第二十四話 『計画の後』
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『計画』は発動した。
駆馬は、使い潰された。
踏み台にされた。
学校全体が前に進むための犠牲とされたのだ。
仲間と思っていた者たちは言う。
「多数の必要は……」
カルマは呟きに応じた。
「少数の必要に勝る? その言葉、オレも好きだからよく知ってるけど——無断で切り捨てられる身としては、頷けないよね」
カルマの瞳が、仲間『だった』ものを射抜く。
その視線は、一切の揺らぎを許さない。
「正直、他人の命なんて、気にならない。そうだろ?」
——そう。
カルマは、自分を捨てて、仲間のために働いてきた。
罵倒されても、役立たずと呼ばれても、それでも、支えることを選んできた。
その『礼』が、使い潰し、踏みにじる判断。
納得できるはずがない。
もしかしたら、事前に説明されて、頭を下げられていたら——納得してしまえたかもしれない。
でも、何の相談もなく、ただ『代償』として処理された。
恨むなというほうが、無理だ。
せめて『あの時』、誰か一人でいい。
「ごめんね」「ありがとう」「さようなら」
どれか一言でも、言葉をくれていたら。
——そうすれば、カルマは『別の道』を選んでいたかもしれない。
その可能性を、彼ら自身が否定した。
『復讐』は、カルマが望んだものではない。
彼らの選択が導いた、唯一の答えだった。
あの時、誰かが名前を呼んでくれていたら——その可能性は、確かにあった。
カルマの脳裏に、先輩たちの姿が浮かぶ。
彼女たちなら、たとえ素直な言葉でなくても、何かを伝えてくれたかもしれない。
でも、彼女たちの選択は——『沈黙』だった。
沈黙。
あれは拒絶じゃないと、信じたかった。
でも、信じる理由が、もうなかった。
いや、それは——『終わってから』だ。
カルマは、ふと目を伏せた。
そして、静かに顔を上げる。
◇母と思い出の少女◇
体育館裏。
風は止まり、空気は重い。
女性は、壁に寄りかかり、目を閉じていた。
酒の匂いが、風に流れていた。
そのとき、幻影――追憶の日々——が現れた。
制服姿の女生徒――
あの頃の、自分。
髪を揺らし、目を鋭く光らせている。
その視線は、まっすぐに女性をにらみつけていた。
「弱虫」
その言葉が、空気を裂いた。
女性は、目を開ける。
瞼の裏の幻が、そこにいるかのように。
かつての自分が、今の自分を見たら何を言うだろう?
その答えが、見えていた。
——鋭い追及。
その矛先が、自分に向いている。
でも、怒らない。
ただ、静かに答える。
「あなたは、世間を知らないの」
若い自分は、ふんっと鼻を鳴らす。
「世間なんて知らないわ!」
目を怒らせて言い募る。
「そんなもの、知りたくもない!」
女性は、疲れたように笑う。
その笑いは、少しだけ震えていた。
「若いって・・・いいわね」
少女は、黙る。
でも、目はまだ鋭い。
まるで、何かを試しているようだった。
女性は、そっと立ち上がる。
そして、少女の前に歩み寄る。
「私、あなたに戻れたらよかったのに」
その言葉が、空気を震わせた。
風が、ふわりと吹いた。
落ち葉が舞い、校舎の窓がわずかに揺れた。
かつての自分は、目を見開く。
そして、静かに消える。
女性は、壁に手をつく。
その手の跡が、ほんのり温かく残った。
それは——若いころの自分に、命と体を捧げる宣言だった。
旧校舎は、静かに受け入れていた。
誰かの後悔。
誰かの願い。
そして、誰かの供物。
風が、もう一度吹いた。
それは、校舎が“命を受け取った”証。
「駆馬・・・『あの人』の遺品にあった『たった一つ判読可能だった名前』。あの人との約束。あの日の自分への裏切り。そして、息子を死地に追いやった失格者」
自分の罪を数えながら、女は目を閉じた。
体温が下がっていく。
幼い子供を抱え、育てる。
初めての経験ですり切れた『大人にならなければならなかった女』は限界を迎えていた。
もう、もたない。
どうしてこうなったのか?
考えるうちに、『この場』へ来て、『あの時の自分』と向き合った。
自分にはもう、なにかをなす力は残っていない。
それを認めた。
駆馬——『あの人』が最後に残した、たった一つの言葉。
それは、彼女が守れなかった命の名前。
その体に、幻影の少女が手を添えた。
「大丈夫。子供ができたことを喜んでいた『あなた』はここにいる。『世間』とやらを未だ知らない『あなた』が、ここに。だから、あとは『私』に任せて」
『記憶』が交差して、入れ替わる。
肉体を『バトン』にして走者が変わる。
子供を愛せなかった母親は外へ。
子供を愛したかった女の子が内へ。
女性の瞳が閉じ、少女の瞳が開く。
その瞬間、風がふわりと髪を揺らした。
果されなかった約束。
それは、女の子が『母親』になるための儀式だった。
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