩みが、突然止まった。


「あ、れ?」


 視界がやけに低い。

 ちゃんと走っていたはずなのに。


 振り返ると、足元に何かが転がっていた。

 自分の右足だった。


「ああ、落ちちゃったのか」


 乾いた思考で納得し、拾おうと手を伸ばす。

 その瞬間、手に走る違和感。

 地面に、自分の腕が落ちていた。


「あ、あは。なんで、こんなに・・・落ちるかな?」


 右手を拾おうとした左手に、ひびのような痛みが走る。

 指先が、もう自分のものじゃないような感覚。


「い、いや、だ。いやだぁぁぁぁぁぁぁ!」


 叫ぶBの前に、何かが落ちた。

 それは、かすかに赤く染まった右足だった。


 アイアンマンティスが、食べかけのそれを捨てたのだ。

 口に合わなかったのだろう。


『おいしくない獲物』と判断されたイケダは、左足などは無傷のまま、見逃された。


 石ころのように、興味を持たれない存在。

 命としての価値すら、否定された。


「あ。あは、あはっ・・・あははははっ!」


 Bの口から、乾いた笑いがこぼれる。

 それは、壊れた機械のような音だった。


 現実から逃げ出した先で、彼の魂は首を傾げていた。


 ――誰が笑っているんだろう?

 笑える場面じゃないのに。


 そして、うっすらと思い出す。

 自分がかつて、『笑えない場面』で笑っていたことを。


 もしそこにいたのが自分だったら、絶対に笑えなかったはずの場面で。


 傷ついた身体を横たえたまま、Bの視界にモンスターたちが映る。

 だが、誰一人として彼に目を向けることはなかった。


 まるで、そこに『何の価値もないもの』が転がっているかのように。


 ◇


『うん。こんな感じでいいね』


 ダンジョンのステータス画面で、『ソウルポイント』がじわじわと上昇していくのを確認しながら、 カルマは静かに頷いた。


 恐怖は、静かに崩れていくのがいい。


 一気に壊すのは、素人のやることだ。

 じわじわと、笑いの中で削っていく。

 それが、『演出』というものだ。


 それは、あの教室で誰も来なかった三日間に、オレが学んだことだった。


「悲鳴よりも、笑いの方が深く刺さる。」


 なぜなら、笑いは――忘れたはずの罪を、もう一度、思い出させるから。


 あの時、オレは笑われた。

 誰も来ない教室で、飾り付けだけが虚しく揺れていた。

 廊下の向こうから聞こえたのは、沈黙だった。


 舞台に『沈黙』があってはならない。

 今、オレは『笑わせる側』だ。

 滑稽な死に様を演出し、無様な逃走を引き出し、壊れた笑いを引き出す。


「あははははっ!」「なんで、こんなに落ちるかな?」「誰が笑ってるんだろう?」


 その声が、いい。

 悲鳴よりも、ずっといい。


 カルマは、ウィンドゥを見つめながら、まるで舞台の幕を引くタイミングを見計らう演出家のように、指先で軽く、次の指示を打ち込んだ。


「次は、あの子だ。もう少し、笑わせてあげようか。」


 喜劇は、まだ終わらない。

 観客が『自分の罪』に気づくまで。

 役者が役を『おろされる』まで。



 パーティは四人。

 あと、二人いる。



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