第14話 往路① ~沈黙の中で~ 後編
9話投稿します。1/9
◇別の日◇
『ダンジョン』内のマナーについて。
そんな表題の小冊子がある。
特定・不特定を問わず、人間の集団が共用するモノになら、たいてい存在するルールを明文化したものである。
『人間の集団が共用とするモノ』。
これには、『ダンジョン』も含まれるのだ。
めぼしいところで言えば、『挨拶を忘れない』なんてものが冒頭に書かれている。
すれ違うパーティがいたら、最低限会釈はしようってやつだ。
『火の取り扱いに注意』とか、『ゴミは極力持ち帰りましょう』なんてものもあるな。
ようするに、『キャンプ地』でのマナーと大差はない。
大きく違うところがあるとすれば、『トイレ事情』となるだろう。
あたりまえだが、『ダンジョン』内に公衆トイレなんてない。
低階層であれば、『持ち帰り』が基本だ。
それ用の『マジックバック』を用意して、男子ならペットボトル型の容器に直接、女子なら間接的にため込んで、これを持ち帰ることになる。
大でも同様だ。
密閉できる容器に詰めて持ち帰り、トイレに流すことになる。
だが、これが中層から深層へと進むと、それだけでは済まなくなる。
単純に、量がすさまじいことになるからだ。
深く、深く潜ろうという場合には持ち込む荷物も半端なく多い。
ここに、『排泄物』まで抱えるというのは難儀なのだ。
もちろん、『排泄』をするからには『消化』している。
食べているわけだから、持ち込んできた食糧が減る分だけ、『排泄物』が増えるだけ。
そうとも言える。
言えるが、気分はまるで違うのが当然だ。
特に女子にとっては最悪な話だ。
そこで、暗黙のルールとして、床に土がある『ダンジョン』に限り、穴を掘ってそこへ『排泄』をする。
これを、埋めることで処理することが許されている。
「さっさと掘りなさいよ!」
ゲシゲシと足で急かされる。
かなり切羽詰まっておられるようだ。
今回は戦闘が長引いたからな。
我慢の限界なのだろう。
だったら、穴ぐらい自分たちで掘ればいいのに。
何メートルも掘るわけじゃない。
縦横30センチ、深さも30~50の穴を掘るだけだ。
大した手間でもないだろう。
6人もいるんだから。
そう。穴のサイズが意外に大きいのは人数が多いからだ。
っていうか、一人一人で掘れば早いし楽じゃね?
とも思うが、これにはちゃんと理由がある。
ダンジョン内のこと。
都合よく安全な個室なんて見つかるものじゃない。
行き止まりの通路奥とかで『する』しかないのだ。
下着やズボンを下ろして、しゃがむ。
そんな態勢のところをモンスターに襲われでもしたら終わる。
仲間の男に見られたらこれまた別の意味で終わる。
なので、女子同士が同じ穴を交代で使う。
そのための深さだ。
女子同士が交代で使う。
見られたくない。
臭いも気になる。
だから、ある程度の土をかけて交代する。
浅いとあふれる。
だから、深めに掘る。
掘らされる。
「掘れましたよ」
いつも通りの穴だ。
むしろ、少し深めかもしれない。
あまりにせっつかれたので、逆に時間をかけてしまった。
「掘り終わったんならさっさとどっか消えなさいよ。気が利かないわね!」
「いいこと? 絶対に覗くんじゃないわよ?」
「うっかりギルティしちゃったりしたら大変だしね」
「ちょっと! 余計なことは言わないで!」
戦士に回復役、魔法使いが軽口を叩くと、剣士が少し慌てた様子で止めに入った。
『殺す』というのは、冗談で口にしていい言葉ではないからな。
「そうだね。覗くようなら・・・処理してもらう?」
「あ、それ一度やらせてみたかったやつ」
別パーティの姉妹が、ある意味さらに際どいことを口走る。
周囲の空気が、一瞬だけ凍りついた。
笑っていいのか、怒るべきなのか、誰も判断できなかった。
「はあ?」
おそろしいほどに低くドスの利いた声がユニゾンで出た。
姉妹とは価値観が相容れないようだ。
カルマにも、そんな趣味はないけれど。
ただ、笑いながら語る彼女たちの目が、何より怖かった。
笑い声が、心の奥に突き刺さった。
ポーションじゃ、癒せない痛みだった。
「面白そうじゃない?」
「ちょっと汚いけどね」
ケラケラと笑う姉妹。
4人の眉間に青筋が浮いた。
でも、誰も止めようとはしなかった。
ただ、目を逸らし、笑いに混ざることで、自分が『標的』にならないようにしていた。
「もういい、黙れ!」
「こっちのメンタルがもたないね」
「早く済ませましょう」
「そうね。本隊に追いつけなくなるわ」
「ノリが悪いなぁ」
「みんなおこちゃまだから」
「「「「あんたたちがヘンタイなだけでしょ!」」」」
カルマはただ、静かに拳を握った。
その手のひらには、まだ熱の痕が残っていた。
でも、それよりも痛かったのは──
『自分の存在が、誰かのストレス解消になっている』という事実だった。
それを、誰も疑問に思っていないという現実だった。
ダンジョン10階層での出来事。
このあと何度も似たようなやり取りが続けられた。
(回想終わり)
そして——、
『その日』が来る。
彼らは、いつも通りだった。
笑い、騒ぎ、軽口を叩き、油断を抱えたまま、『日常』を過ごしていた。
でも、迷宮の空気は、いつもと違っていた。
まるで、誰かが『見ている』ような気配があった。
それは、旧校舎でまんじりともせず座り続けた、戸脇駆馬の視線だったかもしれない。
誰にも見てもらえなかった者が、今、見ている。
そんな気配があった。
空気が、少しだけ重かった。
光が、少しだけ濁っていた。
迷宮が、息をひそめていた。
準備は整った。
始まりを待っている。
回り舞台――。
静かに、音もなく、世界が裏返る。
シーンが変わろうとしていた。
カルマのターン。
受けではない、攻撃が始まる。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




